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ある冬の日の光

今まで自分の日記じみた事を書くツールは何度かやってきたけど、結果的にリアルの知り合いが見ているものは
自分をよく見せようとする気持ちが働いてしまって、自分のダメな所はさらけ出せない。
ここでは、素性を隠す替わりに本当に心の内を書いていってみたいと思う。

ふと子供の頃に読んだいとうせいこうの「ノーライフキング」を

思い出して読み返した。

やや難解な後半であるが、つまりは「子供」から「大人」に

変わる時に、あなたの「子供」はある意味"死"ぬ。

それに抗おうとする主人公の「自分を忘れないで」という話。

このテーマ、考えるといつも心に突き刺さる。
俺は時間とともに成長していったが、いったいどこからが

大人なのだろうか。
自分は自分が大人になったとは思えない。

世の中の多くの人もそうなのではないか。
生まれて13年目になったら「中学生」になり、制服を着て、

通う場所も変わりやることや言葉遣いも変わってくる。
それが高校生、大学生、社会人・・・と続く。
身体も大きくなって生殖が可能になる。
まあ、多くの人は「子供が生まれた」時に「大人」になるの

だろうな。

それは決して悪い事でもなければ、悲しい事でもない。
ただ、俺はいつまでも自分が本当に「大人」になることに

恐怖がある。
まあ、なろうとしてもなれなかったんだが・・・。

生物学的に見たほうがまだ単純だ。
男なら射精でき、女なら妊娠できれば、「大人」と見て

いいだろう。だが人間の場合はそう簡単にも行かない。

俺の場合はある意味、「自分は他人に人気がなく、どうやら

みそっかすの側だ」と気づいた時・・・高校生の時、

クラスメイトが一新されてからかいの的になった時。
あのあたりで、もう「本来の俺」ではなくなったかもしれない。

40を過ぎたあたりから、子供の頃好きだったものに回帰する

ところがあって、ためしにオオクワガタをネットで買って

飼育してみた。
まあ、最初のワクワク感も飽きる感じも、子供の頃のよう

だったが、一度ケースに入れて落ち着くと、もう取り出して

しげしげと眺めたりはしなくなって、世話が面倒だなとしか

思っていなかった。

もし今、近所に友達が住んでいて、夏の日の朝にカブトムシ

獲りに行こうぜって企画があったとしたら、

面白そうとは思うけど、実際には疲れる、眠い、と
なりそうだな(笑)。

まあ・・・
もしかしたら、子供と大人は、知恵や力、問題解決力が上がる

だけで、実は変わっていないのかもしれない。
子供のころから学級委員やる奴はやってるわけで。

あれ、俺には考えられない。
学校以外にリトルリーグとか。

まあ、恋人ができて抱きしめあったりキスしたりっていうのが

あるかないかも大きな違いだ。