おかしな日本人たち | サッカーとクラシック、そしてアメリカンフットボール。

サッカーとクラシック、そしてアメリカンフットボール。

サッカーをはじめたのが1965年高校1年の時、アメリカンフットボールは1969年大学1年の時、それからずっと付き合っている。

クラシック音楽は中学や高校の授業だけだったが、なぜかずっと気になっていた。
そして、昨年からコンサートへ足を運んで癒されている。

久しぶりの書き込みだ。


ブログに書くことが面倒になるほどストレスがたまった。


ここ数年では初めてかもしれない。


気楽な会社員だと思っていたが結構厳しいことの連続だ。



毎日同じような日常生活


楽しみがない


そろそろこのマンネリを打破したい



Jリーグの試合やニュース映像でとても気になることがある。


若い選手たちの髪型やファッションである。


無精ひげのような感じで伸ばしたあごやほほのひげ。


ホストクラブにいるかのような髪型。


コンビニの前でたむろしている「不良」とそっくりのファッション。


中には外人を真似した「刺青」を入れている奴もいる。


幸いにもこのような選手は日本代表にはいないようだ。



なぜこのようなことが気になるかというと


Jリーグの選手たちは子供たちの目標になっているからだ


インタビューを受けているそういう奴らの顔やひげやファッションを見ていて


気にならない人は子供の躾に興味が無いのだろうか



サッカーのルールにシミュレーションというのがある


あたかも反則をされたかのようにオーバーに倒れ込む


イングランドのサッカーではありえないことだが


イタリアや南米ではこういうことをする選手がまだまだいる


こういう選手は子供たちの目標になってほしくない



セリアAは面白くないがイングランドプレミアリーグは面白い


本当のサッカーを見せてくれる


選手たちもシミュレーションするよりも倒れないで踏ん張る


反則は審判が決める、そう思っているのだろう。



日本のサッカーが1980年代に衰退したことがある


そのときの原因は、このシミュレーションのような倒れ方が流行したからだと


今でも思っている。


読売クラブを中心に選手がブラジルを目標にし始めた


すぐ倒れる、オーバーアクション


触った程度でも反則をもらうように声を上げる



セリエAのサッカーの今がそうだ


今、日本のサッカーが昔のようにイングランドやドイツを目標にするか


派手な日常を当たり前のようにするブラジルやイタリアを目標にするか


大きな分岐点だと思う




清原のあの風貌が嫌な人は多いと思う


桑田の爽やかさと比較してしまう


子供たちにどちらの行き方を求めるか



心があれば姿かたちはついてくる


姿かたちに気をとられているうちは心が育たない


自分のことだけが気になる


テレビなどで表舞台に出る人々には自分のことだけでなく子供の目を意識してもらいたい



Jリーグの将来は日本サッカー協会の考え方で決まると思う


相撲界の混乱は外人を迎え入れたことから始まった


自分の部屋の繁栄だけを考えれば外人を入れればいいけど


そのときに何でもありが許されてしまった


強ければ何でもあり


プロの世界は勝てば官軍



この発想に潜む問題が数年後に浮き出てくる


プロ野球の関係者は早く気がつかないと数年後に「病院倒産」と同じことになる


「病院」はもうかる商売だった


「医師」は大もうけの高額所得者だった



多摩ニュータウンが30年経って「オールドタウン」になった



みんな同じような原因ではないだろうか