爺ちゃん自慢の『白い壺』が無残な姿に変わった。
熟女のように柔らかな曲線を描いていた壺が、立体パズルのように砕け、若い乙女の唇に似ていた挿し口が床に転がるとタコの口のようだ。腹巻を巻いた孫娘が、割れた欠片を見ながら言った。
「あちゃ~割れちまったぞ」
「……」
「爺ちゃん、うちが直してやるじゃ」
「お凛、もうええ。触ったら怪我をする」
「ほ~」
「外で遊んできなさい」
クリスマスの丑三つ時までかかった木刀と腹巻つくり。まさか、その木刀でたいせつな壺を壊されるとは思ってなかった。サンタのプレゼントで、知恵と体力を使い果たした爺ちゃん。老いた背中から、寂しさがにじみ出ているのがわかり、丸みを帯びた背中越しに白い破片が光っていた。
一方
お凛はサンタにもらった刀は取り上げられたが、丸凛印の腹巻を巻いたまま遊びに行こうとしている。窓の外を見れば、真っ白な銀世界に、キラキラと光る小雪が舞っている。時折、桜の枝に乗っかる雪がドサッと落ちた。
お凛は積もった雪を掻き分け犬小屋に向かい、雪まみれの茶太郎の頭を撫でながら言う。
「茶太郎、うちと遊びに行くじゃ。爺ちゃんの土瓶が割れちまったんじゃ」
一度は姉弟の杯を交わした茶太郎とお凛。犬も孫娘を飼い主と認め、手綱に引かれながら追いかけていくが、茶太郎は柴犬に似た正真正銘の雑種。裏の家に住むお富からもらった犬で利口とは言えない。突き当りの道で、お凛が右に曲がると、茶太郎は左に曲がった。
「茶太郎!こっちなんじゃ」
爺ちゃんは指で曇る窓を撫で、着膨れした孫娘の姿を見守っていた。きっと友達に腹巻を見せに行くはずだ。
壺は砕けたけれど、穏やかな時間が流れている。またも天井裏でネズミの走る音が聞こえてくる。寝不足の爺ちゃんは、薪ストーブの前で寝ることにした。
皺に隠れた細い目が、ウトウトと閉じたり開いたりする。静かな茶の間で
「グゴッ」
自分のイビキで目を覚ましたが、途端にギリギリと入れ歯で歯ぎしりをした。
夢うつつ。
これは夢か妄想か。お凛が満面の笑みで、丸凛印の腹巻を自慢する光景が浮かんできた。取り上げたはずの木刀を振り回すと、茶太郎の頭に当たった。
しかし、のんびりとした時間も束の間、ドタバタと足音が響けば、爺ちゃんは現実に引き戻された。お凛は全身雪にまみれになり、真っ白な小熊のように帰ってくる。茶の間を走って来れば、雪の固まりを飛び散らせて言った。
「爺ちゃん。大変じゃ、大変なんじゃ」
「どうした、お凛」
「お富が大変なんじゃ」
興奮する孫娘の両肩を押さえて話を聞く。
「爺ちゃん。お富の家にサンタが来なかったんじゃ」
「……」
お富はお凛と同じ年で、裏に住む墓石屋の娘。お凛の話では、お富のプレゼントはタヌキの人形で、頭に赤いリボンが付いてると言っていた。幼いお富も、サンタを楽しみ待っていたはずだ。
「お凛」
「何じゃ」
外が寒かったのか、お凛の鼻からタラーっと鼻水が垂れてきた。爺ちゃんは頭を押さえ、ちり紙で鼻水を拭ってから言った。
「お富とは、遊んだのか?」
「まだじゃ。うち、遊びに行ったら、泣いてたんじゃ」
「それで、どうした」
「うちが、ええこと教えてやったんじゃ」
「???」
「正夫がサンタの家を知っとると」
「はっ?」
「昨日、正夫が言ってたじゃ。正夫の父ちゃんがサンタと友達じゃって。だから、お富が正夫の家に行ったんじゃ」
また、正夫も余計なことを言う。でも、爺ちゃんはふと不思議に思った。
「お凛はどうして、お富と行かなかったんだ?」
「うちも一緒に走ったら、茶太郎の首ひもが足に絡まって転んだんじゃ。長靴がブッ飛んだぞ。足が冷たいんじゃ」
どうりで、足の先から頭まで、真っ白なはず……
「うちも、正夫の家に行くじゃ。またプレゼントがもらえるんじゃ。うち、赤いジチン車が欲しいんじゃ」
「……」
爺ちゃんは、お凛を玄関の土間に連れて行き、ポンポンと雪を払ってやった。仕上げに靴下を取り替えてやると、孫娘は爺ちゃんの顔を見た。
「のう爺ちゃん。爺ちゃんは探しとくれ」
「何をだ?」
「爺ちゃん、何を言っちょる」
「……」
「サンタがタヌキを落としたかもしれん」
お凛が元気良く飛び出すと、茶太郎が尻尾で雪を履いて喜んだ。お凛の回りをグルっと回れば、またヒモが足に絡まった。
お凛の次はお富か。困ったもんじゃ。
爺ちゃんは思った。お富の親も困っておるだろう。子供を産めや育てやのこの時代。お富の下には1歳の赤ん坊がおる6人兄妹。毎日の生活が慌しく、呑気にクリスマスとは言ってられまい。
爺ちゃんは寝床にある押入れに頭を突っ込み物色を始めた。
『確かここに、お凛の宝箱が……どこだ、どこだ……』
爺ちゃんは銀色の鈍い光を放つガンガンを取り出した。指に力を入れベコッと蓋を開けたが、いつもと変わり映えのしない物ばかりだ。
紙のメンコに、ベーゴマ。ラムネのビー玉、頭の取れたコケシに埋もれた三毛猫の人形を見つけた。爺ちゃんは人形を手に取り深く唸った。
「ん~、猫がタヌキに化けるかのう」
つづく