十二国記シリーズです。
この回では主役は3人。
日本から流れてきてしまった大木鈴と、芳国の王の娘(公主)祥瓊(しょうけい)、そして慶国の女王「景王陽子」。
海客(十二国の世界で日本から流れてしまった人をこう呼ぶ)として言葉も通じずつらい思いをしてきた鈴は、「自分が誰よりもつらい、誰か助けて」と思いつつも、才国の飛仙に遣えていた。新しく景王となった陽子が自分と同じ年頃の同じ「海客」だと知り、「景王」なら助けてくれるのではないかと憧れを抱く。
芳国では過剰な厳罰を民にしく王に叛乱が起こり、王、王后、麒麟が葬られる。公主の祥瓊は殺されず里に下ろされたが、「何も知らなかったのだから、自分は悪くない」と王を殺した恵州候を恨み、自分の持っていたはずの豊かさを享受しているように見える同じ年頃の「景王陽子」に恨みを抱くようになる。
王として玉座に着いた陽子は今もってわからない異世界で、官吏の派閥争いに巻き込まれ、苦悩している。
この三者がそれぞれの旅を経て、やがてひとつの内乱に身を投じていく。
といった、内容となっています。
↓以下、ネタばれ含みます。
最初のころの「自分はなんて不幸なの!」という嘆きしかない鈴にはちょっと「いらっ( ̄^ ̄)」と来ます。確かに辛い日々だったかもしれない、けれど「誰よりも私が辛い」「こんな気持ち判るわけない」と慰めの言葉をかける同僚にすら耳を貸すこともない姿には後に一緒に旅する清秀のいうところの「やな奴」以外の何者でもありません。
「私が不幸」と思い込んでいる、「誰かにわかってもらいたい」と思いながらも「わかるはずない」とつっぱねて、一人で堂々巡りをしている鈴、その鈴に対して誰もが冷たかったわけではなく、才麟(さいりん)や采王(さいおう)の優しく諭す言葉も鈴の側で受け取る器がなかっただけのこと。自分より強い立場の人から何を言われても駄目だったのでしょうね。旅の途中で出会った清秀は、初めて自分より年下で厳しい言葉をかける少年。その言葉に「生意気だ」「何にもわかっていない」と反発して泣きながらも、「自分より年下」なだけに初めて清秀と自分の年を重ね合わせて考えることができたといえます。
祥瓊の立場は複雑な気分になります。「王の悪政を諌めることなく、王宮で遊び暮らしていた」それによって人民の怒りを買い、怨まれる対象となってしまった、ということ。彼女は「私は知らなかった。知らされなかった。」といい、人々は「知らなかった、そのことこそが“罪”なのだ」という。
これ、同じ立場だったらやはり同じことを言ってしまいそうです(´_`。)。
彼女が国政を知らなかったのは、まさにその両親が「知らせないようにした」からであって、意図的に知らされない環境の中でで知らないことを「知ろうとしなかった」というのは酷です。後に彼女は楽俊との出会いによって自分の罪に気づき、「自分こそが王を諌めなければならなかった」と語りますが、それこそそれ以前に、
誰か彼女に言ってあげればよかったのに( °д°)
という気もしないでもなかったり。後日談を描いた「乗月」の中で「王を止めてもらいたかった・・・(中略)・・・八つ当たりですね」といった官吏の言葉。里へ下ろされた彼女に「判れ」という割には、誰もそれを説くことはしなかった。なんだか中学時代にいきなりけんか腰になった友人に原因がどうしても判らず聞いてみたものの
自分の胸に聞いてみな
なんて答えられたときのような気分になります。
「知らないこと」そのものが罪
これは本当に難しいです。できるだけ、知りえるような人になりたい、とは今は思いますが。
恭国の供王珠晶、これが本当の初登場です。祥瓊に対し「わたしあなたが嫌いなの」と言い切ってしまうところや、麒麟に対する言葉は本当にはっきり、きっぱり。小気味いいとはこのことですね(・∀・)。手が早い割には体の大きな麒麟に対しまず座ってもらわなくてはならないあたりがまた・・・恭の麒麟はMです。はい。
陽子と景麒は相変わらずながら、本当に少しずつ距離を近づけていきます。二人とも真面目同士で言葉足らず。まして景麒のものいいは
「景麒は麒麟とは思えないぐらいいやみだな」
と陽子に言われるくらい。ほんとだよ。景麒。もうちょっと言い方があるだろ(`◇´)。それでも、陽子の成長のおかげで関係はよくなっていますね。これはほんと
陽子頑張った( ̄▽ ̄)=3
と褒めてあげたい。
和州での乱に参加したときには、鈴は清秀に、祥瓊は楽俊によって、気づかされ、成長しています。陽子も身分を隠して反乱に参加。行き詰る展開で読ませつつ、陽子の身分を明かすシーンにはドキドキ。景麒に跨り、軍を威嚇する陽子。
かっこいいぞ(≧▽≦)!
終幕は怒涛の展開で一息に読んでしまいました。
あー面白かったです。
ひとつだけ、この作者さんの手法といえばそうなのだけれど、
もっと細かな心情が読みたいな~と思ってしまう場面がしばしば。
もちろん、すべての人間を描くことはできないけれど、たとえば陽子が景王であることに皆一瞬びっくりする割には、比較的すぐに馴染んでいる。こう、もっと
そうだったのかΣ(゚д゚;)
みたいな驚きを期待したのですが・・・
私だけですかね。
最後に・・・楽俊は今回もいい味だしてました(b^-゜)。
おおきく振りかぶって16巻が発売されていましたので、さっそく購入。
前回の終わりを微妙に忘れている、と思ったけれど、最初の方を読んで思い出しました。
今回はピンポイントではまるシーンがいくつか。高校生ってこんななのかな~(笑)というのと、
ああ、やっぱり:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
というシーン。わいわいシーンはやっぱり楽しい。
↓以下ネタばれ含みます。
久しぶりに志賀先生のうんちく炸裂。今回は栄養学。
高校球児って、体作りが大事だっていうのはわかるけれど、今の初々しい感じが好きなので、がっしりしちゃったらやだな~なんてことを読みながら思ってしまった。
そして、篠岡ちゃん!
やっぱり!о(ж>▽<)y ☆
という展開です。端々に出ていましたよね。阿部めあてのジャーマネ志望だったってこと。水谷がかな~り気にしているのを思うとこれから3角関係で険悪になったり・・・なんてのは考えすぎか・・・(ちなみに水谷はさりげなく田島の篠岡に対する気持ちをリサーチ(°∀°))。でも、三橋も結構気に入っているよね。
さてさて、この巻の私のハイライトシーンは「高校生男子のエロトーク!」
笑いました。でも、途中まで
「おいおい、そこにまだ、しのおかちゃんがいるんでは(ノ゚ο゚)ノ?」
と、どきどきしましたが、話が始まる直前に画面の端っこにて退場していましたね(`◇´*)
やけに具体的、と思ったらアニメでの声優さんの方々の妄想とか。男の子ってこんななのかな~と、女ではなかなか垣間見れないノリを見られて楽しかったです。
意外と皆、すごい妄想:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
気になったのは、花井の「英語教師」。田島はモモカンが15でクラスメートだったら、モモカン好きになってた「けど」、監督である今はありえない、と言っていましたが、花井の萌えは「教師」。以前も「7歳差って微妙?」なんて、思わず自分との年齢差を計算してみたところを見ると、かな~りストライクなのでは?純情な花井の恋も見てみたいです。
もっとも、今回一番笑ったシーン。
「妄想をしたことない。妄想なんてキモい」といった巣山に対して西広くん、冷静に
「実際 カノジョができたとしたら、どーいうことしたい?」
これに対する泉の合いの手、
「それだっ それが妄想の第一歩だ!」
何だか必死です(笑)。
それに対して巣山。
「手、つないだり」
ヾ(@°▽°@)ノ か・・・かわいい。
いや~皆の「かわい~」の声に同調しちゃいました。
巣山はこれまで今ひとつ感情移入できなかったのですが、
今回はちょっと距離が縮まりましたね(°∀°)b 。
私の好きなシーンは大体がこの西浦~ず内のやりとりなのですが今巻のもう一つの柱が榛名の試合。球数を言おうとした捕手に初めて
「言わなくてもいい!」
と。
成長した?
でも、この試合(80球越えをした榛名)を阿部くんが見たら、
複雑だろうな~
と、ひそかに思ってました。
しばらく休載していたようですが、続きはいつ出るのかな?
終わっていない漫画は続きが気になって仕方がないです。
次も楽しみにしています。
前回の終わりを微妙に忘れている、と思ったけれど、最初の方を読んで思い出しました。
今回はピンポイントではまるシーンがいくつか。高校生ってこんななのかな~(笑)というのと、
ああ、やっぱり:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
というシーン。わいわいシーンはやっぱり楽しい。
↓以下ネタばれ含みます。
久しぶりに志賀先生のうんちく炸裂。今回は栄養学。
高校球児って、体作りが大事だっていうのはわかるけれど、今の初々しい感じが好きなので、がっしりしちゃったらやだな~なんてことを読みながら思ってしまった。
そして、篠岡ちゃん!
やっぱり!о(ж>▽<)y ☆
という展開です。端々に出ていましたよね。阿部めあてのジャーマネ志望だったってこと。水谷がかな~り気にしているのを思うとこれから3角関係で険悪になったり・・・なんてのは考えすぎか・・・(ちなみに水谷はさりげなく田島の篠岡に対する気持ちをリサーチ(°∀°))。でも、三橋も結構気に入っているよね。
さてさて、この巻の私のハイライトシーンは「高校生男子のエロトーク!」
笑いました。でも、途中まで
「おいおい、そこにまだ、しのおかちゃんがいるんでは(ノ゚ο゚)ノ?」
と、どきどきしましたが、話が始まる直前に画面の端っこにて退場していましたね(`◇´*)
やけに具体的、と思ったらアニメでの声優さんの方々の妄想とか。男の子ってこんななのかな~と、女ではなかなか垣間見れないノリを見られて楽しかったです。
意外と皆、すごい妄想:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
気になったのは、花井の「英語教師」。田島はモモカンが15でクラスメートだったら、モモカン好きになってた「けど」、監督である今はありえない、と言っていましたが、花井の萌えは「教師」。以前も「7歳差って微妙?」なんて、思わず自分との年齢差を計算してみたところを見ると、かな~りストライクなのでは?純情な花井の恋も見てみたいです。
もっとも、今回一番笑ったシーン。
「妄想をしたことない。妄想なんてキモい」といった巣山に対して西広くん、冷静に
「実際 カノジョができたとしたら、どーいうことしたい?」
これに対する泉の合いの手、
「それだっ それが妄想の第一歩だ!」
何だか必死です(笑)。
それに対して巣山。
「手、つないだり」
ヾ(@°▽°@)ノ か・・・かわいい。
いや~皆の「かわい~」の声に同調しちゃいました。
巣山はこれまで今ひとつ感情移入できなかったのですが、
今回はちょっと距離が縮まりましたね(°∀°)b 。
私の好きなシーンは大体がこの西浦~ず内のやりとりなのですが今巻のもう一つの柱が榛名の試合。球数を言おうとした捕手に初めて
「言わなくてもいい!」
と。
成長した?
でも、この試合(80球越えをした榛名)を阿部くんが見たら、
複雑だろうな~
と、ひそかに思ってました。
しばらく休載していたようですが、続きはいつ出るのかな?
終わっていない漫画は続きが気になって仕方がないです。
次も楽しみにしています。
アニメを堪能していましたが、ようやく原作を読みました。
十二国記の本編として一番最初の物語。
高校生の中島陽子は他人の顔色を伺ってばかりの優等生であった。ある日、「ケイキ」という金の髪を持つ男に「主上」と呼ばれ、妖魔に襲われる。「ケイキ」の従える妖魔に連れられていったその場所は、妖魔が跋扈する異世界だった。そこで陽子は「生きる」ために様々な困難に見舞われる。「ケイキ」とは?何故陽子は連れてこられ、そして狙われるのか・・・
と、いう内容の物語。
※ここから先はネタばれ含みます。
どうしても、先に見たアニメと原作を見比べてしまうのですが、アニメと原作では少し設定が違います。
原作では陽子一人が連れてこられるのですが、アニメでは陽子のクラスメート「杉本優香」と幼馴染の「浅野くん」がともに連れられてきています。この2人との関わりによって、原作以上に「いい子」を演じてしまう陽子の「愚かさ」が強調されています。
中でも「杉本」は「この世界は私の世界」と嬉々としてこの世界に関わっていきますが、この姿は「魔性の子」で「自分の世界」を求めていた広瀬の姿に重なります。アニメの中では、この「やる気」を巧の王に利用されることになります。最後の場面ではこちらの世界に戻って「魔性の子」の広瀬の役のように「泰麒(たいき)」である「高里」に関わります。ほんのちょっとだけ「魔性の子」を暗示させるシーンがありましたが、それは「月の影、影の海」の章が終わってから。
そして「浅野」。彼は一番「現代っ子」らしい青年。社交的で、ちょっと軽くて、無責任な楽観的思考の持ち主。優香と陽子の間に立ちながらも、自分が助かるために陽子を利用する狡さも持っています。優香と陽子二人だけなら、あっという間に血の海ですが、それを押さえるための役どころ。なので、優香が陽子のもとを離れると、
あっという間に崖から転落して行方不明・・・( ̄_ ̄ i)
扱いが哀れ。でも、アニメの「風の万里、黎明の空」編で再登場します。よかったね、忘れられていなくて。
人に何度もだまされ、人間不信に陥り行き倒れた陽子を心身両面で救ったのがねずみの半獣「楽駿(らくしゅん)」彼は活字でもアニメでもいい味だしています。実写だったら怖いかもしれないけれど。。。でもアニメでみる楽駿は本当に「もふもふ」していて、
萌えます(°∀°)b
陽子が「慶の国王」だとわかって離れていこうとする楽駿を呼び止める陽子。
「(中略)・・・楽駿と私の間にはたかだか2歩の距離しかないではないか!」
「・・・おいらには3歩だ」
このシーンは何度見ても感動です。つい「もふもふ」と歩く楽駿の歩数、「1,2,3」と数えてしまいます(笑)。
さて、そもそもの重要人物「ケイキ」こと「景麒」。「王」を選ぶ「慶国の麒麟」です。
こいつについては、原作を読んでびっくり。もともと愛想もなくて最初から命令口調で、というところは変わらないのですが、訳もわからず抵抗する陽子に対して原作では
「私としてもこんな主人は願い下げだが、こればかりは私の意のままにならない・・・」
って。
願い下げ、ですか( ̄□ ̄;)!!
なんて辛辣。麒麟は「慈愛の深い生き物」ではなかったですか!?
そこまで言い切った景麒奪還に頑張る陽子の健気さに泣けます。いろいろあって、そこまで言われたのは忘れてしまっていたのか・・・「自分は愚かだった」と反省しきりの時だったから「言われてもしょうがない」と思っていたのですかね~。よかったね、景麒。陽子が根に持つタイプでなくて( ̄ー ̄)。
後の景麒は「言葉が足らない」とよく反省しますが(アニメでは)、
ここでの罵詈雑言は、なめらかでしたよね(・・。)ゞ。
「足りない」というより「口が悪い」のでは・・・と思わせる場面でした。
これから始まる壮大な物語の最初にふさわしい(あ、口の悪い「ケイキ」が、というわけではありません)、一息に読んでしまう波乱万丈の物語でした。
十二国記の本編として一番最初の物語。
高校生の中島陽子は他人の顔色を伺ってばかりの優等生であった。ある日、「ケイキ」という金の髪を持つ男に「主上」と呼ばれ、妖魔に襲われる。「ケイキ」の従える妖魔に連れられていったその場所は、妖魔が跋扈する異世界だった。そこで陽子は「生きる」ために様々な困難に見舞われる。「ケイキ」とは?何故陽子は連れてこられ、そして狙われるのか・・・
と、いう内容の物語。
※ここから先はネタばれ含みます。
どうしても、先に見たアニメと原作を見比べてしまうのですが、アニメと原作では少し設定が違います。
原作では陽子一人が連れてこられるのですが、アニメでは陽子のクラスメート「杉本優香」と幼馴染の「浅野くん」がともに連れられてきています。この2人との関わりによって、原作以上に「いい子」を演じてしまう陽子の「愚かさ」が強調されています。
中でも「杉本」は「この世界は私の世界」と嬉々としてこの世界に関わっていきますが、この姿は「魔性の子」で「自分の世界」を求めていた広瀬の姿に重なります。アニメの中では、この「やる気」を巧の王に利用されることになります。最後の場面ではこちらの世界に戻って「魔性の子」の広瀬の役のように「泰麒(たいき)」である「高里」に関わります。ほんのちょっとだけ「魔性の子」を暗示させるシーンがありましたが、それは「月の影、影の海」の章が終わってから。
そして「浅野」。彼は一番「現代っ子」らしい青年。社交的で、ちょっと軽くて、無責任な楽観的思考の持ち主。優香と陽子の間に立ちながらも、自分が助かるために陽子を利用する狡さも持っています。優香と陽子二人だけなら、あっという間に血の海ですが、それを押さえるための役どころ。なので、優香が陽子のもとを離れると、
あっという間に崖から転落して行方不明・・・( ̄_ ̄ i)
扱いが哀れ。でも、アニメの「風の万里、黎明の空」編で再登場します。よかったね、忘れられていなくて。
人に何度もだまされ、人間不信に陥り行き倒れた陽子を心身両面で救ったのがねずみの半獣「楽駿(らくしゅん)」彼は活字でもアニメでもいい味だしています。実写だったら怖いかもしれないけれど。。。でもアニメでみる楽駿は本当に「もふもふ」していて、
萌えます(°∀°)b
陽子が「慶の国王」だとわかって離れていこうとする楽駿を呼び止める陽子。
「(中略)・・・楽駿と私の間にはたかだか2歩の距離しかないではないか!」
「・・・おいらには3歩だ」
このシーンは何度見ても感動です。つい「もふもふ」と歩く楽駿の歩数、「1,2,3」と数えてしまいます(笑)。
さて、そもそもの重要人物「ケイキ」こと「景麒」。「王」を選ぶ「慶国の麒麟」です。
こいつについては、原作を読んでびっくり。もともと愛想もなくて最初から命令口調で、というところは変わらないのですが、訳もわからず抵抗する陽子に対して原作では
「私としてもこんな主人は願い下げだが、こればかりは私の意のままにならない・・・」
って。
願い下げ、ですか( ̄□ ̄;)!!
なんて辛辣。麒麟は「慈愛の深い生き物」ではなかったですか!?
そこまで言い切った景麒奪還に頑張る陽子の健気さに泣けます。いろいろあって、そこまで言われたのは忘れてしまっていたのか・・・「自分は愚かだった」と反省しきりの時だったから「言われてもしょうがない」と思っていたのですかね~。よかったね、景麒。陽子が根に持つタイプでなくて( ̄ー ̄)。
後の景麒は「言葉が足らない」とよく反省しますが(アニメでは)、
ここでの罵詈雑言は、なめらかでしたよね(・・。)ゞ。
「足りない」というより「口が悪い」のでは・・・と思わせる場面でした。
これから始まる壮大な物語の最初にふさわしい(あ、口の悪い「ケイキ」が、というわけではありません)、一息に読んでしまう波乱万丈の物語でした。
引き続き、小野不由美の異世界ファンタジー「十二国記」シリーズ。
この十二国とは、十二の麒麟によって選ばれた十二の王が統べる国々のこと。この「図南の翼」はその中の「恭」の国のお話です。
王が不在になると次の王が決まるまで、国は荒れ、妖魔が跋扈する地となる。そんな王不在の時代の中で豪商の娘として何不自由なく暮らしていた若干12歳の少女、珠晶(しゅしょう)。荒廃していく国を憂い、たった一人で恭国の麒麟のいる蓬山へ向かう。王に選ばれるために・・・
すでに「風の万里、黎明の空」の時点で珠晶が少女王として90年の治世を続けていることはわかっているので、このお話は供王誕生秘話という位置づけとなります。(アニメで見た部分以外のお話から読んでいるので、番外編の紹介ばかりとなってしまってますね。)
お話自体は、まあ、想像通り。口が達者で、頭がまわる珠晶らしさと、王に選ばれようとする人々の人知の及ばない土地での奮闘話です。その中で印象的なのは、珠晶のこの地へ来た理由。
小野不由美さんのこのシリーズでは、しばしば「恵まれた者」と「恵まれなかった者」の対比が登場します。その中で、作者が描きだすのはむしろ「恵まれなかった(と思っている)者」への厳しさであり、「恵まれた者(と思われている者)」のジレンマや悩みだったり。現実にはなかなか言えない本音部分を語らせた上で作者なりの両者の和解への道を描いています。
この主人公、珠晶はもちろん「恵まれた者」。豪商の娘であり、不自由も苦労も知らない。でも、それゆえに「誰かを助けたい」と思っても、「苦労知らずが何をいうんだ」という偏見や「恵まれていない立場の気持ちなどわかるわけがない」といった差別に胸を痛めているのですが・・・
この気持ち、とてもよくわかります。
恵まれた者は何を言う権利もない、というのは、いつの時代も同じなのでしょうか?
不幸な人はまさにその「不幸である」という事実そのものによって「不幸や美談を語る権利」を得られる、といった価値観。これは、いままさに巷で起こっていることにあてはまるように思います。
震災で被災した方々。
この方々がもっとも「大変」であることは明白で、そのことについて反論する気は全くないのですが、
被災しなかった方々。
この立場にある人々も今「被災しなかった」がゆえに何をする権利も何を言う権利もない、という価値感によって押しつぶされそうになっているように感じます。被災者以外が「つらい」と口に出してはいけないような空気。計画停電の対象外地域であることに感じてしまう「罪悪感」。不自由のない暮らしができていることそのものに後ろめたさを感じる空気は、この物語、珠晶の悩みに重なります。
「風の万里、黎明の空」編で、異世界に飛ばされ苦労をしてきた「鈴」が語ります。「私が一番つらい、私が一番不幸だ」と。でも、一緒に旅をすることになる清秀は反論します。「“つらい”に一番も二番もない。みんな同じようにつらいんだ」と。今回の震災に関しては一概にその重さを同列に語ることはできないけれど、「つらい」気持ちは誰しもが抱えうることであることを示唆しているように思います。
それぞれの立場にはそれぞれの「悩み」や「苦労」が存在する。でも、どちらの立場でも結局のところ「自分のやれることをやる」以外の道はない。珠晶が蓬山に向かったように・・・
被災しなかった自分のできること。
節電、義援金、買占めをしない
くらい?あとは普通の生活を送ることに罪の意識を持っていても仕方がない。1日も早い復興を願いつつ、日常という社会を回すことをこなしていこうと思います。
って、格好いいこと言ってますが・・・
本ばかり読んでいる自分、現実逃避まくってるよねorz
いろいろなことや感情が、未だに整理されていないようです。
思いがけず、いろいろと考えさせられる1冊となったのでした。
この十二国とは、十二の麒麟によって選ばれた十二の王が統べる国々のこと。この「図南の翼」はその中の「恭」の国のお話です。
王が不在になると次の王が決まるまで、国は荒れ、妖魔が跋扈する地となる。そんな王不在の時代の中で豪商の娘として何不自由なく暮らしていた若干12歳の少女、珠晶(しゅしょう)。荒廃していく国を憂い、たった一人で恭国の麒麟のいる蓬山へ向かう。王に選ばれるために・・・
すでに「風の万里、黎明の空」の時点で珠晶が少女王として90年の治世を続けていることはわかっているので、このお話は供王誕生秘話という位置づけとなります。(アニメで見た部分以外のお話から読んでいるので、番外編の紹介ばかりとなってしまってますね。)
お話自体は、まあ、想像通り。口が達者で、頭がまわる珠晶らしさと、王に選ばれようとする人々の人知の及ばない土地での奮闘話です。その中で印象的なのは、珠晶のこの地へ来た理由。
小野不由美さんのこのシリーズでは、しばしば「恵まれた者」と「恵まれなかった者」の対比が登場します。その中で、作者が描きだすのはむしろ「恵まれなかった(と思っている)者」への厳しさであり、「恵まれた者(と思われている者)」のジレンマや悩みだったり。現実にはなかなか言えない本音部分を語らせた上で作者なりの両者の和解への道を描いています。
この主人公、珠晶はもちろん「恵まれた者」。豪商の娘であり、不自由も苦労も知らない。でも、それゆえに「誰かを助けたい」と思っても、「苦労知らずが何をいうんだ」という偏見や「恵まれていない立場の気持ちなどわかるわけがない」といった差別に胸を痛めているのですが・・・
この気持ち、とてもよくわかります。
恵まれた者は何を言う権利もない、というのは、いつの時代も同じなのでしょうか?
不幸な人はまさにその「不幸である」という事実そのものによって「不幸や美談を語る権利」を得られる、といった価値観。これは、いままさに巷で起こっていることにあてはまるように思います。
震災で被災した方々。
この方々がもっとも「大変」であることは明白で、そのことについて反論する気は全くないのですが、
被災しなかった方々。
この立場にある人々も今「被災しなかった」がゆえに何をする権利も何を言う権利もない、という価値感によって押しつぶされそうになっているように感じます。被災者以外が「つらい」と口に出してはいけないような空気。計画停電の対象外地域であることに感じてしまう「罪悪感」。不自由のない暮らしができていることそのものに後ろめたさを感じる空気は、この物語、珠晶の悩みに重なります。
「風の万里、黎明の空」編で、異世界に飛ばされ苦労をしてきた「鈴」が語ります。「私が一番つらい、私が一番不幸だ」と。でも、一緒に旅をすることになる清秀は反論します。「“つらい”に一番も二番もない。みんな同じようにつらいんだ」と。今回の震災に関しては一概にその重さを同列に語ることはできないけれど、「つらい」気持ちは誰しもが抱えうることであることを示唆しているように思います。
それぞれの立場にはそれぞれの「悩み」や「苦労」が存在する。でも、どちらの立場でも結局のところ「自分のやれることをやる」以外の道はない。珠晶が蓬山に向かったように・・・
被災しなかった自分のできること。
節電、義援金、買占めをしない
くらい?あとは普通の生活を送ることに罪の意識を持っていても仕方がない。1日も早い復興を願いつつ、日常という社会を回すことをこなしていこうと思います。
って、格好いいこと言ってますが・・・
本ばかり読んでいる自分、現実逃避まくってるよねorz
いろいろなことや感情が、未だに整理されていないようです。
思いがけず、いろいろと考えさせられる1冊となったのでした。
アニメ「十二国記」に今更ながらはまっています。
「十二国記」シリーズとは、小野不由美原作の「月の影 影の海」「風の海 迷宮の岸」「東の海神 西の滄海」「風の万里 黎明の空」などの作品群に共通する「十二の国」のある異世界ファンタジーシリーズです。
そして、そのシリーズ最初の作品としてあげられるのがこの「魔性の子」というお話。
最初の作品でありながら、このシリーズの中では番外編的な扱い。
そしてファンタジーではなく、ホラー作品として仕上げられています。
話の内容としては、
教育実習に来た広瀬が担当したクラスに、かつて「神隠し」にあったという少年「高里」がいた。高里本人は神隠しでの記憶をなくしているものの「そこへ帰りたい」と思っている。「神隠し」のあと、その少年を傷つけるものは祟られると恐れられていたが、その「祟り」は次第に凄惨さを増していき、高里本人とそれをかばう広瀬を追い詰めていく・・・
というもの。
高里は「何」なのか?「何が」彼を守っているのか?そして、何より「どこに」帰りたいのか・・・
その答えが「十二国記」に関わってくるのですが、このお話の舞台はあくまでも現代の日本。妖魔も、奇獣もいないこの現代社会では、見えない殺戮者による惨殺や「ヒトでない女のひと」の出没はたしかに「ホラー」です。
でも、もしかしたら、この作品のもっとも怖いところはそういった惨殺的なものではないのかもしれません。
この作品、高里とそれをかばう広瀬に共通するものは「帰りたい」という意識。
「ここは、自分の世界ではない、どこかに自分の世界がある」という。
そして、それを垣間見てしまったがために、その気持ちがより一層強くなって現実との折り合いをつけるのに困難になってしまう。
二次元が世界の全てになっている人々、ひきこもって自分の世界だけにひたりたい人々など、今の社会にも多くの「現実と折り合いがつかない人々」がいます。「ここは自分の世界ではないはずだ」と。「どこか、帰れる場所が、本当の自分の居場所が別に用意されているのではないか」と、どこかに違和感を感じて生きている人々。でも、この小説では一度は広瀬が見たように「どこかにあるのでは?」と期待させられながらも、ばっさりと言い切ります。
ただの「人間」に帰る「別世界」などない
と。
「高里」は「広瀬」を惨殺からは守ったけれど、もっと深い心の部分を「殺した」存在となる。そして同じ夢を「別世界」を夢見てしまった読者である私たちの「心」が殺されるのでは、と恐怖させる。これ以上のホラーがありますか?
「ここではないどこか」に「帰りたい」という気持ち。
この甘美な思考は私も持っています。
現実世界とは別の世界があるのではないか?と。
人は今「ここ」で生きているけれど、死んだら「次」の世界に行くのではないか?と。
かつて2度手術をしたことがあるのですが、全身麻酔の前、不謹慎にも「わくわく」していました。
母親にも
「魂のお散歩してくるかも~ヾ(@°▽°@)ノ」
などと言って
「そんなことしてないでさっさと帰ってきなさい(`Δ´)」
とまじめに応えられてしまいました(・・。)ゞ
実際のところ、あれはホント時間がすっとぶだけで、どこにも行けなかったのですが・・・
(ちょっと残念(^_^;)夢も見ないものなのですねー。)
この気持ちを思い起こさせるのは2度目です。
日渡早紀の漫画「ぼくの地球を守って」を読んだとき、世間的にもそんな思想がはやったことがありました。「月世界に自分の分身がいる」「別世界の生まれ変わりです」一時的にそんな気持ちに囚われる人が実際に行動を起こして集ってみたことがあるとか。そして、かくいう私も「昨日見た夢の世界ではこんな世界だった」と嬉々として友人に話していましたっけ。
でも、いまでも私は現実にいます。
この「魔性の子」。
小説の世界、夢の世界で夢を見ている最中に容赦なく見せられる「現実」。
ホラーでありつつも、ちょっと心が痛む作品でした。
「十二国記」シリーズとは、小野不由美原作の「月の影 影の海」「風の海 迷宮の岸」「東の海神 西の滄海」「風の万里 黎明の空」などの作品群に共通する「十二の国」のある異世界ファンタジーシリーズです。
そして、そのシリーズ最初の作品としてあげられるのがこの「魔性の子」というお話。
最初の作品でありながら、このシリーズの中では番外編的な扱い。
そしてファンタジーではなく、ホラー作品として仕上げられています。
話の内容としては、
教育実習に来た広瀬が担当したクラスに、かつて「神隠し」にあったという少年「高里」がいた。高里本人は神隠しでの記憶をなくしているものの「そこへ帰りたい」と思っている。「神隠し」のあと、その少年を傷つけるものは祟られると恐れられていたが、その「祟り」は次第に凄惨さを増していき、高里本人とそれをかばう広瀬を追い詰めていく・・・
というもの。
高里は「何」なのか?「何が」彼を守っているのか?そして、何より「どこに」帰りたいのか・・・
その答えが「十二国記」に関わってくるのですが、このお話の舞台はあくまでも現代の日本。妖魔も、奇獣もいないこの現代社会では、見えない殺戮者による惨殺や「ヒトでない女のひと」の出没はたしかに「ホラー」です。
でも、もしかしたら、この作品のもっとも怖いところはそういった惨殺的なものではないのかもしれません。
この作品、高里とそれをかばう広瀬に共通するものは「帰りたい」という意識。
「ここは、自分の世界ではない、どこかに自分の世界がある」という。
そして、それを垣間見てしまったがために、その気持ちがより一層強くなって現実との折り合いをつけるのに困難になってしまう。
二次元が世界の全てになっている人々、ひきこもって自分の世界だけにひたりたい人々など、今の社会にも多くの「現実と折り合いがつかない人々」がいます。「ここは自分の世界ではないはずだ」と。「どこか、帰れる場所が、本当の自分の居場所が別に用意されているのではないか」と、どこかに違和感を感じて生きている人々。でも、この小説では一度は広瀬が見たように「どこかにあるのでは?」と期待させられながらも、ばっさりと言い切ります。
ただの「人間」に帰る「別世界」などない
と。
「高里」は「広瀬」を惨殺からは守ったけれど、もっと深い心の部分を「殺した」存在となる。そして同じ夢を「別世界」を夢見てしまった読者である私たちの「心」が殺されるのでは、と恐怖させる。これ以上のホラーがありますか?
「ここではないどこか」に「帰りたい」という気持ち。
この甘美な思考は私も持っています。
現実世界とは別の世界があるのではないか?と。
人は今「ここ」で生きているけれど、死んだら「次」の世界に行くのではないか?と。
かつて2度手術をしたことがあるのですが、全身麻酔の前、不謹慎にも「わくわく」していました。
母親にも
「魂のお散歩してくるかも~ヾ(@°▽°@)ノ」
などと言って
「そんなことしてないでさっさと帰ってきなさい(`Δ´)」
とまじめに応えられてしまいました(・・。)ゞ
実際のところ、あれはホント時間がすっとぶだけで、どこにも行けなかったのですが・・・
(ちょっと残念(^_^;)夢も見ないものなのですねー。)
この気持ちを思い起こさせるのは2度目です。
日渡早紀の漫画「ぼくの地球を守って」を読んだとき、世間的にもそんな思想がはやったことがありました。「月世界に自分の分身がいる」「別世界の生まれ変わりです」一時的にそんな気持ちに囚われる人が実際に行動を起こして集ってみたことがあるとか。そして、かくいう私も「昨日見た夢の世界ではこんな世界だった」と嬉々として友人に話していましたっけ。
でも、いまでも私は現実にいます。
この「魔性の子」。
小説の世界、夢の世界で夢を見ている最中に容赦なく見せられる「現実」。
ホラーでありつつも、ちょっと心が痛む作品でした。