天窓から差し込む月明かりに照らされた蒼白い横顔は、まるで天上人のようで浮世離れしていた。

ほんの一瞬時が止まる。

不用意過ぎた俺の視線を彼女は見逃してはくれなかった。


「ん、視線を感じると思ったら....」

目を逸らす隙を逸した俺は、真正面から彼女の視線と対峙する事になった。

「心なしか、頬がお赤いようですが、コロナにでも罹ってしまわれたのかしら....」

そう言うとなんの躊躇も見せずに真っ直ぐにコツコツと歩み寄ってきた。

目の前に立つと、パーソナルスペースどこ吹<風で顔を近づけてくる。


コツン..

軽く額がぶつかるともう瞳はそらせない。

いわゆるゼロ距離である。

澄み切った瞳であった。

世界はこの瞳を讃えるだろう。

しかし賞賛しつつも世界はこの瞳が澄み切り続けることを許さないのだ。

むしろほんの少しくらい濁った方が良いとばかりに、あの手この手で誘惑してくるのだ。


この瞳もいずれは濁りゆくのであろうか…

ふとこの澄み切った瞳が汚される事を想像した時、言い知れない嫌悪感が沸き上がってきた。

この瞳を守りたい。そう願い、小さく誓いすら立てた。

それが世界の摂理に反する事であったとしたら?

考えるまでもなかった。


続編く 続編かない理由がない


「さてととりあえず憲法14条については横に置いておいて、別の話題に移ろうか」
「今今、!今すぐ決めちゃいましょう!明日から施行よ!」
「まあまあ、一応日本は議会制民主主義だから選挙で投票して決めようぜ。民意は必ず君の見方をするだろう」
いきり立ち始めたお嬢様をなだめようとした。
「だ・だ・だ大統領になったらね、まずは渋谷でショッピングする~の♪好きなコーデで固めて、ソフトクリーム舐めながらぶ~らつ~くの~♪」

半笑いで聞いてた増税眼鏡氏もたまらず割って入る。
「申し訳ありませんが、今すぐにというわけにはいかないので現在開催中の通常国会の議題にしてはいかがでしょうか?もちろん専門家の意見も伺いながら慎重かつ適切に...」
「待てない、口だけ、いけしゃあしゃあ!国民投票なんてどうかしら~♪」
「それもらった!」
「でしょっ♪」
日本は大統領制ではないと突っ込むのを躊躇させたのは、ポップな曲調の割には彼女の歌っている表情に真剣味を感じたからだ。

「確実に節約にもなるぜ。国会の一日の運営費は約3億円という話がある。会期は150日。単純計算で450億円。もちろん費用は血税だ」
「しかし君、国民投票と言っても国民が投票場へ投票に向かう時間や、会場の設営費等々、確実に節約できるという数値的根拠はあるのかね?」
「流石昭和生まれ...」
とは言っても人の事は言えず、スマホのフリック入力をマスターするのに1年近くかかったことは内緒にしておいた。
「国民投票アプリなんて作ったらどうだ?誰もが暇な時間に1分程度で済ませられるぜ。少なくとも450億円未満に抑えられることは疑いようもないんじゃないか?」
「スマホネイティブ世代の私なんかは2秒かからないわよ」
お嬢さんをチラ見したあと一瞬税眼鏡氏と目を合わせたが、ともにコーヒーに手を伸ばし一口口に含んだ。
コーヒーには様々なポシティブな効果があるということを再認識した。

「簡単でないことは認めるぜ。伝統もあるしな。憲法や法律の発案等をする人間も必要だしな。それでも確実なコスト削減は可能なはずだ」
増税眼鏡氏は、腕を組み眉根を寄せ何事か思案している様子であった。
その表情を見つめながら俺は、ふと考えた。
国会議員の存在価値とは何だろう。
国民に投票され、国民の代表者として議会に立つ存在が国会議員である。

国会は立法の場所だ。
立法とは法律の制定や廃止をするという意味である。
であるならば、国会議員は法律や、憲法の専門家である必要はないか?
国会議員が全員、法学部卒の専門家でないことは言うまでもない。
昨今AIの発達により、無くなる職業一覧なるものを良く見かけるが国会議員もそのリスト入りするのではないだろうか。
どこかで政治の世界は金融資本家の代理戦争であると聞いたことがある。
政治家が話す言葉が、少数の金融資本家の言葉であるならば政治家は資本家が書いた脚本を演ずる役者に過ぎない。

「まあ、まあ。私も今は例の問題で厳しい立場であってだな。苦労しているのだよ」
「よく言うぜ!おっとここで一句」

”特捜部 やってる感を 見せるため 死人に鞭打つ 元安倍総理”

「君。そんなことはないぞ。今回は検事も閣僚にまで牙を剥いてきたからな。自民党自体が揺らいでおるのだよ」

”特捜部 やっぱり忖度 残念だ 与党幹部は 不起訴処分”

「あんまりいじめないでくれ。野党からも猛抗議を受けていてだな」

”かの党は やってる感を 見せるため 通るはずなき 不信任案”

「とにかく、国民からしたらもはや身内でじゃれあってるとしか見えないんだよ。三権分立なんて完全に形骸化しているという事を今回の件では暴露してしまったな。民主主義の基本的理念。人民の人民による人民のための政治、ちゃんちゃらおかしいぜ」

ほとんど一息で言い終わると、息切れがしてきた。
「まあまあ、落ち着きなさい。暑苦しいわよ」
見ると、いつの間にか用意した茶器で、伏し目がちに茶をたてていた。
場にいる別の人が興奮すると、別のものは逆に冷静になるというが国民投票にノリノリだった彼女が今は一番落ち着いている。

しばしのティータイムである。
和らいだ黄緑色の抹茶を飲むと、気分を落ち着かせてくれる。
3人は飲み終わると、丁寧にお辞儀をした。
「結構なお手前で」
そういうとお嬢様は微笑みを浮かべて丁寧なお辞儀を返してきた。
初めて見せる表情であった。

つづく
令和6年の元旦。
能登半島を最大震度7の大地震が襲った。
地震の一報を知った我々は、年明け早々の厄災に驚愕してただただ茫然とする以外になかった。
増税眼鏡氏は非常災害対策本部会議のため、席を外しいまだ戻ってきていない。
俺もお嬢様も言葉少なに、それぞれ手持無沙汰のまま増税眼鏡氏の戻るのを待っていた。

どれほど時間が過ぎただろうか。
木製のドアがゆっくりと開き、増税眼鏡氏が戻ってきた。
ドアが開いた時には、外からの騒がしい気配は消えていた。
彼はソファーに深く腰を掛けると深いため息をついた。
表情には疲労が色濃く出ている。

「お疲れみたいね。シベット・コーヒーカペ・アラミドを淹れて上げるわ」
コーヒーの香りや、含有されているカフェインには疲労回復や、ストレスの軽減の効果があるということだ。
「それはありがたい。ラージサイズでお願いいたしたい」
「食事も取った方がいいわよ。腹が減っては戦はできぬと言うわよね」
テーブルの上は一新されており、大みそかに用意されたお節料理が並べられているが、ほとんど手付かずのままになっている。
彼は手刀を切って、数の子に手を伸ばした。
俺はずいぶん遅れた年越しそばで腹を満たすことにした。

「この後の議論に対して忖度はしないが、震災対応お疲れ様」
増税眼鏡氏に塩を送るつもりは毛頭ないが、命のかかる土壇場で人が人を救おうとする行為については、人種や主義主張の相違に関わらず共通であると信じているからこそ自然と発せられた言葉だった。
「ありがとう。こちらこそ待たせて申し訳ない」
「気にすることはない。待つことはそんなに嫌いじゃないからな。それはそうとこの蕎麦旨いな~」
調理から1週間以上経っているにも関わらず、麺はまるで今茹で上がったばかりのような食感だった。
「隠し味として私の愛情たっぷり入れたから。私の愛情は賞味期限を約1年間延ばすのよ」

愛情はともかく、10割であろう蕎麦を平らげ、蕎麦湯までお代わりした。
増税眼鏡氏も空腹だったらしく、数の子に続いて伊達巻や、焼き物、伊勢海老を平らげた。今は食後の栗きんとんを頬張っているところだ。
お嬢様は、筑前煮と昆布巻きを食べただけで早くも食後の栗きんとんに取り掛かっている。
「お嬢さん、もっと食えよ。あんたちょいとスリムすぎなんじゃねぇか?」
「食後のアイスも食べたいから、セーブしてるのよ」
そう言うと金粉が振りかけられたアイスを出してきた。
白夜という珍しいアイスらしい。
「一口いかが?」
増税眼鏡氏も俺も辞退した。
男に別腹という器官は存在しないのだ。

「憲法14条全ての国民は、法の下に平等であって人種、信条、社会的身分において差別されない!」
腹ごしらえを終えた俺は、高らかに宣言した。
しかしながら俺と増税眼鏡氏は目を合わせ苦笑いした。
この憲法がもはや形式上のものであって、現実とは完全に乖離しているという事実は小学生くらいで気付かされるだろう。

「まあ、理想と現実の違いを知ることも大人になるために必要なステップなのかもな」
半ばあきらめ顔で呟いた俺に、増税眼鏡氏も苦々しい顔を浮かべて小さく頷いた。
「そんな事私が許さないわよ!」
男二人が哀愁の面持ちを浮かべ、同調し始めていた雰囲気を一変させるようにお嬢様がしっかりと通る声で力強く言った。
「あなたたちは一体いつからそんな意気地なしになったのよ。大人になることが妥協することなら私は一生子どものままでいたいし、それに未来を担う子どもたちに私たちは嘘を付き続けるというの?」
白夜を食べるのも中止して、お嬢様は熱く語った。
「私は日本に住む人には例外なく憲法14条の適用を求めるわ!」

俺はお嬢様の気迫のこもった声に、右頬をしたたかぶたれた気がした。
お嬢様の言う通りであった。
考えてみると我々の多くは、年齢を重ねるごとに恐らく何かを一つ一つ確実に諦めてきただろう。
スーパーマンになりたかった子もいれば、漫画家になりたかった子もいる。
スポーツ選手、医師、研究者、ゲームクリエイター等々数えきれない。
小学生の時にこんな大人になりたいと夢見ていた人物に一体どれほどの者がなれたのだろう。
これらは理想と現実の剥離を認め諦める事と同義である。
自国の憲法くらい、胸を張って未来の担い手に語りたいではないか。

「ありがとう。俺は大事な事を忘れていたようだ。そろそろ忖度はなしといこうじゃないか」
そういうと正面から増税眼鏡氏の顔を見据えた。

つづく
イメージとは。
心に思い浮かべる像や情景。ある物事についていだく全体的な感じ。
現在の共産主義国家は、ロシア(旧ソ連)、中国、北朝鮮などである。
では我々日本人が抱く共産主義国家のイメージとはどういうものだろう?

一言でいえば良くない。
いや、最悪だといっても過言ではないだろう。
共産主義だと人々が怠けてしまう、独裁的で、非民主主義的といったステレオタイプ的なイメージだ。。
ではこのイメージとはどこでどうやって我々の心に植え付けられたのか。

日本での最初の義務教育機関の小学校。
そこで使われる教科書は文部科学省の学習指導要領に沿って作成されている。
つまり国家選定のものである。

テレビや新聞等のメディアが守るべき、報道の三原則
1.報道事実を曲げずに描写すること。
2.報道するものの意見を含まないこと。
3.意見が分かれる事柄は、一方の意見に偏らず報道すること。
以上の事項は本当に厳守されているのか?

戦前の政府が掲げた敵国の米英は鬼畜だというプロパガンダ。
現代の教育やメディアは本当に、真実を元に国民に情報を伝えているのか?
日本国家の主義が資本主義であるため、それに反する主義に対するイメージを国民に意図的に植え付けようとはしていないか?

インターネット時代になり、我々は様々な情報にアクセスできるようになった。
インターネットは偽の情報も多いが、世に出ない真実も閲覧できるため、歴史とは改ざんされているということは人々も気付き始めている。
各国の教科書の内容が多種多様なのが何よりの証拠である。

数学や、理科等の誰の目にも答えが明らかなものについては改ざんする余地がないが、残念ながら歴史やメディアについては、そのまま受け止めてはいけないという事実はもはや疑いようがないのである。

「どうしたのかね、対談中に上の空の様子だが」
「許してあげてね文ちゃん。この人の性癖なのよ。コーヒーお代わりいかが?スマトラ産コピルアクが沸いたわよ」
つい物思いにふけってしまったようだ。
「悪い悪い、これは詫びの気持ちだ。粗品だが受け取ってくれ」
そう言って、二人にあるものを投げ渡した。

「お、これはネクタイピンじゃないかね。ちょうど新しいものを買おうか考慮していたんだよ。ほう白のゼラニウムかね。桜の花びらに似ていて美しいね」
そういうと早速着けてくれた。
「形状記憶合金でできている。春には別の花に変わるかもな」
「わぁ~私のは大文字草のヘアピン。私みたいに可愛い~」
「実はチョコレート製でできていて食えるぞ。ただし、カカオ100パーセントだから食うのは大人になってからな」
お嬢様はもう大人だもん、とぼやきつつも喜んでくれているようで何よりだった。

「さあ、コーヒーブレイクは終了だ。本題に入ろうか。あ、お嬢さん俺にもコペルニクスよろしく!」

継続く
薄暗い部屋の真ん中に会議室に置いてありそうな長方形の茶色いテーブルが鎮座していた。
このテーブルには不釣り合いな一匹丸ごとのローストチキンとクリスマスケーキが載っている。
ローストチキンは焼きたてらしく湯気が立っていた。
ケーキはクリスマスツリーをイメージした装飾がなされており、みずみずしいイチゴが所狭しと並べられている。
テーブルを挟んで二人掛けの本革のソファーがそれぞれ一つ置かれている。
片方のお誕生日席にはリクライニングチェアーが一つ。
ライトブルーとピンクに近い薄い赤が交じり合ったアイスクリームのような色合いで、よく見るとリモコンのスイッチのようなものが取り付けてある。

片方のソファーには増税眼鏡氏が深く腰を下ろし、手を組んでいる。
俺はもう片方のソファーに浅く腰をかけ、膝に手を置いた。
お誕生日席は当然のように、お嬢様が腰をかけている。
ロイヤルミルクティーを片手に、ファッション雑誌のようなものを読んでいるようだ。
なぜこの状況に至ったかにあたっては少し時間を戻さねばなるまい。

各国の重鎮たちが、全員子どもになり全面戦争は避けられたかのように見られた。
しかし猪木の、‘闘争の先にのみ真の相互理解がある‘という呼びかけにより東西入り乱れての殴り合いが始まったのである。
もちろんルールはある。
客観的に見て完全に決着が付いたと見なされる状況、もしくは一方がギブアップを宣言した場合に闘争は決着とされる。
言うまでもなく武器の使用は発覚次第即失格負けである。
そして決着後は勝者と敗者はお互いに敬意をもって握手をするということも義務づけられた。
ゴングが鳴らされた後は一斉に殴り合いが始まったため、とても話しどころではなくなり、増税眼鏡氏の提案で、密室を設けることにしたのである。
俺はその提案に全面的に同意し、お嬢様に個室を設けてもらうことになった。

そこで用意されたのが完全防音式のガーデンハウス風の小さな空間である。
外壁は白を基調としたヨーロッパ風、内部は茶色の無垢材で構成されておりほのかな木の香りが漂っている。
「さ、どうぞ」
ファッション雑誌に目を落としたままお嬢様が厳かに会議の開幕を宣言した。
「よし結論から話そう。全ての財産を一括して一旦国庫に集約し、再分配しよう。そうすることにより一億総中流化社会が復活する」
自信をもって言ったつもりだったが、増税眼鏡氏は呆れたように薄笑いを浮かべているだけだ。

確かに相手に何かを提案する場合には具体的な数字が必要なのだろう。
「令和3年末における国家総資産は1京2445兆円。それを人口1憶人で割ると、1億2445万円だ。日本もまだまだ金持ちだな。格差問題も老後資金問題もダブルで解決する一石二鳥の名案とは思わないか」
「あなたの提案は不公平よ」
声の方を見ると、お嬢様が話にならないといった様子で、チッチッチと人差し指を左右に振っていた。
「どこが不公平なんだよ!」
「あなたの提案はとんでもなく近視眼的よ」
ファッション雑誌を膝に置きさらに続ける。
「大体財産の再分配を一回行っても、そもそもの収入が違うのだからあっという間に元に戻ってしまうわ。それなら収入自体を逆転させちゃえばいいんじゃない?孫ちゃん達と、最も収入が低い業種の人たちの収入と交換すればいいじゃん。私も派遣OLとかやってみたいし~」

俺は彼女の突飛な発想に一瞬驚いたものの、次の瞬間には笑いが込み上げてきた。
「面白い!再分配もいいが、収入の逆転やろうぜ!人手不足のバスやタクシーの運ちゃん。介護の担い手不足も一気に解決するぜ!一石無限鳥じゃねえか。どうですか増税眼鏡さん。お嬢さん、派遣OLはいいがお局さんには気をつけろよ!」
「やだ~私可愛すぎて絶対目を付けられちゃうじゃ~ん。こわ~い」
「い、いや、しかしそれは国のそもそもの主義の問題で、君たちの主張は民主主義的な選挙によって国民が否定しているのであってな。それは我々が勝手に変えることはできないのだよ。君も1国民として共産党にでも投票すればどうかね」
増税眼鏡氏は苦笑いしながら、コーヒーに手を伸ばした。

しかし増税眼鏡氏の言はまったくもって正論である。
現に日本共産党の議席は政治を動かすには程遠い。
「じゃあさ、イメージ戦略ってどうかしら?BTSや乃木坂48を候補者として擁立するのよ。え、私?そんなあ、人前で演説するなんて苦手だしぃ~それに赤は好きだけど、色んな色の可愛い服着たいじゃ~ん?ピンクでもいい?」
「服の色は自由だと思うが・・・」
まんざらでもなさそうなお嬢様の出馬は横に置いといて、流石に候補者を若者に人気のアイドルで固めるのは現実的ではないだろう。
政治とは顔ではないことだけは、教養のない俺でも理解できている。
別に日本共産党とは縁もゆかりもなく、そもそもの理念すら完全に理解していないのだが、政治に裏切られ続けている国民の多くがなぜ、自民党や、その他ほとんど変わり映えのしない党に投票し続けるのだろうか。
考えを巡らせていると先ほどのお嬢様のイメージという言葉が蘇ってきた。

続編く 続編けられるのか
気付くと沢山のご馳走で満腹になり、疲れ果てた少年少女達は、お嬢様の不思議な能力により、さらに巨大化したお姫様ベッドで雑魚寝していた、
 
すでに東の空はうっすらと明るみ始めていた。
起きて薄目を開けて日の出の方角を見ていた俺は、朝焼けを背に数人ほどの大人たちが歩いてきているのが目に入った。
全員仕立ての良い背広を着用している。
その内の一人は涼しい目をした、老紳士風。
しかし、驚くべきことに右手には銃が握られていた。
俺の視線に気づいた彼はにっこりと笑顔を浮かべた。
「この銃かい?これはAK-74M。我が国が世界に誇る高性能な銃だよ」
するとその隣にいた、長身で肩幅のある男も手に持った銃を差し出してきた。
改めて見渡してみると、ピシっとしたスーツには似つかわしくない銃を全員が所持しているのである。
「これは95式自動歩槍。作動メカニズムは現代一般的に利用されている、ショートストロークピストル式。ロータリングボルト方式を採用しているんだ。ハンドル上部には各種スコープ、ナイトスコープも装着可能で夜間の戦闘にも対応可能だ。そしてハンドガードの下にはグレネードランチャーを装備することができる。バリエーションも豊富で通常式を短くしたQBZ95B。ショットガンの発射可能な。。。」
 
「今北産業!!」
声の方に振り返るとお嬢さんが不機嫌そうな顔で頬を膨らましている。
「折角いい夢を見ていたのに、ほんっとうるさいわねえ。まだ日も出ていないじゃない。しかも、私のベッドで勝手に寝ているガキどもと同じつまらない話ばっかり。とにかく銃をしまいなさい」
つまらない話をするガキどもという言いぐさにはむっとしたが、この日本で銃を隠すこともなく堂々と所持していることに対しての非難には同意する。
 
すでに目を覚ませていた子ども警官と、警視総監殿は目を輝かせて銃の詳細を聞きたがっている様子であったが、お嬢さんの剣幕に押され何も言えないでいた。
「失礼、失礼お嬢さんや子どもたちに銃を見せるのはこの国ではあまりよくない行為みたいだね」
かなり太った体型で、のっそりと前に出てきた人物は申し訳なさそうに言った。
他のメンバーに比べて1~2周りは若そうである。
ベイビーフェイスというのも若見えを加速させているのだろう。。
「あんたもうちょっと痩せなさい!肥満は健康にも良くないし、何より女性にもてないわよ」
「ありがとうお嬢様。すでにモテモテだけど気を付けるよ」
そういうとにやりと笑って見せた。
 
公僕の二人は手に持った銃を見ながら、トカレフだのマカレフだのと囁きあっている。
ふと後方に気配を感じて振り向くと、朝焼けに顔を照らされた数人の紳士たちがゆっくりと歩いてきていた。
全体的に長身で、こちら側も全員高級感溢れるスーツを着用。そしてやはり全員が銃を携帯している。
「あ、あれはXM5にL85、いやL95式か?VEPRもあるぞ!」
警視総監殿と子ども警官は興奮を抑えきれず叫んだ。
「ヘイ、ボーイズ&ガール!ハウアユー」
先頭に立っていた白髪の紳士が白い歯を見せて挨拶してきた。
他の紳士たちもみな笑顔で、こちらに向かって爽やかな笑顔を向けている。
黒光りする銃のせいで爽やかな笑顔が不気味にみえた。
 
それにしても改めて顔ぶれを見回して見ると、全員テレビで見たことがある顔であった。
警視総監殿も、子ども警官もやや緊張した面持ちで彼らを見ていた。
「ダッシャッ!」
一発で耳鳴りを引き起こすような怒号がした。
いつの間にか起きていた猪木がスクワットを始めていたのだ。
「皆さん元気ですかーーーーッ」
突然の呼びかけにさすがに誰も答えなかったが、場の雰囲気は一変した。
 
東西の紳士たちの目に、闘争の炎が宿ったのだ。
「い、猪木さん、この場ではあまり元気を出すとまずいんでは。。。」
警視総監殿が必死に止めようと駆け寄ったが、猪木が止まるはずもない。
「やる前から負けること考えるバカいるかよ!みんなもっと怒ってみろよ!」
この一言で紳士たちの闘争本能に完全に着火した。
膝立ちやスタンディング姿勢を取り、全員が銃を相手陣営に向かって構えた。
 
東西冷戦時代が平和に感じるほどの、緊迫感が場を支配した。
ふと見ると西側の先頭に立っていた紳士が膝立ち姿勢になったため、後ろにもう一人誰かが立っていることに気付いた。
整った顔立ちに品の良い眼鏡をかけているが、バツが悪そうな顔をしている。
そして最も他の紳士たちと違うのは、所持しているのが銃ではなく警棒だということだ。
「て、てめえは!」
さすがに日本人でこの人を知らない人は少ないだろう。
通称増税眼鏡その人であった。
 
「文ちゃん元気~!?」
お嬢さんは、この異様な状況にも関わらず憶することがない。。
「これはこれはおはようございます。ご機嫌麗しゅうございます」
「固いわよ!私と文ちゃんの中でしょ!」
お嬢さんはウインクまでしている。
「め、滅相もございません。私などがそんなそんな。。。」
「行くぞーーーーーーーー!!」
少し場が和み始めたと安心していたらこれである。
やはり燃える闘魂アントニオ猪木とは流石に言えない。
 
両陣営射撃体勢に入った。
数人は地面に置かれた、ビジネスバックに手を伸ばしていた。
バックの中にはスイッチのようなものが付いた機械が入っている。
ふと注意書きのようなものがスイッチの横に貼られていたので、凝視してみたらこう書いてあった。
"are you sure of mind?"
場の緊張感が頂点に達し、とうとう一斉射撃かと思われた瞬間だった。
 
「ロイヤルラブアンドピース!」
両陣営の放つオーラがまるでビームのようにぶつかり合い、禍々しい色に染まっていた空間が、甘ったるいピンクに取って代わられた。
それと同時に左右からドサドサドサッと複数の落下音が聞こえた。
辺りを見回すと、全員子どもになっていた。
持っていた武器の下敷きになっていたものの何人かいた。
「あ、あんたもワンパターンだな。ネタ切れか?」
「子どもの心は純白。とても言葉で表せないような色に染まってしまった大人たちとは対極の存在よ。ここにいる全員が多少の違いはあるかもしれないけれど、平等に経験している少年時代。その頃あなたたちは何を思って生きていたの?出世?戦争?欺き?違うでしょ。明るい未来を描いていたはずよ」
「で、ではなぜピンク色に染まったのでしょう?」
「だって可愛いからよ」
誰かの小声の突込みにも、意に介さない様子で続ける。
「純白の心で語り合えばもしかしたら素晴らしいアイディアが生まれるかもしれないわよ」
辺りが静寂に包まれた。
「文ちゃんっ!寝てるの?」
彼女が呼びかけた先を見てみると、ショットガンの下敷きになっている子どもの後ろからむくりと起き上がるものがいた。
子ども警官の目が輝いた。
「あ、モスバーグ500だっ」
 
のそりと立ち上がった増税眼鏡こと文ちゃんは、モスバーグ500と呼ばれたショットガンを持ち上げ品定めをしている。
「う~ん。このグリップとシリンダー部分の木目が実に美しい。きっと名のある木工職人が製作に携わっているんだろうね。実用面だけではなく観賞用としても素晴らしい銃だね」
言葉ほど感動していない様子だったが、べた褒めである。
「に、日本でも正式採用するのでしょうか?」
警視総監殿が尋ねた。
「うむ。これは諸般の事情に鑑み、専門家の意見も仰ぎつつ、当然関係各所とも調整の上、慎重に検討してみるとしよう」
どうも脈なしである。
「それはそうとなぜ私だけが子どもになっていないのですか?」
「気遣いというものよ」
そういうとこちらに向かって目配せしてきた。
「お気遣いありがたい!ちょっと彼とは話がしてみたかったもんでね」
「何かね?なんでもお答えするよ」
眼鏡のズレを人差し指でクイッと直すと自信たっぷりの様子でこちらを見下げてきた。

続く
「統合失調症の生涯有病率は、人種民族、地域差に関係なく0.6~1.9パーセントといわれている。
遺伝することが多く、一卵性双生児の場合は50パーセント、患者の子どもの発症率は通常の10倍というデータもある。
具体的な症状としては、誰かに見られている気がする、誰かに心を読まれている気がする、幻聴、幻覚、現実と妄想の判断がつかなくなる等である。
統合失調症は様々な研究が行われているが、いまだはっきりとした原因は特定できていないというのが実情だ」

「あの~、めちゃくちゃつまんないんですけど~」
「話には起承転結とあるから」
「も~つまんないから夜食のプリン食べよっと♪」
「太るよ?」
「大丈夫、私食べても太らないタイプだから。テヘペロ」
同性に嫌われるタイプだろうなと思いつつ、先を続ける。

「ここで一つ仮説を提示したい。あくまで一個人の仮説だからご了承願おう」
一同をもう一度見渡し話をつづけた。
「プリンも食べ終わったし私寝よっ!」
「僕も眠くなっちゃったから、ごめん」
子ども警官はちゃっかりお姫様ベッドの隅に体を横たえている。
警視総監どのでさえあくびをしている。
「分かったよ、ここからは俺が頭の中で妄想するから。。。」
「妄想得意だしね!
「任せろ!ってうるせえよ」

思考盗聴という言葉を聞いたことがあるだろうか?(ググってください)
まずターゲットとなる人物が話したことや、書いたこと等を全てを収集する。
方法は盗聴器や、スマホやPC等のハッキング、等々。
そして、ターゲットが考えそうなことや、実際に話したり書いたりしたことを連想させるような事を、ターゲットに仄めかすのである。
仄めかす手段は様々だ。例えば、電車の隣の席で、たまたま寄った飲食店で、場合によってはインターネットを使うこともある。
そうするとターゲットはどういう心理に陥るか?
思考を誰かに読まれている気がする、常に誰かに見られている気がするといったまさに統合失調症の典型的な症状が発現するのである。
つまり統合失調症の診断を受けた人間の一部は本人の問題ではなく、外的要因によって引き起こされる可能性があるということである。

人間誰しも何かしら知られたくない秘密を抱えて生きているものだ。
何者かは、ターゲットに対してそれを非難するような仄めかしを主に行う。
するとターゲットとされた人間は相当の心理的ストレスを抱く。
なにせ、常時周りの人間から監視されたり、非難を受けているような心理状態に陥るからである。
ターゲットが自意識過剰というわけではない。
周囲の人間の仄めかしを自分の事としてとらえてしまうのは、カクテルパーティ効果という心理現象によって説明が付く。

その心理的ストレスは様々な行動をターゲットに引き起こさせる。
最も多いのは精神の崩壊。(統合失調症の典型的な症状)
次に多いのは恐らく自殺。
当人は自分はだめな存在という思考に支配され、問題は全て自らが起因であり、その問題を解決するための究極の手段が自分を殺すという行為だからである。

しかしその矛先が自らに向くとは限らない。
時には自分以外のものに向かうこともある。
矛先が向かう先はターゲットによって違う。
例えば金のないものは、金持ちに嫉妬するだろう。
人間とは自分にないものを持っている人間に対して嫉妬を抱いてしまう生き物なのだ。

社会というものは、究極的には利害で成り立っている。
底辺者の望むことは、富の再分配である。
そして権力者が望むことは当然資本主義である。
※日本を例に挙げています

底辺者が権力者を憎悪するのと同じく、権力者にとって憎悪、いや、邪魔な存在とは自らの立場を危うくする可能性のある者。
しかしここで一つ付け加えると、権力者にとって危険な存在とは底辺者全てではない。
権力に牙をむく可能性のある底辺者である。
牙をむくことのない、”安全で便利”な底辺者は権力者に取っては都合の良い存在である。
安全な底辺者を言い換えるならば、奴隷と言えるかもしれない。
低賃金労働者が好例である。

では如何にして権力者に牙を向く者を特定するのか?
小学生の時に、学校で知能テストをしたのを覚えているだろうか?
結果は保護者や本人には知らされない。
しかしそのデータは文科省のデータベースには蓄積されていくだろう。
そして当然他の省庁とも共有される。

まず知能テストで一定の成績を収めたものをリストアップする。
リストに載る人間は個人的にはそれほどハードルは高くないものだと考える。(偏差値50程度?)
しかし小学生の思想はまだ発展途上である。
その後どういう思想を抱くのかは、10人10色である。
リストに乗った人間は色んなコースを進んでいく。
一定以上の知能を利用して、エリートの道を進むもの、安定的でごく普通の人生を歩むもの。

そして最も権力者が警戒するのは、リストアップされるほどの知能があるにもかかわらず、レールから外れてしまったものである。
レールから外れた者たちは、社会から脱落していく。
ひきこもり、正社員になれない派遣社員、ホームレス。
社会から脱線していく過程で彼らは社会の構造や、裏の側面に自然と気付くのだ。
無敵の人が現れるのもその層が多いのではないだろうか。
そして彼らのような存在が”ターゲット”となる。

先にも述べたように、ターゲットの憎悪の対象は様々な方向に向かう。
矛先が権力者に向かった場合、憎悪の対象は権力の象徴である存在、国の元首に向かうかもしれない。
しかし真の権力者は、恐らくほとんど表には出てこない存在だと思われる。
安倍元総理は権力者ではあったが、実質的には裏の権力者に操られている、一言でいえば真の権力者の傀儡に過ぎない。
安倍首相の代わりはいくらでもいる。
現首相の岸田がそうである。当然岸田総理が倒れてもいくらでも変わりは用意できる。
そして真の権力者は安全圏で胡坐をかいているに違いない。

そんな手間や金をかけて、ターゲットを絞り込んだり、攻撃したりすること自体ありえないのではないかと思う人が多数派だろう。
しかし繰り返すが権力者に取って最も危惧するべき事は、自らの権力と富が無に帰してしまう革命である。
ありとあらゆる手を使って革命を阻止するというのは、当然のことなのだ。
日本国ならば、共産主義は悪というプロパガンダを小学生の頃から教育される。
みんなが給料が同じなら、誰もやる気が起きなくなるというあれである。

昔はもっと露骨だった、特別高等警察が好例である。
さらに時を遡るならば、中世に行われた魔女狩りも当てはまるかもしれない。
そして2000年のIT革命。
IT化により、より簡単に人民の思想統制が可能になった。
IT化は世界中の人間の思想を収集し、尚且つ政権の掲げるプロパガンダを形成することをより容易にするからである。
IT革命とは人類の大きな進歩ではあるが、同時に高度に人民を管理することが容易になるディストピアへの第一歩となった。
そして昨今のAIの発展はさらなるディストピア化を加速させるだろう。

「途中で口をはさんで悪いんだけど。。。」
ずっと口を閉ざしていた警視総監殿が重々しく口を開いた。
驚いて彼の方を見た。
「京アニの事件の犯人ももしかして”ターゲット”だと言いたいの?彼の動機は現在発表されている限り京アニ側が自分の小説を盗作したという妄想みたいだけど、京アニ側もその事実はないと表明している。つまり容疑者のただの妄想の可能性が高い」

どうやら自分の頭で考えていたことが、つい口に出てしまっていたようだ。
「ただの妄想かもしれない。しかしもし”ターゲット”であるならば彼は一定以上の知能を持った人間だ。何者かが思考盗聴を行った際に目を引くような文章が見つかった可能性がある」
「じゃあ君は京アニ側が加害者だっていうの?」
警視総監殿もさすがにあきれた様子で首を振っている。
「もし本当にパクったという事実があればその点では京アニ側も加害者だ。入手経路はまず判明できないだろうけれども、何者かが小遣い稼ぎにでも京アニ側にアイディアの提供をしたんじゃないかな?」
「じゃあ、京アニは直接的、または間接的にではあるけれども、容疑者が実際に書いた文章を盗作してると言いたいの?」
「まるパクリなのか、容疑者の文章から着想を得たのか、犯人の単なる妄想なのかは俺は分からない。ちなみに着想を得ることとパクリとはまるで性質の違うものであることを強調しておきたい」

「君の言うことは陰謀論、妄想の域をまるで出ないよ。いや、妄想としか思えない」
完全に妄想と決めつけにかかった警視総監殿をまっすぐに見つめて強い口調で言い放った。
「それだよ。それがまさにミソ。全て妄想で片付けられる。そしてすべての妄想や陰謀論といわれる事柄は、基本的に証明する術がないのだ。仄めかしにしたって、仄めかした人間に問い詰めても、いやいやこっちの話ですからと言われるだけだ。それに強大な力を持った何者かが自らの手を汚すことも、証拠を残すともとても思えない。俺が、おそらくや、可能性があるという表現を多用するのもそのためだ。そして何者かはターゲットを確実に社会的に抹殺する。抹殺と言っても、色々な方法があるだろうけどな」
「でも、そんな恐ろしい陰謀を知ったら、正義感にかられた誰かが告発するんでは。。。」
首筋を親指ですっとなぞる動作をして言った。
「妄想だとか、陰謀論だと言われてお終いじゃない?それからここまでの巨悪が秘密を洩らそうと正義感をもってしまった人間をそのままにしておくとは考えられない。もちろん単純に殺害するというよりも様々な方法で精神を破壊しようとするだろうね」
続けていった。
「しかしこれも強調しておきたい。京アニの容疑者が例え被害者であったとしても彼が加害者であることには変わりはない。彼は多くの命と計り知れない悲しみを生み出した。ただ私は心底憎む。”ターゲット”から全てのものを奪い、闇に葬り、自分だけが安全圏で胡坐をかいている何者かを」
「統合失調症の定義も大きく変わっちゃうね」
「統合失調症患者全員とはさすがに思わない。ただ統合失調症と病名告知を受けた一部の人たちが”ターゲット”である可能性は非常に高いとは感じるね。患者の思想を調査してみるともしかしたら何か見えてくるかもしれないな」
「もし君の言っていることが本当だとすると恐ろしいし、何が正義か分からなくなるよ」
警視総監殿は沈痛な面持ちでうつむいている。
「当たらずとも遠からじとは思ってるよ。一つ要因を挙げるならば現在の世界の構造かもしれない。どうしても対立構造を生んでしまう現在の構造を変えないと、テロという悲劇は繰り返されるよ。警視総監殿にはしっかりと京アニ事件の動機の解明を頑張ってやってほしいね」

続く。。。

絶品料理に舌鼓をうった一同は、ふかふかの椅子に深く背中をうずめくつろいだ。
猪木なんかは、早々と5人前以上を平らげ、高いびきをかきながら寝入っている。
お嬢さんは、まるでインド王朝の王家が使用しているような驕奢なベッドを出現させすやすやと寝入っている。
「じゃあ、お腹も一杯になったことだし、例の事件で抱いた違和感を教えてくれる?」
小食の子ども警官は、俺が食べ終わるのを見計らって尋ねた。
警視総監殿もいまだ食後のデザートを口に運んでいるが、横目に射るような視線をこちらに向けている。

「うん、始めよう」
二人の公僕の視線をしっかりと受け止めて静かに口を開いた。
「まず事件が発覚したのが7/2。そして被害者の身元が判明したのが2日後の7/4。事件発覚から、被害者の身元が判明するまでの時間が早すぎる。頭部も、所持品も一切ない被害者の身元がどうしてここまで早いのか。」
「DNA鑑定か、指紋の鑑定じゃないかな?」
「DNA鑑定は警察でも10日はかかる。確かに被害者男性に前科があれば指紋照合で特定できるかもしれない。しかし指紋照会にしたって1週間はかかるらしい。なによりここまで計画性が高く身元の判明を遅らせようとして?首の切断まで行った犯人が手のひらの指紋を消さないということが不自然だ」

「つまり何が言いたいの?」
「さっぱり分からない」
「違和感はそれだけかな?確かに僕も違和感は感じるけど、君の言っている情報では結果の反証にはならないよ」
「うん、反証にはならない。しかし犯人逮捕後の報道にも違和感を感じるんだ。この先も聞くかい?」
「ここまで聞いておいて耳を塞ぐことなんて僕にはできないよ!」
子ども警官の瞳の炎は一向に下火にはなっていない。
警視総監殿はといえば鋭い視線を向けたまま、黙したままだ。

「7/23若い女性が犯人と報道され、翌24日犯人の女性が逮捕される。(両親も翌日、翌々日に相次いで逮捕されている)首のない被害者の判明まで2日しかかからなかったというのに、今度は犯人逮捕までの期間が長すぎる」
「冤罪は絶対に許されないから、警察当局も慎重に慎重を期したのかもしれないよ?」
「その可能性もある。しかし犯人はすすきのみたいな防犯カメラだらけの街で、事件現場のホテルから出て父親の車に乗って帰宅しているとのことだ。ホテルから出て父親の車に乗るまでの道のりは、そこら中にある防犯カメラが捉えているはずだ。もちろん車のナンバープレートも」
「ごめん、君が何を言いたいのか見えてこないよ」
「申し訳ないが、最後まで話を聞いてほしい」
2人の公僕を改めて見渡し話を続ける。

「逮捕後の話に移ろう」
「うん、そうだね。証拠などが出てきたのは逮捕後だからね」
「一番の証拠である、頭部は浴室で見つかったとのことだ」
「歯形で判別しないと被害者であると確認できなかったほど腐敗が進んでたみたいだね」
「うん、ここでも違和感がある。犯人は近くのコンビニで大量に氷を購入していたとのことだが、なぜ腐敗を防げなかったのか?」
「連続殺人犯じゃないんだから、人間がどういう状況で腐敗するか知識がなかったんじゃないかな?」
「犯人の父親は精神科医とはいえ医師だ。頭部が腐らないようにする方法なんていくらでも知っているだろう。」
「じゃあ犯人の目的はなんなの?」
「分からない。頭部を保存したいなら、いくらでも方法があったがあえてしなかった。被害者を消したいだけなら頭部を浴室になど隠したりしない。山奥にでも捨てるだろう。」
「じゃ、じゃあ娘の単独犯。。。?」
「論外だな。そもそも犯行自体が若い女性一人で行うにはあまりにも難易度が高い。そして浴室に両親に気付かれることもなく頭部を隠しておくことは不可能だ。腐敗臭なんかも相当なものだろうし」
「ではやっぱり家族で共謀してってことになるのかな?」
「その可能性も0ではない。しかしここまでの話を総合的に判断すると第三者の存在が浮かび上がってくる」

「だ、第三者っ??」
子ども警官はもちろんのこと、警視総監殿さえ素っ頓狂な声を上げた。
「うん、第三者の犯行なら辻褄が合うんだ。その何者かはなんらかの理由で容疑者に罪をなすりつけたかった」
深呼吸をして話を続ける。

「被害者の身元があり得ないスピードで判明したのも、被害者を知っている第三者の犯行であるならば説明がつく。逮捕まで3週間かかったのも、あえて頭部を腐敗させるまでの時間稼ぎだったのかもしれない。被害者の衣類やスマホのシムカードも、全て容疑者宅で見つかっている。これらの事実は逮捕された家族に罪を被せたいという意図が感じられる。
そして何者かは、自分の都合の良いタイミングで捜査当局に情報を提供したのだ」

「で、でも容疑者のスマホには殺害時の動画や、浴室で被害者の頭部を手袋で触れる動画が残っているんだよ。これはどう説明するの?」
「スマホのデータを書き換えることはITに精通している人間なら簡単なんだよ。そもそも容疑者がそんな証拠になる動画を撮るメリットがまるでない」
「ま、まさか。。。」
「以上の点から本当に逮捕された家族が犯人なのか。それとも逮捕された家族に罪を被せたかった何者かの犯行かどちらかに絞られると思う。検察側が発表した供述内容と、弁護側の主張も食い違ってるしな。まあ裁判なんてそんなものだろうけど」
「その何者かはどうしてそんな手の込んだことを。。。?」
「分からない。そして重要なことはこの事件はもう一つの対立構造という結果を生み出している」
「対立構造?」
「何をしでかすか分からない引きこもりと、性暴力被害者という対立構造だよ。加害者が被害者から性暴力を受けていたということで、加害者の減刑を求める署名が一部団体で行われたというニュースもあったしな。ずいぶん昔の宮崎勉事件と構造が似ているな。あの事件はオタクと幼児性愛者の対立構造を生み出した。オタクというだけで白い眼を向けられる風潮がかなり長期に渡って世を支配していたからな」

「その何者かの動機が分からないよ。愉快犯かな?」
もはや何も分からないといった様子で子ども警官は頭を抱えて言った。
「これはどこかで聞いた話なんだが、権力者というものは矛先が自分達に向かないようにあえて民衆の対立構造を作りたがるということだ。これは黒幕達が示し合わせて画策したとかではなく、権力者が自分らの権力と身を守る防衛本能が集合体のような意志を形成するためだと俺は考えている」
「この現代でそんなことあるはずが。。。」
「1992年飯塚事件。その他もろもろ。権力者は国家の安定という大義名分の下民を抹殺するよ。真実は闇の中だが。。。」

「どう見ても妄想で~す。本当にありがとうございました~」
声の方を見ると仮眠から目覚めた彼女が、目をこすりながらこちらに目を向けている。
猪木に関しては一向に起きる気配がない。
生き返るのに元気を使いすぎてしまったのだろうか?
安らかに眠ってまた国民に元気を与えてほしいものである。
「さ、再度本部に捜査履歴を照会してみるよ」
ずっと沈黙していた警視総監殿が重い口を開いた。
心なしか瞳に正義感が宿っているように見えた。

「もお~3人も男の子がいるんだから、もっと面白い話か明るい話をしなさ~い」
「僕も同感だよ。」
警視総監殿も頷いている。
「しかし前に進むためには、しっかり過去の過ちを受け入れ反省してからではないと人は再び過ちを犯すものだから。それは歴史が証明している」
「くら~い、つまんな~い」
お姫様ベッドの上で手足をバタつかせながら唇を尖らせている。

「ぜ、善処するよ。。。」
その時俺はふいに彼女に逆らう気が起きない自分に気付いていた。
ま、まさかすでにスタンド攻撃を受けている?!
慌てて彼女の方に目を向けると、したり顔で微笑みを浮かべていた。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
「うん、いい目つきだ」
子ども警官の目をしっかり見据え、一同を見渡した後私はゆっくりと口を開いた。
「では今からススキノの事件を話すが、最初に断っておく。
俺は誰かを庇うつもりはない。ただ客観的にこの事件で感じた違和感を話したいだけなのだ」
「確かにこの事件は色々と謎に包まれているね、僕もなぜ彼女がクラブで出会った人間を殺すことになってしまったのか。
なぜ人望の厚い精神科医が娘と共謀して犯行を犯したのか。動機についてまだまだ解明しないといけないことが山積みなんだよ」
苦しい表情で子ども警官は唸った。

「まず事実関係を時系列で整理していこう」
すすきの首切断殺人事件の概要は以下のとおりである。
・7/1 クラブで出会った被害者とみられる男性と、加害者とみられる女性がホテルに入室。
・7/2 ホテルの従業員が被害者の死体を見つけ、119番通報。死体は首を切断された男性だと判明。
・7/4 被害者の身元が判明。
・7/23容疑者が若い女性と報道される。
・7/24容疑者の女性と、その父親が逮捕。
・7/25容疑者の母親も逮捕。

警察発表では、加害者女性がホテル内で被害者男性を殺害後、首を切断しホテルを退出。
迎えに来た父の車に乗って帰宅。
非常に計画性の高い殺人事件だということである。
以上の内容は、各週刊誌や新聞報道によるものだが、情報発表したのは警察機関の報道部である。
※以上の情報は逮捕後の報道までです。

「子ども警官よ、ここまでで何か違和感を感じないか?」
「う~ん、辻褄はあってると思うな。動機等の全容解明までには時間がかかりそうだけれど」
「だろうな違和感その1、、、」
「ねえ、ねえ私お腹空いちゃったわ。甘いもの食べた~い」
彼女の方を見ると、生あくびをしながら退屈そうにどこから出してきたのかスマホを弄っている。
「お前大事なところなんだからさあ。。。」
「だってつまんないんだもの~もっと面白い話してよ。私の好きなタイプとかどう?」

確かに若い女性が興味のある話題でないことくらいは承知している。
しかし、この話をここでやめるつもりはない。
「分かったよ、もう聞かなくてもいいからスイーツでも食って待ってろよ。お前の能力なら簡単だろ?」
「ロイヤルスイーーーーーーーツッ!」
突然彼女の肩に、ピンク色の手のひらサイズの人形のようなものが出現した。
「おめえ、やっぱりスタンド使いじゃあねぇかっ!」
「スタンド名ロイヤルキス。タロットカード6の暗示を持つスタンド。
見るもの全てを虜にしてしまう、クレオパトラの像が特徴よ」

言い終わると同時に、彼女の肩に乗っていた人形が地面に向かってダイブした。
地面に接触する寸前に、体中が唇になりそのまま地面に着地した。
ドガンッ!!!
スタンドが着地した周り半径5メートルほどに、まるで隕石が落ちたかのようにクレーターが出来上がっている。
「このパワーッ!てめえ並みのスタンド使いじゃあねえなっ!」
スタンドは本体に近いほどパワーが大きくなる。
そして攻撃可能な射程が短いということは、スタンドパワーがその分強いという証明でもある。
ずっと沈黙していた警視総監殿も、さすがに驚いた様子で皆に怪我がないか心配している様子だったが、
すさまじい衝撃の割には、全員無傷だった。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「あ、あのこれはどういった能力のスタンドなのかな?」
笑みが消えジョジョ立ちしている彼女に対して、子ども警官はおずおず尋ねた。
「能力は世界中の一流のシェフが作った料理を空間に出現させられること。
スイーツやアルコール等飲食物であればなんでもありよっ」

ぐ~。全員のお腹がなった。
不思議な出来事の連続で忘れていたが、かなり空腹になっていることに気付いた。
「仕方ねえ、飯にすっか」
意義を唱える者は誰もいなかった。
その時、遠くから走ってくるものがいた。
どこからともなく、ファイトッという掛け声が聞こえてくるような気がした。
みるみる近づいてくると、我々の前で立ち止まった。
相当長身で、190cmは超えているように見えた。

「猪木が笑えば世界が笑う!みなさん元気ですかーーーーー!!!」
耳をつんざく大声で彼は叫んだ。
「アッ!アントニオ猪木っ!」
敗戦後、日本プロレス会の父とも呼ぶべき力道山亡き後、
新日本プロレスを立ち上げ日本中に元気を与えた国民的ヒーローである。
皆一様に目を輝かせて彼を見上げている。
警視総監殿など、感動のあまり目に涙まで浮かべている。

「し、しかしあんた死んだんじゃなかったか。。。」
「元気があれば何でもできるっ!元気があれば。。。生き返ることもできる」
元気がなくなるから、人は死ぬのではないかという野暮な突込みをするものは一人もいなかった。
「ど、どうせなら終生のライバルもご一緒ではないですか?」
警視総監殿も意外と欲深い。しかし、気持ちは分からないでもない。
ジャイアント馬場。本名馬場正平。王道プロレスを死ぬまで貫いた東洋の巨人。
プロレス最強説を唱え、世界中の兵たちを相手に異種格闘技戦を挑んだ猪木とは、そもそもイデオロギーに違いがある。
しかしながらアントニオ猪木を語るうえで、ジャイアント馬場の存在を無視することはできない。

「言いにくいんですが、一回も勝ったことないみたいですが。。。」
恐る恐る警視総監殿が尋ねた。
「プロレスではな」
彼は静かに答えた。
「あの野郎は俺とのガチンコ対決を無視し続け先に逝っちまいやがったんだよ。とんでもないチキン野郎だよ、くそったれめが」
汚い言葉の割には彼の横顔には悲しみの色が見て取れた。
「と、ところでおっさん何しに来たんですか?」
闘魂ビンタ覚悟で聞いてみた。

「きっと可愛い私に会いに来たのねハート」
「猪木が笑えば世界が笑う!世界平和と可愛いお嬢ちゃんの手料理を味わいに来たのだよッガッハッハ」
メルヘンな雰囲気を跳ね返すように夜空に野太い笑い声が響き渡った。
さすが燃える闘魂である。
「ロイヤルクッキングッ!」
彼女がそう唱えると、クレーターの上に円卓が出現した。
その後ポンポンという効果音とともに卓上に和洋中世界中の名物料理が所狭しと現れた。
どれも見ただけで涎が出てくるほど美味しそうな料理ばかりである。

「と、とりあえず食うか。。。腹が減っては議論はできぬということわざもあるからな。。。」
反論するものは誰もいず、円卓を囲むように並べられた豪華な椅子にみな腰かけた。
「いくぞーーーーーー」
鼓膜が破れそうなほどの大声で猪木が叫んだ。
「1,2、3ッ!」
「いただきまーーーーーーーーーす!」
「テクマクマヤコンテクマクマヤコン~」
ドスン。
「あなたも話しやすいようにしてあげましたわ」
「いたた。何するんだよ。」
若い警官もまた子どもの姿にされていた。

「こいつ丁寧な言葉遣いのわりに荒っぽいからお前も注意しろよ」
俺は耳元で子ども警官に注意喚起を促した。。
「ありがとう。でもこの状況は一体。。。僕は夢でも見てるのかな」
「かもな、まあ夢なら夢で楽しもうぜ。夢の中ではなんだって叶うし、何をしたって自由だ」
そう言って、俺は彼の肩に手を乗せた。

「それはそうと。。。」
俺は先ほどの魔法?で、警官が小さくなったことで耳から外れてしまったイヤホンを拾い上げ片耳に装着した。
「おい、お前は姿も見せず、自分だけ大人のままっていうのは憲法14条違反だぜ」
「それもそうね。分かりました。わたくしもあなたたちと同じ目線でお話差し上げますわ」
そう言うと、ボンっという音とともにスマホ周辺に煙が立ち込めた。

「ゴホッ、ゴホッ!」
予期せず発生した煙に、たまらず俺たちはせき込んだ。
ゆっくりと煙が風に流され、そのあとには少女が立っていた。。
あどけなく、くりっとした目をしているが、瞳には勝気そうな強い意志が宿っていた。
「出たな、てめぇが本体か!」
「失礼ね、私はスタンド使いじゃないわよ!」
口を尖らせて、彼女は言った。
「いや、できることがほとんどスタンド使いだから!」
「全く失礼しちゃうわね、ガキのくせに」
「いや、少なくとも今の状況では俺らはみんな、小学生だぜ。おい警官、お前も何か言ってやれよ!」

そういって彼の方を振り返ると、口を半開きにして尻もちをついたままの態勢で身動き一つせずに、彼女を見つめていた。
「なんだお前、女の子が苦手なのか?」
そういうと彼は明らかに狼狽し、俺の方に顔を向けると早口でまくしたてた。
「そんなことないよ、僕は子どもの頃から男女ともにクラスの人気者で、学級委員長もやってたんだよ。
成績はクラスでもずっとトップクラスだったし、スポーツも大体一通りこなせるよ」

緊張なのか声が震えていたが、頼まれてもいないのにしっかりと自己紹介までしてのけた。
「そうそう、その調子でこの女に一言いってやれよ」
そういって、俺は彼の背中をどんと叩いた。
しかし、彼女の方を一瞬見たもののすぐに目を伏せた。
「あなた、鈍いわね。これを一目ぼれと呼ぶのよ」
彼女は自信たっぷりに腕組みをして、うんうんと頷いている。

確かに。一目惚れという不可思議な現象については、心理学による研究が進んでいる。
主に男性が、女性に対してこの不思議な感情を抱くことが多いが、原理や原因は完全に解明されてはいないとのことである。
「そうなのか?ちと気に食わねえが、どのような感情を抱いたとしても、それは彼の自由だからな」
「ちょっと二人とも!何僕の感情を勝手に分析してるんだよ、そ、そんなんじゃないからねっ!」
早口でまくし立てた彼は耳まで赤くなっていた。
「お、お前も分かりやすい奴だな。。。」

「ちゅっ、可愛くてご~め~ん♪ちゅっ虜にしてご~め~ん♪」
ごめんなさいと言いながら、まんざらでもない様子で少女はウィンクをしてみせた。
「おい、調子に乗んなよおめえ!」
「むかつくよね~ざまあ♪」

だんだん頭痛をもようしてきた、このメルヘンチックな彼女のペースを変えなければ。。。
「と、とりあえず話を戻そうぜ。もう今置かれている奇妙な現象については、無視しよう。俺ら何してたんだっけ?」
俺は顎に手を当てて、少し考えていたがすぐに思い出した。
「思い出したぞ!おい、警官お前よくも市民のプライバシーを侵害しようとしやがったな!なんであんなことするんだよ?」
彼は、申し訳なさそうに語り始めた。

「うん、ごめん。僕も本意ではないんだけど、時と場合によっては、市民のプライバシー保護の権利を侵害することになってしまうんだ。国を守るためだから。。。」
「うん、まあそれは仕方ないと思うんだけど知りえた情報を絶対に外部に漏らすなよ」
「もちろん、それは約束するよ。守秘義務というのがあるからね」
子ども警官はむっとした口調で言った。

その時遠くから、ざっざっという音を立てて走ってくるものがいた。
スラっとした、初老の紳士でこちらに走り寄ってきた。
「君たち、ここで何しているのかな?おじさんも混ぜてくれないか?」
笑顔で語りかけてきたが、眼光の鋭さはとても一般人のものとは思えなかった。
「おい、おっさんちょっと今取り込んでるから後にしてくれないか?」

先ほどまで、ちらちらと少女の方を盗み見ていた子ども警官だったが、彼の姿を認めると素早く立ちあがって敬礼した。
「け、警視総監殿!お勤めご苦労様です!」
「はっはっは、よく私を知ってたね。今日は非番だしそんなかしこまらなくてもよろしい。
ところで、君たちはこんな夜遅くに何をしているのかね」
「こ、公務であります!」
しばらくは黙して話を聞いていた彼女だったがが、ため息をついて例のワードをつぶやいた。

すると、警視総監もドスンとしりもちをついた形で子どもになってしまった。
「いたたた」
彼は、したたか腰を打ち付け目に涙さえ浮かべおしりをさすっている。
恐らく、身長が高い分、小さくなる際の落下距離が長かったのだろう。
「大丈夫かよ?おっさん。。。ではないか。。」
う~ん、おっさんだけど、見た目は小学生。でも、元の姿は人生の大先輩。。。う~ん。。。
だんだんわけが分からなくなってきた。

ようやく腰の痛みが引いてきたのか、警視総監殿は膝立ちになり、3人を見回した。
少女に目を移した瞬間彼はビンと跳ね上がるように立ち上がり、左こぶしを心臓に当てた。
彼が叫ぶのを遮るように、彼女は高らかに宣言した。
「もうこのくだり飽きたわ!私たちはみんな小学生なの。同じ目線で語り合いましょう。もし私のいうことに違反したら不敬罪よ!」
「同じ目線といいつつ、不敬罪とか言うなよ。。。」
素早く俺は突っ込みを入れた。
「ごめ~ん、もう言わないわ。その代わり可愛くてごめんね♪美少女罪で逮捕しないでね、警視総監さんハート」
「ま、まあ執行猶予は約束するよ。。。」
そう言った警視総監殿は心なしか顔を赤らめているようにも見えた。

もはや半分諦めの境地に至っていたが、俺はしっかりとした口調で言った。
「ちょうど役者も揃ったようだし、少し話したいことがあるんだけどいいかな?」
皆一様に俺のほうに目を向けた。
「どうしたの急に真剣な顔して」
急にシリアスな口調で話し出した俺に向かって子ども警官は尋ねた。

「うん、ススキノで起きた不幸な事件について少し違和感があるんだ」
「その件に関しては捜査に支障が出るから僕は黙って聞かせてもらうよ」
警視総監殿は苦い顔でつぶやいた。
「私も怖いの苦手だから黙って聞いとくね」
「僕は聞くよ!」
突然大きな声を上げた子ども警官の瞳には、矜持と正義の光が宿っていた。