私は、愛知県で中学受験を目指す小学4年生の娘を育てている父親です。
このブログでは、中学受験を通じて感じたことや、親として考えていることを記録しています。
最近、若い人たちが関わる凶悪犯罪のニュースを目にすることがあります。
もちろん、実際に犯罪を行った人に責任があることは間違いありません。ただ、その背景を見ていくと、単純に「本人が悪かった」というだけでは片づけられないケースもあるように感じます。
リーダー格の人物がいて、その人物が周囲の若者を犯罪に巻き込んでいく。
さらに、本人や家族の個人情報を握り、
「言うことを聞かなければ家族に危害を加える」
と脅し、抜け出せない状態にする。
まるで反社会的な組織が人を支配するときのような手口が、若い人たちの間でも使われているとすれば、非常に恐ろしいことです。
そして、こうした関係の入口は、必ずしも見知らぬ人からの誘いではありません。
昔の同級生や友人、先輩、知人など、もともとつながりのあった人物から声をかけられることもあります。
最初は軽い誘いだったかもしれません。
しかし、一度関係の中に入ってしまうと、家族構成や住所などを知られ、脅され、簡単には抜けられなくなってしまう。
最終的には、自分の意思だけではどうにもならないところまで追い込まれ、取り返しのつかない犯罪に加担してしまうこともあるのかもしれません。
どれほど脅されていたとしても、実行してしまえば、実行した本人も責任を問われます。
被害者の人生を奪うだけでなく、自分自身の人生も大きく壊してしまいます。
それを考えると、人生において「誰と出会い、誰と付き合うのか」ということは、決して軽く考えられない問題なのだと思います。
学校は、勉強だけでなく人間関係をつくる場所
学校は、勉強をする場所であると同時に、人間関係をつくる場所でもあります。
よい友人に出会い、互いに励まし合いながら成長できることもあります。
一方で、自分に悪い影響を与える人とつながってしまう可能性もあります。
公立の小学校や中学校は、基本的には同じ地域に住んでいる子どもたちが集まる場所です。
学力や家庭の教育方針、将来に対する考え方などにかかわらず、さまざまな背景を持った子どもたちが一緒に生活します。
これは、多様な人たちと接することができるという大きな良さでもあります。
したがって、公立学校が危険で、私立学校なら安全だという単純な話ではありません。
学力が高いことと、人間性が優れていることも、必ずしも一致するわけではないでしょう。
どの学校にも、さまざまな子どもがいます。
それでも中学受験には、地域だけで決まる学校とは異なり、入学試験という一つの条件があります。
一定期間、勉強に取り組み、試験を受けて入学する。
その学校の教育方針に共感した家庭が集まる。
その結果として、学習に対する姿勢や家庭の教育方針が、ある程度近い人たちが集まりやすくなる可能性はあると思います。
中学受験によって悪い人間関係を完全に避けられるわけではありません。
しかし、子どもがどのような価値観を持つ人たちに囲まれて過ごすのか、その環境を選ぶ機会にはなるのではないでしょうか。
「悪い友達と付き合うな」だけでは守れない
親としては、
「悪いことをする人には近づかないでほしい」
「自分に悪い影響を与える人とは距離を置いてほしい」
と願います。
しかし、まだ幼い子どもに、人間関係を冷静に見極めることを求めるのは簡単ではありません。
若い時期には、少し乱暴な人や、ルールを破る人が、強くて格好よく見えることもあります。
頭では「悪いことだ」と分かっていても、
「仲間外れにされたくない」
「嫌われたくない」
「先輩の言うことには逆らえない」
という気持ちから、関係を断ち切れないこともあるでしょう。
親が何度言い聞かせても、子どもの友人関係を完全に管理することはできません。
だからこそ、子ども本人の判断力だけに任せるのではなく、親が大きな枠組みとして環境を用意することも必要なのではないかと思います。
親ができるのは、人生を決めることではなく、環境を用意すること
中学受験をするからといって、子どもの将来が保証されるわけではありません。
進学した学校でどのような友人に出会うかは分かりませんし、よい学校に入ったからといって、問題が起こらないとも限りません。
それでも親には、子どもが過ごす環境の選択肢を増やすことはできます。
どのような教育方針の学校なのか。
どのようなことを大切にする家庭が集まるのか。
周囲の子どもたちは、どのような目標を持って生活しているのか。
そうした環境を考え、できる限り子どもに合った場所を用意する。
子どもの交友関係を直接コントロールするのではなく、よい出会いが生まれやすく、危険な関係に巻き込まれる可能性が少しでも低くなる環境を選ぶ。
それも、中学受験をする一つの意義なのではないかと、私は考えています。
中学受験というと、偏差値や進学実績、将来の学歴に目が向きがちです。
しかし、親が本当に願っているのは、単に学力の高い学校に入ることではありません。
よい先生に出会ってほしい。
互いに高め合える友人に出会ってほしい。
自分を大切にしてくれる人たちと関係を築いてほしい。
そして、人の人生も自分の人生も壊すような関係からは、できる限り遠くにいてほしい。
親が子どもの人生をすべて決めることはできません。
けれど、子どもがどのような場所で多感な時期を過ごすのか、その選択肢を用意することはできます。
私にとって中学受験は、学力を伸ばすためだけのものではありません。
子どもがこれから出会う人や、築いていく人間関係について考え、よりよい環境を用意するための一つの手段でもあるのです。
人は、出会う人によって大きく変わります。
よい縁が人生を支えてくれることがある一方で、悪い縁が人生を大きく狂わせてしまうこともあります。
だからこそ、子どもの「学ぶ場所」を選ぶということは、同時に、子どもがこれからどのような人たちと出会うのかを考えることでもある。
最近のニュースを見ながら、改めてそんなことを考えました。