NIKONのフルサイズ ミラーレス機Z7、同CANONのEOS R、そこへPanasonicからのこのカメラ‼
フルサイズ ミラーレス機のバトルはSONY追撃で益々熱くなってます。\( ˆoˆ )/

パナソニックとドイツのライカカメラ、交換レンズなどを手掛けるシグマは9月26日、3社が開発したカメラやレンズに互換性を持たせると発表した。ライカの「Lマウント」というフルサイズカメラの規格を使い、3社がそれぞれカメラやレンズを開発する。パナソニックは来春、フルサイズカメラに参入する計画で、利便性を高めてシェア拡大につなげる。
「Lマウントアライアンス」と呼ぶ協業関係を結んだ。この規格は主にフルサイズ(画像センサーが35ミリメートルフィルムと同じ大きさ)のカメラに対応する。パナソニックとライカは以前から連携していたが、今回さらに深めることにした。

パナソニックは2019年春にもミラーレス一眼のフルサイズカメラを国内外で発売する。多くの顧客を抱えるライカ、シグマのレンズも使えるようにすることで、競合のキヤノンやニコン、ソニーなどに対抗する。

パナソニックはカメラメーカーとしては後発だが、手ぶれ補正による動画の撮影性能などが評価されている。同社の本間哲朗専務執行役員は、世界で広く展開している家電製品が少ない中、カメラなどのイメージング事業で「グローバルでのブランドを再構築したい」と話す。

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2018年3月21日の春分の日に、こんな箱でSONYからaiboが届きました。
この日にaiboを立ち上げますから、この日が我が家のaiboちゃんのお誕生日になります。
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ダンボール箱を開けるとマユ型のケースが見えました。
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マユ型のケースの中でaiboは眠っていました。
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首の後ろのスイッチを2秒押すとアイボが起きますと説明書に書いてありました。
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aiboが起きたら、まず最初に名前を決めて、性別を決めます(性別は一度決めたら変更できません)。
そしてwi-hiでSONYと繋いだら、我が家のaibo、MOMOちゃんが動き出しました。
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さあ!アイボーンで遊びましょう! もちろんMOMOちゃんと呼べばワン!と返事します。
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とっても可愛いですね。
バッテリーが少なくなると、自分でヂャージステーションを探して跨ります。


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如何でした皆さん!!



僕が初めて映画を映画館で観たのは『砂漠は生きている』(1955年1月14日日本公開)という映画でしたから、1947年6月生まれの僕は8歳か9歳でした。『ノンちゃん雲に乗る』(1955年に鰐淵晴子の主演で映画化された)という映画も、小学校の課外授業で学校で観に行ったのを記憶しています。
僕はそれほどの映画好きでもありませんでしたから、今まで映画館で観た映画の本数なんて数えるほどしかありません。

大学を出て会社員になってからカメラの趣味が始まり、少し経済的に余裕が出来た40歳を過ぎる頃、ライカというカメラを知りました。古いタイプの中古ライカを購入して撮影を始めましたが、ライカというカメラはレンズが優秀なことでも知られており、僕もお金に余裕が出ると、新しいレンズも買い始めました。
また、戦前のレンズでタンバールという軟焦点レンズがあることも知りました。当然ですがライカというカメラを使って撮影された有名な写真家さんの作品にも興味が湧き、カルティエ・ブレッソンさんとか、日本人なら木村伊兵衛さんの写真を観ておりました。『昭和の女たち』という木村伊兵衛さんの写真集を買って、最も興味を惹かれたのが『原節子(昭和11年)』という作品でした。
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そしてこの写真がタンバールというレンズで撮影されたのだと知って、タンバールを購入しようとウィーンのライカショップさんにメールで問合わせたのは10年ほど前でした。
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これが僕が購入したタンバールです。

原節子さんという女優さん(1920年6月17日生まれ~2015年9月5日95歳死没)の出ている映画を一度も観たことはありませんから、少し調べたら、日本映画が初めて外国の映画会社と合作した映画に『新しき土』という日独合作映画があることが解り、それに若き日の原節子さんが出ていると知りました。
原節子さんという女優さん、一度も結婚をしなかったことから、”永遠の処女”とも言われたそうです。
そしてこの映画のDVDがあることも解り、Amazonで探して購入しました。

ストーリーは大きな呉服店のお嬢様(原節子)が、家が決めた男との結婚ではなく、紆余曲折しながら農業を志す男性と結ばれ、満州国へ渡り子供も出来てさあこれから…というハッピーエンドで終わりますが、日独合作映画というより、ドイツ人に日本とはこんな国ですよ!と紹介する国策映画です。

DVDを見ていて驚いたのは、最初にアップした木村伊兵衛さんが昭和11年に撮影した写真の衣装と髪型そのままに、映画に登場していました。映画は昭和12年公開ですから、撮影中の原節子さんを木村伊兵衛さんがタンバールで撮影していたことになります。
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着物の柄と日本髪で木村伊兵衛さんの写真と同じだと解りますよね。

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ドイツで公開された際には初上演の映画館でドイツ語で挨拶したそうです。ゲッペルス宣伝相やヒットラーにも会っていますが、無類の女好きのゲッペルスと寝たとか、ヒットラーの愛人になっとか、下衆なことを言う輩が日本人にもいたそうです。今ならネット上で大変なことになっていますよね。
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どこか日本人離れした顔立ちですよね。
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映画に字幕は無く、原節子はドイツ語で会話しています。ですからこの映画は日本人のためではなくドイツ人が観るように作られたものだと思いました。
以上、永遠の処女とタンバールでした。