今日は仕事が休みだったけど1日気持ちが落ち込んでいた。

ずっと涙が出る。                                                           

                                                         

父の運転で買い物に少し遠出をした。息子の行っていた大学の前を通った時、駅から大学へと続く道・・・学生たちの中に息子の姿を捜していた。ふっと息子がこちらに向かって歩いて来るんじゃないかと、息子の姿が見えるような気がした。涙が止まらない。車の窓から空を見上げ、「どこにいるの?」と心の中で話しかける。今日はダメだ。空を見ても海を見ても、何を見ても息子のことばかり考えている。ずっと涙が出て胸が苦しくて、何もする気にならない。いつまで続くの?きっと生きているかぎり・・・・

次男の命日の前夜、仕事から帰った長男がめずらしくお酒を飲み、2人で次男の思い出を話していた時、ふいに長男が泣き出し「これから先、俺に100%の幸せなんて無い」「時々、生きてて何になると思う」「俺やった方がよかった」と言った。表面的には普通にしてはいたけれど、長男の心の苦しみや悲しみはわかっていたつもりではある。前にも仕事中にも1人になった時に泣いてると言っていたことはあった。


みんな同じなんだよね。1年経って苦しみや悲しみが癒されたなんてことは無く、時間が経つ毎に悲しみが増すっていうこともあるし・・・                        忘れるわけない次男の声やしぐさ、癖・・・・でもやはりずっと会えないと記憶って薄れてくるのかな?そうだとしたら悲しい・・                               確かに夫と私には今は将来の希望とか、正直言って無くなってしまった。ただ、長男のことを思う時すごく切なくて・・・長男には「○○はこれから結婚して、子供が生まれて、家族を作って・・守って行くべきものができるんよ」と話した。長男には幸せになってもらいたいと心から願っているが、長男はきっと弟が短い人生を終えてしまった今、自分が幸せになることにためらいのようなものがあるんだろう。こんなつらい人生になってしまい、早く次男のところへ行きたいと夫と競争のように話したりするが、この長男の幸せを見届けるまでは次男のところへ行くことは神様は許されないだろうと思う。長男は将来男の子が出来たら、次男の名前の一字を取って命名すると言い、優しかった弟に姿も性格もそっくりな息子が欲しいとも言っていた。もしかしたら、その願いが叶うことで自分にも希望の光が見え、母である私にも生きる希望を持ってもらえるのではないかと考えているのかもしれない。

息子が旅立って1年が過ぎた。

1年前の今頃は帰りたかった家にやっと帰って来て自分のベッドに寝かせてあげた。夫と私は数日間ほとんど眠っていなかったが、葬儀屋さんと打ち合わせをしていた。2人とも眠っていないのと、悲しみでぼうっとしていた。悲しみに沈んでいるにもかかわらず、こんな話をして色々決めなくてはいけないなんて・・・

それも22才の我が子の・・・・


今日は息子が天国へと旅立った時間には夫と長男と3人で静かに過ごした。3人がそれぞれ去年の今頃は・・・と思い出していた。


息子の携帯に私の妹から息子宛にメッセージが届いた。「皆、頑張ってるから高い高いところから見守っていてね」と。


あの日から1年が過ぎ、また時間は過ぎて行く・・・・

22才のままの息子を残して・・・・・