今日(また日付が変わっちゃった)夫と映画


『ALWAYS 三丁目の夕日 '64』を見て来た。


3Dの方。


今日はその地区は「レディースDAY]で女性は1000円。


しかし・・しかし・・・私たちはどちらかが50才を


超えていると夫婦で2000円になる。


(実はどちらも超えているので全く問題無し)


3Dなので+1人300円。それに3Dめがねが+100円


なのだが、2人とも眼鏡なので眼鏡にクリップで付ける


ようなのにしたから+300円。


合計2人で3200円。




18時10分からのせいか、「レディースDAY]にも


かかわらず、ガラガラ状態。


お陰で自分たちの前には誰もおらず、


2人の間の座席に荷物を置き


真ん中でゆったりと見ることが出来た。


1作目2作目は家のTVで見たし、


夫はそれも完全には見ていなかったが


途中、睡眠不足の夫が眠っていないか


気になって様子を伺うと


何だか鼻をすすり上げている感じ・・・


泣いている??


どうも途中何度もそういう様子・・・


まあ私もかなり泣いていたが・・・


時代背景が夫7才、私5才の頃で


何だか懐かしい、郷愁のようなものが


あったので感情移入もあったかもしれないが・・


東京オリンピックの年・・夫は記憶があると


言っていたが、私には記憶がない。


2才違うとかなり記憶も


違ってくるものだなぁ。



あの頃は今のように豊かではなかったけれど


人情もあったし、頑張れば報われていた


気がするが、今は頑張っても頑張っても


報われない時があるような気が


するねと夫と話した。頭の固い私は


「嫁入り前の娘」という言葉さえ


懐かしく感じた。今や死語ですね。




1作目の最後のシーンを見て


拓也、ぼろぼろ泣いてたなぁ。


「いいなぁ。お母さんの子供の頃の


時代に行きたいなぁ」なんて事も


言ってたっけ。


夫とも話すのだけれど拓也は


ぎりぎり確かに昭和の子だけれど


本当に私たちの子供の頃に生きていても


違和感のない子だったように思う。


今日はいっぱい泣いたけれど


悲しい涙ではなく心が暖かくなる


涙だった。


今日はパート先の研修だった。


講師を招いて「モチベーション向上」についての研修。


パートにこういう研修を行うのは良い会社なの?


20人程度が集まった。


同じ時に入った他3人と後数人以外は話した事の


ない人ばかり。席やグループを変えながら


ゲーム形式やグループでの話し合いなどなど・・・


話したことのない人と隣になったりグループに


なれば既婚の中年女性ばかりだし、


「お子さんは?」とか聞かれる。


「息子が2人です」とそれだけ言えば


簡単なようだけれども、そうすると会話は


「年はいくつ?」「学生?社会人?」「どんな仕事?」


と話は広がって行く。嘘を言い続けるのも


しんどいし、よそから聞いたら「嘘つき」と


なるので正直に話している。


普通の顔でね。


研修中は結構、普通に出来たし終わってから


数人でお茶をしている時も


普通に明るく話していたんだけれど・・・・・



どうも家に帰って来てから、鬱状態・・・


ずいぶん疲れたなぁ~という感じ・・・


何がどうという事は自分でもわからない・・


今の自分に「モチベーション向上」は


ちょっと、しんどいのかも・・・・・


帰ってから、また逆戻り・・・


「何で生きてるんだろう・・生きる意味って・・・


私の人生って・・なんの意味があるんだろう・・」


頭の中でグルグル回って気分が上昇しない。




今夜眠って明日になれば少しは元気出るかな?


関西地方以外にも「えべっさん」てあるのかな?


「えべっさん」と言えばニュースでもお馴染みの


西宮恵比寿神社が有名だけど、ちょっと遠いので


今まで通り兵庫柳原の「えべっさん」に行って来た。


夫と二人、7年ぶりだ。


長男は思春期に入るとなかなか親と一緒に


行動してくれなくなっていたので、次男の拓也と


夫と3人で毎年のように行っていた。


お参りが目的ではなく夜店が目当てだった。


それが、2005年に発病してからは行くことも


なくなった。最初の移植を乗り越えてからも


寒い時期だし人ごみでインフルエンザに感染


することも怖かったし、夜店で売っている物は


怖くて食べさせられなかったから。




1週間ほど前、夫が「『えべっさん』行こうか」と


言った。「行って、つぼ焼き食べよう」と。


拓也と3人で行っていた頃、いつも拓也と私が、


つぼ焼きを食べ、夫は店の外で焼きそばなんかを


食べながら、2人の楽しそうな様子を見ていたと


言い、「今年は俺が付き合うよ。拓也と3人で


行こう」と言った。


7年ぶりに行っても拓也と3人で来ていた事が


昨日のことのように思える。


今ここに拓也がいない事が、何だか不思議で


「親ばなれしちゃって、付き合ってくれなくなったなぁ」


と思ってもおかしくないような・・・実際そうならどんなに


いいか・・・


夫とふたり、いつも食べていた店に入って


つぼ焼きを食べながら、ふたりで「拓也、


来てるよね。今ここに来てるよね」


「うん、絶対来てるよ」と話した。


歩きながら夫に「年が明けてから、何だか最初の


頃に逆戻りしたみたいで泣けて泣けてダメなんよ」


と言うと「そんなもんやって。日が経って来たから


グラフが右肩上がりになるみたいに悲しみが回復


するもんでもないよ。少し上がったと思ったら


また、ドーンと落ち込んだりもするさ」と


言った。それからふたりで居酒屋に入って


夫は運転するのでウーロン茶。私はお言葉に


甘えて、お酒飲ませていただいた。


少し酔って、また泣いてしまった。





拓也の思い出でまたひとつ。


拓也が小学校入学を控えていた時、


夫の母から夫が使っていた机を持って帰って


使わないかという話があった。


長男は入学の時に私の両親に今風の机を


買ってもらっていたので、それを拓也にゆずり、


長男が夫の机を使ってはどうかという事だった。


長男に聞くと「嫌だ」という返事。


やっぱり拓也だって新しい、アニメキャラクターとか


ついてる机が欲しいんだろうなぁと思い、


拓也に聞くと「うん、いいよ」と答えた。


で、拓也が30年位前の夫の机を使うことに


なった。


知り合いの人が車で運んでくれた時も


がっかりした様子も見せず喜んでいた


今となってはどうだったのだろうという


気持ちもある。もしかして親に負担をかけないように


お父さんのお古で我慢したのかな?


すべてにおいて、そういう子だったから、


もっとわがまま言わせてあげたかったと


思ってしまう。