無用の混乱をさけるため、私の立場について、ご説明をしておこうと思います。
私は平和主義者で戦争に反対する者ですが、同時に、自主防衛論者でもあります。
日本は、対米従属をやめ、自分の国は自分の力で守る、自主防衛に切り替えるべきだと思っています。
ただし、この場合の「自分の力」とは、なにも軍備(武力)のことだけを指して言っているのではありません。
外交や、経済関係や、文化交流など、あらゆる手段を尽くして、近隣諸国との友好関係維持に努めていくことが、自主防衛の本当の意味だと思っています。
武力は、国の安全と独立を守る上で、重要ではありますが、結局のところ、そのための努力の一部に過ぎないと思います。
しかしまた、武力を欠いた外交的努力が時として無力なことを、人類の歴史は証明しています。
ムッソリーニ率いるイタリア王国の侵略に対し、エチオピアの皇帝ハイレセラシエ一世は、国際連盟で強く抗議しましたが、形式的な制裁決議を得ただけで、イタリアの侵略をやめさせることは出来ませんでした。
ヒトラーの領土割譲要求に対し、当時のチェコスロバキア政府は、国際社会にその非道を訴えましたが、この問題を話し合うミュンヘン会談に出席することすら許されず、英仏の対独宥和外交によって、ズデーテン地方の割譲を余儀なくされました。
あえて申し上げますが、私は戦争を憎むものですが、軍備(武力)を憎むものではありません。
戦争と軍備はイコールではありません。
軍備は、時には自国の独立や平和を守るための力となり、他国の侵略を未然に防ぐための抑止力となります。
また、武力は、時には圧制者を倒し、人民の自由や権利を勝ち取るための道具になります。
自由の国アメリカで、人民の武装する権利が憲法で保障されているのは、このためです。
軍備があるから戦争が起こるのではなく、戦争を起こす人間がいるから戦争が起こるのです。
軍備や武力はそのための道具に過ぎません。
私は日本国憲法の平和理念を尊ぶものですが、憲法が掲げる恒久平和の理想が実現するには、まだしばらく時間がかかると思っています。
第二次世界大戦以降、核兵器の登場もあって、それまでにような全面戦争(総力戦)は起こらなくなりました。
その代わりに登場した、「冷戦」も終了して、すでに20年以上が経過しています。
人類史を俯瞰すれば、世界は確実に恒久平和の方向へ向かって進んでいると思います。
しかし、それが完全に実現するまでには、今しばらく時間がかかります。
現に今現在も、軍備を大幅に増強しつつある、中国のような時代錯誤の国がまだ存在しています。
世界中の国が軍備を放棄するその日まで、少なくとも、国連安保理常任理事国、米英仏露中の五ヶ国が軍備を捨てる日までは、日本が自衛のための軍備(武力)を捨てることは難しいと思います。
それまでは、本来の憲法意志とは少し違うかもしれませんが、日本は、絶対に戦争をしない、専守防衛の武装中立を貫くべきだと思っております。
長くなりましたが、以上が私の平和主義です。