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ある冬の日の光

今まで自分の日記じみた事を書くツールは何度かやってきたけど、結果的にリアルの知り合いが見ているものは
自分をよく見せようとする気持ちが働いてしまって、自分のダメな所はさらけ出せない。
ここでは、素性を隠す替わりに本当に心の内を書いていってみたいと思う。

南野陽子の40周年記念コンサートに行ってきた。
「やる」と知った今春に、「今のナンノの歌(唱力)に万のカネを出すか?」という
迷いはあったが、たまたま抽選を受け付ける前に知ったのもあり、応募したのだった。
 

ナンノのコンサートは、大ファンだった中学生の時に一度行って以来。
37年前の、中学生のころの自分の感覚がよみがえるのか?
それともただ、「あー、あの曲だ」という程度で流し見することになるのか?
それを確かめに行きたかった。
・・いやさ、「南野陽子」という誰もが知るベテランアイドルの周年コンサートという、メジャーだけど実際に行く人は一握り、というイベントに参加する自分でいたかった、という気持ちもあった。

37年前の夏、14歳の時は、音楽コンサート自体が生まれて初めてだった。
そして、最後方の立ち見ではあったが、若き日のナンノのインパクトは強烈で、実に3か月くらいはナンノ酔いが抜けず、聖なる存在のように思っていた。

凝ったオープニング演出からの登場、から最初の人気2曲は「おおーっ、やっぱり凄い!」となったが、その状況に慣れはじめ、あまり練習していないというボーカリングもあり、中盤~後半はまずまず、という感じで終わった。余韻も、あまりなかった。
これは色んな要素がある。ナンノ自身も年齢を重ね、その間あまりいい男を選べなかったという現実。
20歳過ぎの清純なアイドルと、結婚離婚を繰り返し50代になった違い。
またこちらも、今までの人生でほかに色んなアーティストを好きになり、そのライブを見ていること。
今現在進行形で、ナンノの大ファンというわけではないことなど、当時とは状況がだいぶ違う。

ただ、こういったイベントに参加する自分でありたかった、というのはある。
それと、誰もが知る有名人ではあるので、事後に人に話題として言える、ということも。

まあ、それでも「南野陽子」という文字の入ったチケットを見ると、「帰ってきた、懐かしい時代に」という感覚になれる。
今、ナンノも自分も、ああやって元気に、当時と同じことをできているのだ。
それは小さな奇跡でもある。

アルバム「ゴーシュ」が好きだったが、あれも夏の作品。
今回「ゴーシュ」からの選曲はなかったが、
7月末のこの時に、小さな奇跡を体験できたのだ。