14日未明はふたご座流星群を見た。
家のベランダで夫と2人、椅子を並べて
星空を眺めたのだけれど、2人とも
感動してしまった。40個くらいは見た。
2つ続けて流れたのには本当に感動。
そして14日夕方からは市民クリスマスの
キャロリングに2人で参加。
私は3回目だけれど夫は今回初めて。
今年のメイン会場の教会までの間、
何ヶ所かで讃美歌(聖歌)を歌う。
そしてメイン会場の教会で温かい
飲物や手作りのケーキやお菓子を
頂いて、クリスマス礼拝。
所謂、日本のお祭りのようなクリスマスでは
無く、静かに世界の平和や困難に苦しむ
人々のことを覚え、祈りを捧げる。
拓也が天に召された時、悲しみ苦しみの
中で、長男のためにも生きて行かなければと
思い、また、年老いた両親を置いては死ねない
とも思った。2人姉妹の長女の私は
両親を見送るまでは生きていなければ
ならないのだと思った。
でも、それだけではなかった。
教会へ行くようになったのは
拓也の病状が悪くなりICUに入ってから
だけど、拓也が召されてからの日々、
教会の方たちは本当に優しく気遣って
下さっている。先日もいつも気遣って下さる
70代の方(女性)とお話していて
私が「拓也が召されて、皆さんと
お会いしていなかったら、私は
心が弱くなってしまっていたので
どうなっていたか・・」と言うと
その方の目はみるみる潤んで来て
私の手を握り、涙声になってしまった。
まるで自分のことのように思って下さって
本当に感謝している。
あの辛く悲しい日から、身内の言動にさえ
ずいぶんと傷つき悲しい思いをして来た中で
昨日今日知り合ったばかりの私に
身内でもないのに身内以上に
優しい心遣いをしてくださる方が
いるのだから生きなければならないと
思った。ブログで知り合った方たちも
名前も顔も知らないけれど
お互いを思い合える。
会ったこともないのに
支え合える。
だから私は生きていかなければ
ならないのだ・・と思った。
毎日、ご飯も食べて、テレビも見て
仕事にも行っているけれど
時々、やっぱり拓也の姿が
見えないし抱きしめることも
出来ない・・声も聞けないことが
とても辛くて挫けそうになる日も
結構あるけど、そんな方々に支えられて
私は生きて行く。