昨日とはうってかわって今日は全然イケてなかった。ぜんぶヤツのせいだ。
待ちに待って、ウェルカムトゥーミーなんて叫びそうになって迎え入れた内膜剥離は結局ははがれ堕ちていく代物に過ぎない。しかも体液を犠牲にしながらだから生産性がまるで見えない。なーにが子孫繁栄だよ、笑わせんなって。私の将来に子ども一人でも養える経済力があるとは思えない。と今は言いたい。
そのくらい辛いのだ。
明後日くらいにはケロッとしれっとしてるかもしれないが、今日の代償は大きかった。一日いちにちに差異を見出だすために必死な私にとっては、今日という日を悩ましい鈍痛に振り回されている暇はないのだ。
清澄白河にて、オノ・ヨーコは Each time we don't say what we wanna say, we're dying.と言い、ガラス板に向かって銃弾を放つ。私はミーハーコーヒーを嗜みながら、それらを「私の窓から」としてブラインドをひき、やっとの思いで憂いにも熟れにもYesと言った。いちど失われた覚悟をなんどでも失くせるように、殺さぬように嘘はつかないと決めた。
奇遇にも、ふと見た箱からは血が溢れかえっていた。