湯気のなかで | 〜力を抜いて生きていく〜

〜力を抜いて生きていく〜

51歳主婦の詩集✎
*2014年脊椎関節炎&軽症線維筋痛症発症2017年寛解
*2023年春再発→痛み広がり1度目より重い症状に。いつか今より元気になりこの宿命の答えを見つける日がくると信じ每日精一杯生きてます。様々な愛の形を詩にしています。拙い詩集ですがご覧ください✎


湯気のなかで




風が冷たい1月の午後。


着くなり

足元の湯たんぽへ

キミの手が向かう。


「手がまだ冷たいから」


そう言って、

迷いなくあたためるしぐさに

わたしはすこしだけ驚いた。


ここでの時間に

慣れたんだろうか。

 



最近おもうように

食事がとれない。


からだの真ん中が

ずんと重い。


食べたいのに、

うまくいかない。



ゆらぎのからだに

みぞおちと背中、

前と後ろから包むように

大きな手が

静かに置かれる。


ぬくもりがじんわりと伝わると
かたくなっていた滞りが
ほどけていく。
 

おもうように食べられないのに

会話はずっと食べものの話。


不思議と

「食べたい」の

感覚がもどってくる。


そのあいだも

ふたつの手は、

その場所を離れなかった。




「今日は足湯もね」


しばらくすると

囲いから湯気がのぼり
部屋の温度まで上がるよう。

わたしはゆっくり
湯の中に足先を滑らせる。

「あったかい」

笑みとともに
自然ともれた言葉。


言葉と同時に
ふくらはぎに

もうひとつの温度が添えられる。

湯とは違う、確かな温度で。



もう、

じゅうぶん

あったかいのに。


受動的なあたたかさと

能動的なぬくもり。


やさしさが染みわたるようで

呼吸がまた深くなる。


ふたつの温度が

足先から

からだ全体に広がって

内側に流れが戻った。



「おかげで今日は歩けそう」





外に出ると、

日差しを振り切るような

風の強さ。


無性にあたたかいものが

食べたくなってくる。


「じゃあ、今日はおでん。」

 

キミは絶対に
わたしの横に並ばない。
ずっと先にも歩かない。

いつも半歩前。
その“半歩”がちょうどいい。

行き先はいつもの場所。
このお店のベンチはお気に入り。


冷たい空気で際立つ湯気。

カップふたつに分けて

吹きながら食べた。


美味しい。


美味しい、

と思えることが、うれしい。



白い息とおでん。


今日は

部屋も、外も

湯気にくるまれたまま。



こんなに寒いのに

足元のぬくもりは

まだ消えていないと

一言だけつたえた。



冷たい空気の中で

安堵と白い息が

空へとまぎれていった。


※私two-miracleの綴る詩は

わたしの心の内や創作の中に
同時に存在する、いくつもの
愛のカタチを描いています。
誰かを裏切ったり
否定する意図はなく
ただ、一人の人間の記憶として
心を込めて紡いだものです。


この詩に触れた方が
それぞれの心にある愛の記憶と
静かに響き合えますように。



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