不安や、過去の嫌な想いを引きずって辛さを感じているあなたへ
今日のエピソード
「“いま”を生きる」
正岡子規は、江戸時代末期に四国の松山で生まれました。
俳句の世界に大きく貢献し、近代文学に多大な影響を及ぼしました。
子規の句では「柿食へば 鐘がなるなり 法隆寺」というものが有名ですね!
(法隆寺の門前の茶店で休んで柿を食べていたこところ、寺から鐘の音が響いてきた。あたりの静けさとあいまって、秋ののどかさが感じられる)という意味です。
なんだか、のほほーんとしていて、温かみのある句ですが、
これを身体に激痛を感じている人間が書いているなんて信じられますか!?
子規は若くして脊椎カリエスという難病を患いました。
この病気は脊椎に結核菌が感染し、大変な痛みを伴います。
しかも、当時、結核は不治の病でした。
不治の病にかかり、しかも身体は痛くてしかたがない・・・
なぜこのような状況でも子規は温かみのある句を詠み、俳句の発展に邁進できたのでしょうか?
それ理由は・・・子規の「死生観」にあります。
子規が生まれて間もなく明治維新が起こり、封建制度が廃止されました。
子規は武士家柄であり、自身は武士であるということに誇りを持っていました。
幼い頃より、武士道に憧れ、武士道における「覚悟」とは何かを幼い頃から自問自答してきたそうです。
その子規がある日、結論を出します。
それは「武士道における覚悟とは、いついかなる時でも平然と死ねることだ」というものです。
ですが、脊椎カリエスにかかり、その苦しみが子規に襲いかかってきたとき、本当の「覚悟」が自分の思っていたものと真逆であることに気づきました。
「本当の覚悟は、いついかなる時でも平然と死ぬことではない。どんなに痛くても、どんなに苦しくても、“いま”という一瞬一瞬は生かされているのだから、その生かされている“いま”を、平然と生きることこそが本当の覚悟だ。」と気づいたのです。
それから子規は、病人とは思えないほどの明るさや気丈さをもって、精力的に文筆活動をしたのです。
痛くて辛くて苦しくて、そんな状況でも、“いま”を生きることで道は開けるのだと、子規は教えてくれています。
それでも、どうしても過ぎたことを悔やんだり、将来の不安が頭から離れないこともあると思います。
そんなときは、まず、その悔やんだり不安に思っていることを否定するのではなく、認めてあげてください。その感情もあなたの大切な一部なのですから。
心理学では、「他人と過去は変えられない。変えられるのは自分と未来だけ」という言葉があります。
過去はどうやっても変えることはできません。
未来は子規のように、“いま”を大切にしていれば、素敵なものにしていくこともできるのです。
この話が辛さを感じているあなたのお役に立てれば幸いです。