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ある冬の日の光

今まで自分の日記じみた事を書くツールは何度かやってきたけど、結果的にリアルの知り合いが見ているものは
自分をよく見せようとする気持ちが働いてしまって、自分のダメな所はさらけ出せない。
ここでは、素性を隠す替わりに本当に心の内を書いていってみたいと思う。

帰省してきた。2周忌。

実家に着いて、遺影に手を合わせる時、写真見て、ああ、
いても全然違和感ないよなあ、と。。
ほんとにいないんだな、死んだらどうなるのか。

自分もやがてそうなる。
これが人間の現実か、厳しすぎる。いろんな思いが浮かぶ。
こないだまで、ずっといた人が、写真の中にしかいない。
天才・クリスランガン氏の提唱する死後の世界だと言っても、
根っこからは信じきれてない。ホントかよ、と。

生き物が好きで、帰省した時必ず、少し車を走らせて

郊外のペット屋さんに行く。
小学生の女の子を連れた、めちゃくちゃ若いお父さん。
ギャル系の彼女と楽しそうにいるおニイさん。
幸せだろうな、楽しいだろうな、と思う。
特に、家族の死で、身内が減る寂しさを痛感して、

「増える」ことへの羨ましさが強くなった。
独りが好きなようで、人一倍、賑やかなのも好きなんだ。
ただし、その集団の中で自分が仲間だと認められてないと

だめだけど。

そして、2泊3日の帰省が終われば、東京に戻ってきて、いつもの日常。
ホッとするし、落ち着く。新幹線やレンタカーなど、

時間を気にする必要もない。
誰もいない部屋で、自分のしたい事だけをしていていい。
でも、ほんの数時間前まで、実家にいた。
ほんの2日前は、仙台に向かうところだった。
そして2日間が、あっという間に終わった。
誰かとそんな時間を共有できたら。

でも、仕方がない。
俺には、人を引き付ける、人に好かれる力がない。
俺はどんな死を迎える?
その時、何を思うかな。