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キハ30-62故郷行きの切符

昨年12月(先月)まで久留里線で現役だったキハ30-62
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16日夕刻、DE10型ディーゼル機関車に牽引され、彼は1991年から20年過ごした木更津を旅立ちました。

君津、館山、安房鴨川、勝浦、御宿と走り、辿り着いたのは大原、時は21時‥‥

もう何十年も使われていなかったはずのJR~いすみ鉄道を繋ぐポイントをゆっくり渡り、夜も深まる大原駅いすみ鉄道ホーム2番線に静かに佇む彼を、日付が変わった頃、迎えにやって来たキハ52-125
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第一声は「おかえり!待ってたぜ!!」だったのかな?

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国鉄/JR35系気動車は1961年、関西本線(大和路線)奈良~湊町(現・JR難波)の輸送改善を目的に登場した3ドアロングシート車。

首都圏や京阪神地区の近郊各線で活躍が見られましたが、首都圏の房総各線、川越線、八高線、相模線や京阪神地区の奈良線、和歌山線、桜井線、片町線と相次ぐ電化によって活躍の場を次々と失い、JRでは久留里線に残った3両が昨年12月に役目を終えたばかり。

キハ30型は35系気動車のうち、1両単行でも運転可能な「両運転台」型車両。

62号車は1966.2.16付けで日車(日本車輌製造株式会社)にて落成後、いすみ鉄道の前身である国鉄木原線を担当する勝浦運転区に新製配置。

その後は組織改正により千葉気動車区→木更津運転区(現・幕張車両センター木更津派出所)と所属を変えて木原線のみならず久留里線でも活躍たのち、1978年に一旦は千葉を離れて相模線を担当していた八王子機関区に転属。

1986年の組織改正で八王子機関区所属車は全て茅ヶ崎運転区に転属となり、相模線が電化された1991年に幕張電車区木更津支区(現・幕張車両センター木更津派出所)に返り咲くこと20年を過ごして来ました。

そして今度は、故郷ともいうべきいすみ鉄道、スタートの地を安住の地に選びました。

キハ28-2346に続き、正に「おかえりなさい」ですね。

いすみ鉄道鳥塚社長、2000万円を投じて、キハ30-62を動態で復活させることで、キハ52-125・キハ28-2346と合わせて房総名物の凸凹編成を再現するのが、当面の目標だそうな。

今年の春は、いすみ鉄道から目が離せませんよ。

119系の日

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1月19日→119系の日です。

中部山岳地帯を走るローカル線の身延線、飯田線、大糸線のうち、飯田線の旧型車両老朽取り替えを目的に1983年に登場したのが119系。

105系を基本ベースにした1M方式の3ドア車両で、豊橋~辰野間全長196kmという長距離路線を走るため、クロスシートを採用(105系はロングシート)。

モーターは105系同様のMT55A型、これに勾配抑速ブレーキを付加。またクハの台車は101系の廃車発生品DT21T型を活用しているのも特徴。

昨年3月改正で313系、213系転用に伴い全車引退、廃車解体された車両もあります。

画像のR7編成は、えちぜん鉄道への譲渡を前提に旧浜松機関区(西浜松留置線)にて保管されています。

1/15大月駅にて

関東地方が大雪に見舞われた翌15日、大月駅で撮影した富士急行線の写真。

予想していた通りの景色の中での撮影となりました。

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1000系(元・京王5000系、スイス国マッターホルン登山鉄道色)
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6000系(元・JR東日本205系)


白銀の世界と赤や青のコントラストというかアンバランスさは目立ちますね。