バシャール:「苦しい時」 人生を、もがき苦しむ戦いと定義するのか?、ポジティブな定義するのか? | 思考が現実になる、パラレルワールド(平行世界)

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バシャール:「苦しい時」 人生を、もがき苦しむ戦いと定義するのか?、ポジティブな定義するのか?

不快に思っていることや、妨げと思っていることをポジティブなとらえ方(変えられる機会、美しく光り輝く価値を創り出す種子に変えるチャンス)をすることによって困難さ、妨げをも、受け入れて、光り輝く存在になれるんです。


バシャール

困難なこと・妨げになっていること・不快なことと見なしてきたことも、取るに足らないこと、と考えることもでき、さらには、真珠のように大変価値のあるものまでにも、変換できるのです。

つまり、見方(定義)を変えてポジティブに観ることによって、「挑戦」に変えることができ、皆さんの理解や成長に役立たせることによって 価値のあるものに変えることができるのです。

一方、真珠に対するネガティブな見方では、包み込んでも、形を変えても、否定しても、居座り続け、ごまかしても消え去るどころか、さらに固くなって、常に手を施すことを要求するものとして、とらえることもできます。

ですから、真珠は、皆さんの姿勢を映し出す象徴として確かめる機会を差し出しているのです。

ポジティブに観れず、不快なこととしたまま、ごまかしつつ、ポジティブに扱っているふりをしているのを、さらにごまかし続けるのか、そうしないのか。

それは同時に、今まで皆さんが不快に思っていることや、妨げと思っていることを、もっと生産的な何かに変えられる機会、美しく光り輝く価値を創り出す種子に変えるチャンスでもあるのです。


「ワクワクしないように思えるもの」

「不快なこと・妨げと定義していると思えるもの」

「大変な労苦と定義していると思えるもの」

それらは本当に、皆さん本来の波動には合わないのでしょうか?

本当にワクワクしないのでしょうか?

本当に皆さんの好みではないのでしょうか?

単に、皆さんの定義によって「そうじゃなく」してしまっているのでは?

いつもまず初めに決めてください。

皆さんは、人生を、もがき苦しむ戦いと定義するのか。

また、人生の色々なことは、歓喜を表現するものには なりえない、と定義するのか。

もし、そう定義しないのなら、何がワクワクするものなのか、見つけ出してください。

皆さんは直面したくない何かを単に覆い隠すだけなのか、それとも、ポジティブな定義(とらえ方)で経験することによって『創造』の一面でもある、困難さ、妨げをも、受け入れて、光り輝く存在になるのか、ということです。


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バシャール:「苦しい時」


バシャール「皆さん、こんばんは。元気ですか?

今宵、シンクロニシティで満月ですね。

この「ゆうべ」が素晴らしいものになることを願いつつ、真珠が象徴する正反対の意味と、牡蠣(かき)について始めようと思います。

もちろん皆さんは、真珠がどうできるのか、知っていますね。

不快に感じるような小さな微粒子が牡蠣の中に入り込んだとき、その小さな砂粒は分泌物に包まれ、ついには固くなって丸い真珠となります。

皆さんの社会は、物としての真珠を価値あるものとしていますが、概念としての真珠は、ポジティブにも、もちろんネガティブな意味にも 受け取ることができるのです。

これが、真珠が持つ正反対の象徴、両極性です。

同じように、今まで皆さんが、困難なこと・妨げになっていること・不快なことと見なしてきたことも、取るに足らないこと、と考えることもでき、さらには、真珠のように大変価値のあるものまでにも、変換できるのです。

つまり、見方(定義)を変えてポジティブに観ることによって、「挑戦」に変えることができ、皆さんの理解や成長に役立たせることによって 価値のあるものに変えることができるのです。

一方、真珠に対するネガティブな見方では、包み込んでも、形を変えても、否定しても、居座り続け、ごまかしても消え去るどころか、さらに固くなって、常に手を施すことを要求するものとして、とらえることもできます。

ですから、真珠は、皆さんの姿勢を映し出す象徴として確かめる機会を差し出しているのです。

ポジティブに観れず、不快なこととしたまま、ごまかしつつ、ポジティブに扱っているふりをしているのを、さらにごまかし続けるのか、そうしないのか。

それは同時に、今まで皆さんが不快に思っていることや、妨げと思っていることを、もっと生産的な何かに変えられる機会、美しく光り輝く価値を創り出す種子に変えるチャンスでもあるのです。

皆さんを牡蠣とすると、真珠は、内なる種子・内なる考え・核となる波動の象徴であり、次のことを確かめてみる機会を皆さんに差し出しているのです。

「ワクワクしないように思えるもの」

「不快なこと・妨げと定義していると思えるもの」

「大変な労苦と定義していると思えるもの」

それらは本当に、皆さん本来の波動には合わないのでしょうか?

本当にワクワクしないのでしょうか?

本当に皆さんの好みではないのでしょうか?

単に、皆さんの定義によって「そうじゃなく」してしまっているのでは?

いつもまず初めに決めてください。

皆さんは、人生を、もがき苦しむ戦いと定義するのか。

また、人生の色々なことは、歓喜を表現するものには なりえない、と定義するのか。

もし、そう定義しないのなら、何がワクワクするものなのか、見つけ出してください。

そして、それだけを選んでください。

そのためには、自分との正直な会話をしなければなりません。

そして、皆さんの定義(見方)が何をしているのか、つまり、ワクワクすること・リアリティ・選択・好みをどのように「ふるい」にかけ、色付けをするのか、を詳しく調べてください。

そして、真珠を作り出す機会を自分に与えてください。

真珠はもちろんいつも、経験することによって得る果実なのです。

この満月の晩、皆さんが思い出すのに協力させてくれたことに感謝します。

真珠が問いかけること、それは、本当のところ、皆さんは直面したくない何かを単に覆い隠すだけなのか、それとも、ポジティブな定義(とらえ方)で経験することによって『創造』の一面でもある、困難さ、妨げをも、受け入れて、光り輝く存在になるのか、ということです。

You Tubeから
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ありがとうございます。

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