Uとの「届け、ことばの処方箋!」 -2ページ目

料亭 案山子(かかし)

大学時代の友人で
現在小学校の先生をしているやつがいる。

彼のニックネームは、
ミガキニシン。

日本広しといえども、
彼と同じニックネームを
持つ者はそうそういないだろう。

彼がミガキニシンになった由来、
話せば長くなる。

それはまた今度欠く、いや書くこととしよう。

彼は、
現在2児の父になったという。

学校の生徒たちも
彼の2児も、
彼の本当の名前が
ミガキニシン
であることなど、
きっと知りもしないだろう。

今度、会う機会があったら
教えてやろうと思う。

話が脱線したが、
今回は、料亭案山子(かかし)について、
書くこととしよう。

彼が小学校の先生をはじめた頃、
大事な会議に校長先生を車に乗せて、
連れて行ったことがあるらしい。

会議が終わり、
懇親会があり、
ペーペーのミガキニシン(以下、「ニシン」という)は、
運転手として、
校長を家まで送ることになった。

気分を良くした校長は、
ニシンに
「今度、かかしというお店に連れて行ってあげよう。
あそこは、天ぷらがうまいんだ」
と話したらしい。

ニシンは、校長の粋な計らいに、
校長との会食を心より楽しみにしたのだという。

数日が立ち、
ニシンはまた校長を車で送迎する機会があった。

それは、午前の打合せが終わり、
車に校長を乗せた。

チャンスだ。
今回はかかしに連れて行ってくれるかもしれない。

車を運転すること10分。。。

「今日は、かかしにでもいこうか」

来た、とうとう校長おすすめの
料亭に連れて行ってもらえる!

「私がごちそうしよう」

さすが校長だ。
土曜の昼に料亭での食事をおごってくれるという粋な計らい。

「では二つ目の信号を右へ、そして、、」

「そこを左へ、あの黄色い看板の店の駐車場に停めてくれるかな」

そしてはいったのは、
埼玉を中心に多店舗チェーン展開する「山田うどん」だったそうだ。

私は、
埼玉や
栃木をドライブし、
この看板を見るたびに思い出す。

ニシンが元気でいるかどうか。
そして、ニシンが夢見た幻の料亭のことを。

今度、機会があったら天ぷらうどんでも食べてみよう。

「山田うどん」で。

「走る」ということについて

広島県山口県をまたぐ
1泊2日の出張があり
ランニングシューズを
持参した。

初日前日に現地に入り
実質2泊2日の仕事だった。

天候にも恵まれて
前泊福山
1泊目広島
朝の街をランニングすることができた。

知らない街を走るのは楽しい。
その街の日常や人々の息づかいを
生活者と同じようなスピードで
街に溶け込んで垣間見ることができる。

今回のランニングは早朝ということもあり
朝の街の息づかい
つまり
沿道での自転車通学する中高生たち
港で船を降りてくる通勤の人たち
集団登校する小学生たち
清掃業者の方の仕事始めの様子などを
見ながら秋の風が吹く
街を走った。

みなまさか
僕が旅行者だとは思っていまい
日常にカモフラージュできることが
なによりも面白い。

広島では
原爆ドームや
川沿いの慰霊碑
そして港までの道のりを
いくつかの橋をわたり
そして往復した。

ただの出張であれば
必要最低限の移動しかないだろう

すなわち
走ることは
短い時間で
その街のつくりや景観
雰囲気、息づかい等を
知ることができる
小さな観光にも似ている。

京都の鴨川
新潟の海沿い
大阪港
山口のお寺
広島の海
名古屋城
幾多の街を駆け
そしてこれからは
どの街を駆けるのか

そんな楽しみを持ちながら
出張を計画している。

乗り鉄 東北縦断の旅

連休一発目の青森帰省から
中継地の新潟は長岡を目指し
特急つがる、いなほを乗り継ぐ。

車窓からは
右手に夕暮れの日本海
左手には雪の鳥海山。






田んぼの水面に
逆さ鳥海山。

一人になると
家族の温かさが身に染みる。

日が暮れ
新潟で新幹線に乗り換える。

長岡で食堂を開店した
友を訪ねる。
二人の志や
ライフスタイルに触れ、
感銘。





そして、
長岡を経ちさらに南を目指す。

次の目的地は
越後湯沢。

これから
2日間、ローラーダービーの合宿だ!

思う存分
体を痛め付けようと思います。