フリーランス翻訳者の 「英語で生きる」

フリーランス翻訳者の 「英語で生きる」

中学校の義務教育課程で英語に初めて出会って40年、54歳にしてやっと英検1級、57歳で全国通訳案内士資格、59歳で国連英検特A級に受かり、そのまま勢いで30年以上続けたのサラリーマン生活に別れを告げてフリーランス翻訳者としての道を歩き始めたおっさんです。

先日テレビで若手お笑い芸人が芸を競い合う番組を見た。


出演者それぞれが「お笑い芸人」らしいテクニックは持っているように見えた。少なくとも素人とは違う。


でも、どれも面白くない。見続けたいという気がしない。

なるほど、これが売れっ子の芸人とそうでない芸人の違いかと思った。

言葉でどこが駄目とは言えない(自分は素人なので当たり前だけど)けど、少なくともこの人たちの名前を見て番組を見る気にはならないと思った。


先日のオーディション落選を振り返って、何となくだけど、自分の翻訳もあの若手芸人たちと似たようなものなのかもしれないも思った。

きっと、本にして人様からお金をいただくにはまだ足りないということなのだろう。

そう思って、ミュージカル俳優など、YouTubeで改めて色んなパフォーマンスを見ると、この人たちは「壁」を超えた向こう側にいるのだなと思えた。


でも、自分には何が足りないのか、どうすれば金を取れるレベルになれるのかがわからない・・・。

やはり独学には限界があるということなのだろうか。

先日、久しぶりに出版翻訳オーディションを受けた。

最近「これなら少なくとも一次審査は通るだろう」と思って出したものは大体通るようになったので、その点は数年前に比べると進歩している。

 

それに加え、今回は出版社に選んで貰う最終候補の1人に選ばれた。最後に最終候補に残ったのはもう何年も前になる。

今度こそいけるのでは、という気がしていた。

 

そして今日結果の連絡を受けた。

 

またも落選・・・。

 

もう受かる気がしなくなってきた。眼の不具合といい、嫌なことが続く。

 

人生の残り時間は容赦なく減っていくし、実務翻訳の依頼も最近は数百ワードの細かなものばかり。

このまま何も手に入れられずに終わるのではという思いに駆られ出した。

 

先日の右目に続き、左目のレーザー治療を受けた。

右目の経過は順調とのこと)。
ただ、左目は網膜裂孔ではなく、網膜剥離が起きているとのショックな診断。

今日もレーザー治療で済んでいることで重症には至っていないのだろうが、病院で何年も継続的に眼底の定期検診を受け、今回も「異常なし」と言われた翌日にこんなことになって様々な疑問が湧く。

もちろん検査の翌日に発症した可能性もあるが、それが両目同時ということなどあり得るのだろうか?しかも左目は穿孔を通り越していきなり剥離が見つかっている。
チャッピーに聞いたら医学的にはあり得るとのことだが、確かにそういうことが起きる確率はゼロではないだろう。でも、そういうことが起きた可能性と、こういう症状の「見逃し」が起きた可能性はどちらが高いのか?

何ともモヤモヤする。

もう10年以上になると思うが、若干の視野の欠けが見つかり、本格的な緑内障に進まないように眼圧を下げる目薬を点眼しながら4か月に1度の定期検診と、年1回の視野検査を受けている。

これまでのところ視野検査では症状の進行はなかったが、先週定期検診を受けたところ、右目に白内障が始まっているとの指摘を受けた。でもまだ急を要するものではないので様子を見ながら手術を考えればいいとの話だった。

 

これはこれで憂鬱だったが、さらに検診の翌日、急に右目の飛蚊症がひどくなった。若い頃から糸くずのようなものが浮いて見えることはあった。それが、今回はぼんやりした塊のようなものが頻繁に視野を横切り、かなり気になる。それでも、前日の検診で眼底に異常なしといわれていたので、そのうち治まるだろうと思っていたが、5日経っても改善しない。

 

それで心配になり、急遽診察を受けようとしたが、あいにくその日は定期検診を受けている病院の休診日だった。飛蚊症の悪化はすぐ医者に行った方がいいという知識はあり、翌日まで待つのは不安なので、別のクリニックに行って診察を受けた。

すると、眼底検査をした医師が一言「網膜が裂けちゃってるじゃない・・・」とつぶやいた。念のため左目も見たが、そちらもやはり裂け目があるとのこと。年齢的によくあることだとも言われた。

 

ショックだったが、やはり急いで診察を受けて良かったと思った。その後、まず右目だけ急遽レーザー手術を受けた(医療区分では「手術」だが、実際は麻酔の目薬を点眼した後、眼底検査に使うのと同じような機具に顔を固定して、眼にレーザーを(私の場合)数十回程度パチパチ照射するというもので、眼の奥に数回、鈍い痛みを感じた以外はほとんど何も感じない)。

心配なので左目もすぐやってくれと言ったが、安全のため別の日にしましょうということで、左目は3日後に受けることになった。

 

治療を受けて2日経つが、飛蚊症事態は改善せず(それは普通のことらしいが・・・)、老眼と相俟って特に細かい物が見難い。眼が辛いので翻訳の仕事も事情を伝えて1件辞退してしまった。眼が不自由だと気分も落ち込んでしまう。読みたい本はあるが、字を追うのがきついので、ぼーっと配信のアニメやドラマを見ている。

 

まだまだと思っていたが、急に年齢に追いつかれ始めたような気がする。自分のかつての同僚はまだ会社で働いているが、自分はあのストレスを思い出しただけで、気持ちが萎える。

実務翻訳の仕事が目に見えて減った。

2か月前ぐらいまでは、空きは多くても週に2日程度のペースで依頼が来ていたが、このところ、月に数件程度に依頼件数が減っている。

これって普通に考えたらヤバイ状況だけど、実は、資産確保のためにやっている株式投資がまあまあうまく行っている時期が続いたので、慢心してしまい積極的に仕事を取りに行く努力をしていなかった。出版翻訳への取り組みもサボっていた。

 

あと、さすがに年齢が影響してきた。特に視力。老眼が進み、午後になると特に細かい字が見えにくい。こうなると仕事が億劫になる。

 

仕事が減った原因として、登録先で自分の評価が下がったという可能性もあるけど、訳に対しておほめの言葉をいただくこともあったしなあという感じ。
やはりAI翻訳の進歩はかなり影響しているのではと思う。


自分はChatGPT(チャッピー)のPlusプランを使っている。

原書等読みながら、自分で訳しにくいと思った文章を試しにチャッピーに投げてみると、結構いい感じに訳してくる。効率重視で、意味が誤りなく伝わればOK程度の実務翻訳なら、敢えて人件費を掛けて手を入れなくてもいいかぐらいのレベルにはなっていることが多い(それでも、1章まるごと投げてみたりすると、意味は概ね間違いはないものの文章にぎごちなさが残り、出版翻訳レベルの観点ではほぼ全文に手を入れる必要があるだろうという印象)。

 

投資も不調になると途端に不安が増すし、そもそも出版翻訳家は夢だったし、改めてこのまま人生終わっていいのか、と考えることが増えてきた。そうこうしているうちに、人生の残り時間もすごいスピードで短くなっていく・・・。

 コンビニで代金を支払う際、「レジ袋いりますか?」と聞かれたとき、不要なときはたいてい「いらないです」と答えているが、そのたびに小さな違和感を覚える。

 

 これ、日本語の文法としておかしな言い方だと思う。「です」は本来形容詞や名詞につくのであって、動詞につけるものではないはず。「行くです」「帰るです」といった、いわゆる「タラちゃん言葉」になってる。

 

 本来正しいのは「いりません」とか「結構です」なんだろうけど、それだと響きがきついように感じる。

 

 こういう場合に、文法的に正しくて不快感を与えない表現って何だろう?

AIの性能がどんどん向上し、特にビジネス翻訳にはもはや人間の翻訳者の介入はほとんど必要なく、翻訳技能は低くても英検1級程度の英語力があり、正しい日本語が書ける人間がPost Editを行えば十分な気がする。

 

もはや人間の翻訳者の活躍場所として残るのは文芸翻訳か映像翻訳ぐらいではないか。この両者にしても、映像翻訳は文字数等制約が多く、人間的な繊細なセンスも必要とするので、まだAIにはハードルが高い気がするが、文芸翻訳はかなりの程度AIで対応可能になるように思う。

 

そんな中、ChatGPTの翻訳力を試すべく、あの演歌「天城越え」の歌詞を英訳させてみた。

 

気になったのは、
「肩のむこうに あなた・・・山が燃える」
という部分。

 

実は、この部分は生身の日本人でも誤解している人がおり、「振り返ったら美しい山の景色が見えた」ぐらいに解釈している人もいる。

 

正しくは、これは女性が男性に抱かれ、上になった男性の肩越しに見える山の景色が、恍惚とした女性の目には燃えるように見えている・・・という意味(だそうです)。

 

そこで改めて歌詞全体をChatGPTに渡して(日本語の歌詞全体については、著作権の関係があるのでここには載せません)訳させてみた。

 

そして上記の部分の訳を確認したところ、以下のように表示された。

「Beyond your shoulder,
You… the mountains are burning.」

ちゃんと男性の肩であることを理解している・・・。
「あなた」をそのまま「You」にしてしまっているところはまだまだですが。

30年以上前に一緒に仕事をしていたことのある米国人夫婦から、旅行で日本に行くので会いたいと言われたのが1月ほど前。

いろいろと調整して、今日浅草の寿司屋で食事をすることに。

 

最後に英語で会話をしたのは、4年ほど前の国連英検特A級の面接試験。毎日英文には触れているものの、スムーズに会話ができるか不安で、付け焼き刃ながら、ひとまず「英語のハノン」を閉本の状態でほぼクリアできる状態を確認して臨んだ。

 

 

実際に会話したところ、やはりグダグダ。一緒にいた英語のほとんどできない日本人の友人からは立派に会話できているように聞こえたらしいが、自分は一言発するたびに「今の英語違う!」と言葉の誤りに気づき、心の中で自分で赤入れしている始末。相手が何言ってるのか聞き取れず当たり障りのない返事で誤魔化したことも数回。

 

どうせ機会がないから英会話のスキルはどうでもいいや、と思ってはいるものの、いい気分はせず、自己嫌悪・・・。

アニメ「タコピーの原罪」を見た。

 

最初タイトルの印象から、軽いファンタジーかと思っていたが、YouTubeでこの作品を見て感動している外国人の動画が複数上がっているのを目にして、興味を引かれて見てみた。

 

これは非常にきつい、胸をえぐられるような物語だった。

大人の身勝手な行動に翻弄され、苦しむ無力な子どもたちの話。

 

自分も子供時代、自分ではどうすることもできない状況に苦しんで(詳細については過去のブログを見て下さい)、つい先日も夢の中で叫び声を上げていたので、このアニメに登場する子どもたちを見ていると、幼い頃の自分にも重ね合わせて胸を抉られる思いがする。

 

みんなを「ハッピー」にする使命を帯びて地球にやって来たタコピーは、子どもたちの涙を見てもどうしていいのかわからない。そもそも「みんなをハッピーにしろ」と言われている以外、地球がどんなところなのかも、人間がどんな生き物なのかも知らないのだ。そして子どもたちの泣き顔を見て、自分も涙を流しながら「ごめんね、何もできなくてごめんね」を繰り返す。

タコピーは子どもたちの心そのものの擬態化だ。最終回でタコピーに感情をぶつけるしずかの台詞にそれが現れている。

 

これは、特に大人が見るべき作品だと思う(そもそもこの作品に登場するような身勝手な大人は見ることもないだろうし、見たところで何も感じないだろうけど)。

 

タイトルの質問の答えですが、翻訳に関しては確実にYESですね。

現実に奪われました。

 

近々大きな仕事が入る予定があると翻訳会社から言われていたのですが、クライアントが方針を切り替えて、AI翻訳で対応することにしたそうで、仕事がなくなった旨連絡がありました。

 

まあー、無理もないですね。

自分もChatGPTは有料のPlusプログラム契約していて、洋書や英文解釈のテキストを自習している際に自分の翻訳に自信がない箇所をAIに訳させてみることがありますが、かなり能力が上がっていて、自分の感覚だと英検1級以上の実力はあるのではないかと思います。

 

しかもChatGPTは単なる直訳にとどまらず、「翻訳」の能力が優れていて、かなりこなれた日本語に訳してくれるし、自分が納得がいかない部分は「この部分はこう訳したら間違いですか?」なんて聞くと、「訳として誤りではありませんが、若干ニュアンスが異なります」みたいなアドバイスまでしてくれる。

 

正直、仕事を受けていても、「これ、AIに訳させればいいんじゃないか?」みたいな考えが頭に浮かぶこともあります。

 

もう「AIはこの部分がだめだ、人間の翻訳者には敵わない」なんて言っている場合ではないですね。

車の自動運転と同じで、AIはどこでミスを犯すかわからないのですべてをAIに任せるのは危険ですが、こと実務翻訳に関しては、翻訳者は必要がなくならないまでも、Post Edit以外の仕事がなくなるのは時間の問題でしょう。

 

私が挫折した字幕翻訳に関しては、映像が伝えようとしている内容を理解した上で、字数制限の中で残す部分と訳出する部分を調整するなどのテクニックが必要ですので、まだAIで対応できるとは思いませんが・・・。