終わりの見えたおままごとをゴジラは一足で一億個くらい吹き飛ばすと考えている。これは、今私の思うことだ。 ズタズタに引き裂かれたおままごとを修復するのか、どうせまた潰されるのが関の山だ。私が順調なはずがないだろう、違和感は海を越えてやってくる。いっそのことなら揺られた舟で吐いてしまえばよかったのだ。越境線が見えたところでゲーム終了。ゴジラはパノラマへ消えて、始まったのはホームドラマ、こどもたちはおままごとなんかしていない。
浮かれてなんかいないのだ、という言葉が空を浮遊する。シンクの角で身を絞るように血まみれの箱を思い出す。べっとりとつけた記憶痕はパフォーマンスでしかなかった。ありきたりなフォークダンス、惹かれるものはなにもありゃしない、美化されていく幻影を追いかける残り香。悲しみの果てへと飛行機に飛び乗ろう。安定なんてくそくらえだ。