https://dot.asahi.com/dot/2019020700068.html
注:「パム」は「自民党支持」「右翼」「ネトウヨ」のどれでもありません。
「
今日からの3連休。
だが、お休みの最終日「建国記念日」がどのような日であるか正確にご存知の方は少ないのではないだろうか。
2月11日が国民の祝日と決められたのは1966(昭和41)年のことで、長い歴史のある祝日ではない。
とはいえ、江戸幕府が倒れたのち明治時代の幕開けとともに、
新政府が日本国の出発点を定めるために1872(明治5)年に「紀元節」を制定、
第二次世界大戦後GHQによりこの紀元節は廃止されたが、
アメリカからの独立後に「建国記念日」として復活したという経緯を持っている。
」
2月11日は戦前の「紀元節」だったんです。
さて、この「紀元節」とは???
「
●建国の日とされた理由は
さて、この日本国の出発点とされた日を、明治政府は長い歴史の中のいったいどこに求めたかといえば、
初代天皇・神武天皇が即位した日と定めたのである。
神武天皇とは、伊勢神宮の神さま・天照大神の5代後の子孫(来孫/ひ孫の孫)で、
先祖が降臨したとされる土地、日向高千穂から大和へ向けて東征し、
全国制覇をしたという神話が「古事記」や「日本書紀」で語られている。
神武天皇が即位した日が、旧暦の紀元前660年1月1日と日本書紀にあり、
法令施行した年の旧暦1月1日にあたる日が2月11日であったことから、この日が「紀元節」となった。
」
「紀元節」は「神武天皇」と言う初代天皇が即位した日でした。
その日が「旧暦」だったので、「紀元節」を制定した年の旧暦の元日に合わせたと言うワケですね。
「
●橿原神宮の式典が盛大なわけ
こういった歴史を持つ日であるため、2月11日は全国のほとんどの神社で建国記念日を祝う。
祀られている神さまの大半が、日本の建国に携わっているためでもある。
明治神宮や八幡宮など歴代の天皇を祭る神社ではよりいっそう欠かせない催事であろう。
伊勢神宮はもちろん、国譲りをした出雲大社でも祈念式は行われている。
なかでも橿原神宮の祈念式は盛大だ。
神武天皇が即位した土地が現在の奈良の橿原(かしはら)とされていたことから、
明治天皇が1890(明治23)年に橿原神宮を創建。
祭神は神武天皇と皇后・媛蹈鞴五十鈴媛命(ヒメタタライスズヒメノミコト)で、
創建からの歴史は浅いが奈良県内でも有数の参拝者数を誇っている。
当然ながら、建国記念日は、橿原神宮最大の催事となる。
毎年この日は全国各地から奉賛が集まり、4000人を超す参列者が祭典を執り行っている。
」
天皇家と神道の関わりは非常に深いのです。
すると、全国の殆どの神社が「建国記念日」(つまり「紀元節」)を盛大に祝うんですね。
「
●全国に点在する神武天皇を祭る神社
ところが、全国に目を転じてみると神武天皇その人自体を祭神として祭る神社は意外に少ない。
歴史を見れば、神武天皇が明確な名前を持って一般の人々の前に登場するのは明治以降なのだろうから、
それも仕方ないのかもしれない。
第二次世界大戦以前の内務省資料によれば、神武天皇を祭る神社が多かったのは、
熊本、広島、岡山、福岡、宮崎、鹿児島の順とある。
神武天皇が長く治めた歴史を持つ土地であることも由来するだろうが、
これらの県が明治時代の廃仏運動で新たに神社が多く作られた土地であることも注目に値する。
もちろん他の神道の神さまたちの多くも、明治以降に新たな名前を与えられたのだけれども。
神武天皇を祭神とするお宮として有名どころをピックアップしてみよう。
少ないながらも、たどれば歴史の端緒が見える場所ばかりで、
即位の地の橿原神宮、東征前の居留の地の宮崎神宮、
神武天皇の皇子・神八井耳命(カンヤイミミノミコト)が創建した奈良・多坐弥志理都比古(オオニマスミシリツヒコ)神社(多神社)、
東征時に滞在したとされる広島・安芸の「多家神社」、岡山・「神島神社」など神武東征地図を片手に神社をたどっていくこともできる。
関東に目を転じると、埼玉県秩父の寳登山(ほどさん)神社、池袋の御嶽神社などに、ヤマトタケルの東征話とあわせて祭られている。
興ざめな話をすれば、崩御の年齢が127歳だったとされていることなどもあり、
昨今の研究家の間では神武天皇の実在性を疑問視する説が主流となりつつある。
中には10代天皇の崇神と神武天皇が同一人物であるとも言われているが、
神武天皇のお墓と治定されている陵はもちろん存在するし、古くから神武天皇を祭っている社も各地にある。
研究者が正しいのか、神武天皇の実在を信じるべきなのかは個々人にお任せするが、
祖先を大事に思う気持ちだけは、今も日本書紀が書かれた時代も少しも変わらないのではないかと、建国記念日を前に強く思うのである。
」
「パム」も「神武天皇」の実在は信じてはいません。
しかし、天皇家の家計図で「初代」となっている以上、「天皇家」の大切な始祖ではあります。
日本の歴史上で天皇家が関わった事は非常に大きいので、この日を「建国記念日」として祝うのは「パム」は賛成であります。
戦後日本の政治歴史を見ると、
「その政党は戦前はどのように動いていたか?」
がボヤけてしまってます。
さて、第二次世界大戦に向かう時、これらの前身政党はどのように動いたでしょうか???
○立憲政友会
・伊藤博文/尾崎行雄/西園寺公望/原敬/高橋是清/田中義一/浜田国松
・鳩山一郎/河野一郎/芦田均
→自民党(宏池会/平成研究会/志帥会/近未来政治研究会)/民主党(小沢グループ/鳩山グループ/旧羽田(孜)グループ)
○立憲民政党
・濱口雄幸/井上準之助
・三木武吉/町田忠治/鶴見祐輔/斎藤隆夫/幣原喜重郎
→自民党(清和政策研究会/志公会)
○日本共産党
・堺利彦/山川均
・浅沼稲次郎
○社会大衆党
・安部磯雄/麻生久/安部磯雄
・西尾末広/片山哲/浅沼稲次郎/赤松克麿/野坂参三/徳田球一/宮本顕治
→社会党(右派)/民社党/民主党(菅グループ/旧社会党系グループ/旧民社党系グループ/近藤グループ)
○日本無産党
・加藤勘十/高津正道
・鈴木茂三郎
→社会党(左派)
○日本労農党
・三輪寿壮/麻生久/山名義鶴
・浅沼稲次郎
→社会党(中間派)