57年間の歴史にピリオド
秩父鉄道1000系が本日、いよいよ最終運行を迎えています。
団体臨時列車として熊谷~秩父を1往復、秩父駅と復路の広瀬河原車両基地到着時には撮影会も開催。
最後まで秩父鉄道に在籍した1003編成
秩父鉄道1000系は、国鉄/JR101系を譲り受けて秩父鉄道仕様としたもの。
101系は国鉄が、戦後の復興期~高度成長期の爆発的輸送力増強に対処すべく、1957年に誕生した形式。
1969年までに1535両が製造され、中央快速線を筆頭に多くの路線で活躍しましたが、2003年の南武線(南武支線)からの引退を最後に国鉄/JRの営業路線からは消滅しました。
中央総武緩行線で活躍していた101系
秩父鉄道では、この101系を1985~86年に国鉄から21両、1988~89年にJR東日本から15両譲り受けたのち1000系として活躍を開始、長らく主力として君臨してきました。
関西本線色にリバイバルされた1009編成(左)と1000系導入当初の旧塗装にリバイバルされた1007編成
2010年(2009年度末)から東急電鉄より購入した車両と入れ替わるように順次廃車となり、最後まで残った1本の最後の運転が今日、行われています。
1957年に初めて登場した101系はオレンジ色、最後まで秩父鉄道に残った1000系もまた国鉄時代のオレンジ色にリバイバルされた編成、国鉄本社工作局車両設計事務所の橋本客貨担当課長が、奥様が編んでいたセーターの色をヒントに「コレだ!」と、採用したオレンジで始まり、そのオレンジで57年続いた歴史が終わろうとしている‥‥奇遇な話ですね。
団体臨時列車として熊谷~秩父を1往復、秩父駅と復路の広瀬河原車両基地到着時には撮影会も開催。
最後まで秩父鉄道に在籍した1003編成
秩父鉄道1000系は、国鉄/JR101系を譲り受けて秩父鉄道仕様としたもの。
101系は国鉄が、戦後の復興期~高度成長期の爆発的輸送力増強に対処すべく、1957年に誕生した形式。
1969年までに1535両が製造され、中央快速線を筆頭に多くの路線で活躍しましたが、2003年の南武線(南武支線)からの引退を最後に国鉄/JRの営業路線からは消滅しました。
中央総武緩行線で活躍していた101系
秩父鉄道では、この101系を1985~86年に国鉄から21両、1988~89年にJR東日本から15両譲り受けたのち1000系として活躍を開始、長らく主力として君臨してきました。
関西本線色にリバイバルされた1009編成(左)と1000系導入当初の旧塗装にリバイバルされた1007編成
2010年(2009年度末)から東急電鉄より購入した車両と入れ替わるように順次廃車となり、最後まで残った1本の最後の運転が今日、行われています。
1957年に初めて登場した101系はオレンジ色、最後まで秩父鉄道に残った1000系もまた国鉄時代のオレンジ色にリバイバルされた編成、国鉄本社工作局車両設計事務所の橋本客貨担当課長が、奥様が編んでいたセーターの色をヒントに「コレだ!」と、採用したオレンジで始まり、そのオレンジで57年続いた歴史が終わろうとしている‥‥奇遇な話ですね。










