数年前に『小さいおじさん』が話題になり、芸能人の方からも目撃情報が流れました。
純粋な人にだけ見えるという
『小さいおじさん』
お凛が暮らした時代は純粋な人達も多く、各地の村で伝説として残り語り継がれています。
その代表的な存在が一寸法師。北海道ではアイヌと深い関わりがあったと言われる「コロポックル、蕗の葉の下の人」などがあります。
題名 お凛と小さいおじさん
今日もお凛の住む村は、青空が隅々まで広がっている。
お凛は朝から、赤いじちん車が欲しくてジタバタしておったが、爺ちゃんは買ってくれる様子もない。孫娘も良い子にすれば、買ってもらえるような気もしているが、それは気のせいだ。
お凛は天真爛漫な性格と本能のおもむくまま、土埃にまみれ遊び呆ければ、爺ちゃんの仕事を増やしている。
今日は、元気な爺ちゃんも病院に行く月曜日。そして、出かける前に必ず言う言葉がある。う。
「お凛、ちゃんと留守番をするんだ」
「わかってるじゃ」
爺ちゃんからすれば、キチンと言い聞かせ安心して病院に行きたいが、お凛からすれば、なまくら返事にすぎない。山と言えば川と答えるようなものだ。爺ちゃんが病院に出掛けると、急に家の中が静まり返る。家の中で残る遊び相手は、秋祭で買った銭亀しかいない。
「のう、亀さん」
「……」
「うち、ひまなんじゃ」
お凛の呼びかけに、亀さんは首を伸ばし辺りを見渡すだけで、今日も遊び相手にはならない。毎日、毎日、餌を与えても芸も覚えず、孫娘は窓から晴れ渡る空を見てから言った。
「うち、茶太郎と遊びに行くじゃ。お前も、連れてってやるからの」
銭亀を木桶から取り出すと、亀さんは手足を甲羅に引っ込めた。2度3度大きく振り、水気を飛ばすとポケットに入れた。銭亀は狭いポケットの中でゴソゴソ動く。
『海に行きたいの。茶太郎に貝とナマコを取らせるじゃ』
お凛の行動に迷いは無く、愛犬の茶太郎を子分に従えバケツを片手に家を出ると、バケツに入れ直した銭亀がカタカタと音を立てた。
のんびりした時間が流れ、田んぼのあぜ道を歩くお凛と茶太郎。頭の中で晩飯の貝御飯が浮かんだとき
色濃い雑草の分かれ目から、大きな一匹のカエルが飛び出した。この大きく茶色いカエルは漬物石ほどあるウシガエル。
しかし、お凛の目が皿になったのは、カエルの背中に乗る、小さい小さいおじさんだった。
「おっ!一寸法師じゃ」
小さいおじさんは、紺色の紋付袴を身に纏い、カエルにまたがっている。右手に握る裁縫針を、カエルの尻に刺すと、『ウモ~』っと鳴きながらボテっと飛ぶ。
「ほ~!すんごいの」
手綱をギュッと握る小さいおじさんは、お凛と視線が合ったとき
ブ~ンと一匹の銀蠅が視線に割り込むと、大きな円を描きながら、カエルの頭にピタリと止まった。七色に輝く銀蠅が、ヌルヌルした頭を舐めた。
研ぎ澄まされた剣のように針先が光り、小さいおじさんは狙いを定め、プスリと仕留めると誇らしげに持ち上げた。
「かっこええじゃ、うちもやりたいの」
お凛の思わず出た声に、小さいおじさんは目尻にシワを寄せ、気を良くしている。しかし、お凛は不思議に思った。寝る前に聞く昔話では、一寸法師は若い男の子。目の前にいる、白髪が混じるおじさんでは、どうも話しが合わない。
お凛が頭を傾げると、ひとつの閃きが弾けた。
うち、わかったじゃ!!
一寸法師は打出の小槌で、大きくなって若返るんじゃ。爺ちゃんがそう、言っとった。
爺ちゃんは、そんな事を言ってない。お凛は自分の発想に目を輝かせ、小さいおじさんに言う。
「うちでの小槌はどこじゃ?」
今度は、小さいおじさんが頭を傾げた。
「打出の小槌?」
「そうじゃ。パッと振ると何でも出てくるトンカチじゃ」
「ほほ~、どこに片付けたかの」
小さいおじさんは、とぼけているのか、カエルの背中に立ち、ニコニコ笑っている。
しかし、お凛の頭に良からぬ願いがよぎる。
颯爽と風を切って走る、新品の『赤いじちん車』を思い出すと、どうしても欲しい気持になった。今日も、じちん車に乗れば、あっと云う間に海へ着くはずだ。
お凛は両目をギュッと瞑り両手を合わせてから言った。
「のう、一寸法師のおじさん。うち、お願いがあるんじゃ」
「ほほ~、願いとは何だ」
「うち、じちん車が、ほしいんじゃ」
お凛は心を込めてお願いをするが、おじさんの様子も心配になる。薄目を開け確認すると、変わらぬ笑顔で聞いている。お凛はグーを握って言う。
「のう、小槌を振って、じちん車を出しとくれ」
一寸法師のおじさんは蛙の背中からピョンと飛び降りると、大きく腕を振り回し先の鋭い針を地面に突き刺して言う。
「よかろう!しかし、条件がある」
「ほ~、じょうけんってなんじゃ、意味がわからんぞ」
「お前が良い子なら、小槌からじちん車を出してやろう」
「ほ~、うちは良い子じゃ。爺ちゃんはいつも、お凛は、ええこじゃええこじゃ言っとるぞ」
一寸法師のおじさんは、右手をゆっくり前に上げるとバケツを指さした。
「お前の銭亀と交換してくれるなら、赤いじちん車を出そう」
お凛は何を思ったのか勘違いをする。
「ほ~、うちの亀が欲しいんか?秋祭りで売っちょるぞ」
小さいおじさんは、ぱちぱちと瞬きをしてから言った。
「お前の亀に乗って、旅をしたいと思っての」
「ほ~。うちの亀さんは歩くのが遅いぞ。それに臭いんじゃ」
「ええから、早く、その亀を出しなさい」
お凛はバケツの中で首を伸ばす銭亀を見て考えた。じちん車も欲しいが、亀さんと交換するのもイヤだ。お凛は小さな体と大きな頭で考える。じちん車と亀。お凛には厳しい交換条件だったが……下を向いて答えた。
「うち・・・亀さんは、やれん」
一寸法師のおじさんは返事を聞くなり、大きな声を上げて笑う。
「ほほ~、お前は心の優しい子だ。おじさんが自転車をやろう」
「おっ本当なんか?うちは優しくて、ええ子なんじゃ。たしざんもできるんじゃ」
一寸法師のおじさんは袴の中に手を入れた。まったの辺りをモゾモゾさせ、小槌を取り出した。
「ほ~、これが・・・」
お凛の声が途中で止まる。想像した小槌とは全く違い、飾り気の無い木ヅチだった。一寸法師のおじさんは、木ヅチを見ならがらブツブツと念を込めた。
そして高々と振り上げると、お凛の背筋も伸びる。
『おっ!出るじゃ出るじゃ。赤じゃ、赤じゃ。赤いジチン車がええんじゃ』
念願のじちん車に乗れると思い全身に力が入る。しかし、いつまで背伸びをしていれば良いのか、鼻の下まで伸びてくる。
ところが
「お凛!そこで何をしとる」
突然、爺ちゃんの声が聞こえた。
「おっ!爺ちゃん。いま、ええところなんじゃ」
「何を言っておる」
お凛はピンと立てた指をさして言った。
「一寸法師じゃ、一寸法師のおじさんが、じちんしゃを出してくれるんじゃ」
孫娘は小さいおじさんを指差すが、ウシカエルしか見当たらない。
「おろっ?」
「……」
「打出の小槌でから・・・ジチン車が出てくるんじゃ」
「お凛、寝ぼけとるのか?」
「うちは寝とらん」
不思議で不思議でたまらない。見間違いや勘違いじゃない。小さい一寸法師のおじさんは、じちん車を出してくれると言ったのだ。
「お凛、自転車ならあるぞ」
「おっ!どこにあるんじゃ?」
何がどうなったのか、さっぱりわからない。しかし、お願いの叶ったお凛はキョロキョロと探し出す。爺ちゃんは孫娘の喜ぶ仕草に、ご満悦だ。赤子のように背負っていた自転車を、どっこいしょと地面に降ろした。
「あちゃ~」
お凛の口が開き、目が小さな点になる。
「爺ちゃんが、買ってくれたんか?」
「違う、拾ってきたんだ」
「また、拾ったんか」
お凛の気持が萎え、地蔵のように立ち尽くしている。あれほど欲しかった三輪車の色は茶色。使い込まれた男の子用の三輪車だった。
「爺ちゃん。これは茶色じゃ。茶って言うんじゃ。うちは赤がええんじゃ」
「お凛、贅沢を言うでない。三日でなれる」
お凛は満足できないが、爺ちゃんは一重の目を優しく細め、ハンドルに茶太郎の散歩縄を括りつけた。爺ちゃんはお凛の両脇を抱きかかえ、ヒョイとジチン車に乗せると、腕組みをしてから言った。
「よし、茶太郎。走るんだ」
「合点承知だぜ」
「ほっ?」
誰の声じゃ?
突然、姿を消した一寸法師のおじさんが、茶太郎の背中に座っている。お凛の顔を見てニコッと笑うと、茶太郎の尻に針をチョンと刺した。
これには呑気な茶太郎も、ビックリした。お凛を乗せた茶色いジチン車は、水面を跳ねる石のようにあぜ道を走る。
お凛の冬の楽しみは、茶太郎との犬ソリ。裏山のてっ辺から一気に滑り下りてくるのだ。そんな遊びが夏にできれば、急に機嫌も良くなった。
「おっ!おっ!!おもしろいの」
「もう、いっちょ!」
キャイ~ン!
一寸法師のおじさんは、ちょこちょこ茶太郎の尻を針でつつく。茶太郎には可哀想だが早い早い。茶太郎の全速力。ガタガタの砂利道で茶色いジチン車が飛び跳ねる。
お凛は短い両足を広げ、バケツに腕を通しハンドルを握っているが、頭がガックンガックン揺れた。
「あちゃチャチャちゃ、あちゃチャちゃちゃ。すんごい、ぞ」
「おっ!!」
しかし、茶太郎が痛さに耐えかねたようだ。盛り上がるあぜを飛び越え、田んぼに向って跳ねた。
「ぬおっ!」
お凛と三輪車が、見事に踏み切った。
青空に綺麗に飛び上がるお凛とじちん車、少し遅れて銭亀も回転しながら飛んでいく。
しかし、お凛は空を飛ぶ鳥じゃない。高く舞い上がったあと、そのまま田んぼに落ちた。五右衛門風呂に飛び込む音より大きな音が轟く。
お凛は頭の先から足まで、全身泥まみれになり、田んぼの中を転がった。孫娘は頭に稲をのせて言った。
「あちゃ~、ぶっ飛んだじゃ」
爺ちゃんも慌てて走って追いかけ、泥まみれの孫娘を見ると心配になった。
「お凛、大丈夫か?」
「うち、大丈夫じゃ。もう一回乗るじゃ」
おわり
