http://ur0.biz/OZXz
「
最後の審判(さいごのしんぱん、Last Judgement)とは、
ゾロアスター教およびアブラハムの宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教)が共有する終末論的世界観であり、
世界の終焉後に人間が生前の行いを審判され、天国か地獄行きかを決められる
という信仰である。
」
この「最後の審判」は、
・ゾロアスター教
・ユダヤ教
・キリスト教
・イスラム教
が共有している「終末論」なんですよね。
「
ゾロアスター教
「最後の審判」という概念はキリスト教やイスラム教に特有のものではなく、それより先発のゾロアスター教に既に存在している。
ゾロアスター教の世界観では、
世界は善なる神アフラ・マズダと悪なる神アンラ・マンユ(アーリマン)]との闘争の場として考えられており、
最終的に悪が滅びた後で世界も滅び、その後、最後の審判が行なわれると考えられている。
ゾロアスター教の最後の審判は、
地上に世界の誕生以来の死者が全員復活し、
そこに天から彗星が降ってきて、
世界中のすべての鉱物が熔解し、
復活した死者たちを飲み込み、
義者は全く熱さを感じないが、
不義者は苦悶に泣き叫ぶ
ことになる。
一説には、これが三日間続き、不義者の罪も浄化されて、全員が理想世界に生まれ変わるとされる。
別の説では、この結果、悪人(不義者)は地獄で、善人(義人)は天国で永遠に過ごすことになるとされる。
」
仏教で言うトコロの「悪人正機説」と似た説と、「善人」のみ救われる説があるんですね。
世界中の人々の魂が浄化されるんですか・・・。
「
ユダヤ教
過越を参照。
http://ur0.biz/OZYc
」
「
イスラエル人は、エジプトに避難したヨセフの時代以降の長い期間の間に、奴隷として虐げられるようになっていた。
神は、当時80歳になっていたモーセを民の指導者に任命して約束の地へと向かわせようとするが、ファラオがこれを妨害しようとする。
そこで神は、エジプトに対して十の災いを臨ませる。
その十番目の災いは、人間から家畜に至るまで、エジプトの
「すべての初子を撃つ」
というものであった。
神は、戸口に印のない家にその災いを臨ませることをモーセに伝える。
つまり、この名称は、戸口に印のあった家にはその災厄が臨まなかった(過ぎ越された)ことに由来する。
」
つまり、この旧約聖書の記事が「終末論」と類似していると言う事なのでしょうか???????
「
キリスト教
キリスト教では、
世界の終わりにイエス・キリストが再臨し、あらゆる死者をよみがえらせて裁きを行い、
永遠の生命を与えられる者と地獄に墜ちる者とに分ける
という。
教父
アウグスティヌスは、
キリストが生ける者と死せるものを裁くために天から来られる最後の審判について
「最後の」、「終りの」という語を付けるのは、神が常に人を裁いておられるからだ
と教えている。
」
キリスト教だと「信じる者は救われる」世界なんですね。
「
イスラム教
詳細は「キヤマー」を参照
イスラム教においても世界の終末にアッラーフが審判をくだすとされている
」
内容を見ると、「バッドエンディング」なんですね。
「
ユニヴァーサリズム
詳細は「万人救済主義」および「新普遍救済主義」を参照
http://ur0.biz/OZYl
http://ur0.biz/OZYn
究極的には全人類が救済されるとする思想もある。
」
んで、こっちは「悪人正機説」と言う事ですか・・・・・・。
実は、「終末論」そのものは他の宗教にもあります。
○終末論
http://ur0.biz/OZYz
「
仏教
仏教における末法思想は、「この世の終わり」を意味する終末的思想と同意義と見る向きも多い。
http://ur0.biz/OZYC
大乗仏教では、釈迦仏の入滅年代(ただし諸説あり一致しない)より数えて、
正・像・末と三時に分け、その最後の時を末法の世という。
これは厳密にいえば、
「正しい法が隠れ行われなくなること」
である。
したがって、世の中の政情不安や天変地異などを含めたものを末法というものではなかった。
」
ここから、浄土宗や日蓮宗が誕生しているんですよね。
「
ヒンドゥー教
インド亜大陸を中心に信仰されるヒンドゥー教は、固有の宗教観で知られる。
ヒンドゥーの三大神の一柱であるシヴァ神は、破壊と再生の神とされ、徹底した破壊をその役どころとしている。
破壊が激しいほど、その後にやってくる再生はより大きな可能性を秘めているとのヒンドゥー独特の宗教観がシヴァ神の役どころと言える。
また、シヴァと並ぶ三大神の一柱に位置づけられ、もっとも信仰を集めているヴィシュヌ神にも終末を担う役割がある。
ヒンドゥーの教えではユガ(yuga)と呼ばれる思想がある。
この世界は生成と終末を繰り返すとの思想である。
各説あるが「マヌ法典」によれば、ユガは四期に分かれている。
(第一期クリタユガ、第二期トレーターユガ、第三期ドヴァーユガ、第四期カリユガ)
この教えによれば、現在こそ、もっとも教えが衰えるカリユガの末期であり。
ヴェシュヌ神の化身カルキが白馬に乗る騎士の姿で現れ、この世界を破壊から再生させるとされる。
ヒンドゥー教だと世界は「破壊と再生」の繰り返しなんですね。
「
百王説
中国の南北朝時代の僧・宝誌の手によるとされる「野馬台詩」が、
日本では皇室の未来を予言したものだという説が中世にかけて流布し、「百王説」が論じられた。
これは『古事記』上巻序いかなる王朝も100代までで滅びるという解釈がされる記述があり、
すでに鎌倉時代初期には『愚管抄』などでも取り上げられている。
ただし、「百王」の意味は百代ではなく「数多き王」を意味するという解釈も存在した。
その後の南北朝時代、皇統は神武以来100代に達するとう理解から、
折からの政情不安と末法思想が相まって、北畠親房が言及するなど大いに論じられた。
また、室町幕府将軍の足利義満も百王説に関心を示していたという。
歴代天皇の数え方については諸説があるが、南朝を正統とする数え方では南北朝合一後の後小松天皇が百代となり、
中世にはこれとは別に北朝の後円融天皇を百代とする理解が存在した。
」」
これは。「外れた予言」ですね。
「
元・会・運・世の説
元・会・運・世は儒学における世界(時間)のサイクルで、
「1元(12万9600年)経つと天地の寿が終わり、再び1元が始まる」
とするもの。
1元は12会で、1会は1万800年。
11会の時期に
「万物(人)皆絶える(絶滅する)」
とされる。
この説では万物=人が生まれたのは3会の時期(天が始まってから3万2400年の前後)である。
11世紀で7会に当たり、4会経ったら人が絶滅し、5会経つと天地が終わるということになる。
この世界観では何度も終末を繰り返しているということになるが、同時に終わりでもない。
」
儒教にも終末論があるとは初めてしりました。
こちらも「破壊と再生」のサイクルなんですね。
世界の最後の日は来るのでしょうか?
「
L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois
Du ciel viendra un grand Roi deffraieur
Resusciter le grand Roi d'Angolmois.
Avant apres Mars regner par bon heur.
」
「
1999年、7か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
アンゴルモワの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく支配するために。
」