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雲をつかむ猿
小野ユキは3作目の小説"平和泉"の原稿を持って出版社を訪れた。
昇降機故障修繕中
当分の間使用停止
(エレベーターは使えないんだ…)
編集部は3階で、階段でも大した負担ではないが、仕方なく上がるとなると足取りは重かった。
『小野先生はじめまして東雲(しののめ)です。
あいにく猿田は急用で外出しておりまして
すぐ戻ってくるとは思いますが、それまで小野先生のお相手をするよう申しつかっております。
よろしくお願いします。』
『こちらこそよろしくお願いします。』
(東雲君と初めて会ったのはもっと後だったはずだけど…)
『小野先生、もしよろしければ原稿を読ませていただけませんか❓️
猿田にそのように言われています。』
『もちろんいいですよ。
私は少し外の空気を吸ってきますね。
どうぞ心ゆくまでご覧ください。』
『ありがとうございます🙏』
小野ユキは東雲に原稿を渡して編集部を出てトイレに入った。
(アレ❓️鏡がない……この頃のトイレにはまだなかったんだっけ…)
『鏡は必要ないわ。
忘れた時に思い出すための装置だから
あなた今私を探してたでしょ』
もう一人の小野ユキが現れた。
『なんだ、そうだったの……
東雲くんフライングじゃないの❓️』
『歴史変わっちゃったんじゃない❓️
なんだかワクワクしてきたでしょう』
『"和"の一文字でね…』
『もうすぐ桃子さん帰ってくるわ。
外に出てビルの周りを一周してみて』
『なにそれ』
『いいから早く』
言われたとおりに階段を降りてビルの周りを歩き出した。東の角まで歩いた所で足が止まった。
『光の玉を造って壁に埋め込んで』
もう一人の小野ユキの声が聴こえた。
『えっ、こんな所で❓️恥ずかしいわ』
『イメージして壁にさわるだけでいいの』
『わかったわ』
『それでいいわ。残りの三つの角も同じようにしてね』
光の玉をビルの四隅に埋め込み一周すると玄関前に黒塗りのクルマが停まっていた。
後部座席のドアが開いて女性が一人降りてきた。
猿田桃子30歳、小野ユキを一人前の作家に育てた恩師のような編集者で、当時としては珍しい女性の編集者だった。
小野ユキは姉のように慕っていた。
『小野先生、お待たせしてすみません。
印刷所から呼び出しがあったもので…
こんな所で何を❓️』
『ちょっと時間つぶしにビルの周りを一周してました。』
『何か見つけましたか❓️』
『このビルは四角いんですね』
『それは大発見ですね❗️』
二人は笑いながらビルに入っていった。
『すみませんね、エレベーターが昨日から動かなくなっちゃってて…』
『私は階段の方が好きですから』
『東雲君が何か失礼なことでも……』
『そんなことはありません。
今原稿を読んでいただいてます。
手持ち無沙汰で外に出てたんですよ。』
『そうですか、東雲君に…
いい勉強になると思います。
ありがとうございます。』
桃子と話していると階段を昇っていることを忘れるほど足取りは軽くなり、3階まであっという間だった。
『猿田さん、東雲君が大変です。』
編集部に戻るとちょっとした騒ぎが起きていた。
東雲が原稿を持ったまま鼻血を出して気絶していたのだ。
『東雲君、東雲君』
桃子が肩を叩きながら名前を呼ぶと東雲は目を醒ました。
『あ、猿田さん』
『何があったの❓️』
『小野先生の原稿を読んでいるうちに身体が熱くなったり冷たくなったりして
気が遠くなって…この有様です……
もう大丈夫です。あ、鼻血が……』
『奥で少し休んでなさい。』
『小野先生ちょっと待っててくださいね』
桃子は東雲を奥の部屋に連れて行った。
(これも"和"の一文字の仕業か…)
しばらくして桃子が戻ってきた。
『東雲さん大丈夫ですか❓️』
『お騒がせしました。
もう大丈夫でしょう。
少し休ませて、後で病院に連れていきます。
では原稿を読ませてもらいますよ。』
『お願いします🙏』
桃子は原稿の枚数を数えたあと、東雲の鼻血が着いたところで二つに分けて、読み始めた。
鼻血のところで眼鏡の奥の桃子の瞳が閃いた。
『小野先生、これは危ない作品です。』
桃子が囁やくように言った。
つづく
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