★★★8-21

 

消えかかった暖炉の炎も、一吹きの息で橙色に変わる。
やがてパチパチと心地よい音を立て、再び燃え上がる。
こんな炎はもういらない・・。
燠(おき)のように、静かに、熱く、いつまでも――

 

「何を考えているの?」
キャンディは運んできたトレイを暖炉の脇に置いた。
「ジャムとの別れを噛みしめている・・」
暖炉を炊きながら真顔でふざけた事を言うテリィに、
「それを言うならアーチーとアニーとのお別れでしょっ」
キャンディはテリィの額をチョンっと指で押した。

「アーチー嬉しそうだったわね。初めはあんなにカチコチだったのに、途中から急に弾けてダンスまでしちゃって。サインを三枚も書いてもらったのよ?」

「三枚も?」

「一つは観賞用、一つは永久保存用、一つは万が一の為の予備とか言ってたけど、たぶん―」

「兄貴用、かな?」

テリィとキャンディは絶対そうだと確信したように、同時に顔を見合わせた。

「ね、帰り際アーチーとこそこそ何を話していたの?」
「・・・夢の話」
「夢?」
「君の言った通り、アーチーの夢は空から平和菌をばら撒くことだって。元々ステアの夢だったらしいね。キャンディの夢は何だっけ?ポニーの丘に俺と立つこと?俺と暮らす事?なんだ、どっちも叶ってるな。叶えたのは俺だ」
ふふん、と得意そうにテリィは口角を上げた。
「・・やっと最近ね。あなたの夢、当ててあげる!自分のお芝居をイギリス中の人に観てもらうこと!」
「・・・正解。何度も言っているから当てて当然だろ」
「もう一つ、あのアパートで私と過ごす事!あら?叶えたのは私ね。しかもつい数日前」
得意満々に言うキャンディの上に向いた鼻を、テリィは軽く小突いた。
「・・スザナにも夢があったんだ。何年か前に、よく俺に話してた」
「・・えっ――」
キャンディは一瞬緊張感を覚えたが、テリィの穏やかな顔を見て分かった。
お嫁さんになりたいとか、赤ちゃんが欲しいとか、そういう夢じゃなさそうだと。
「スザナが書いた戯曲は、小さな劇場だけど幾つか上演されたんだ。・・いつか俺にも演じて欲しいって、一緒に舞台を作りたいってよく言っていた。結局忙しくて叶わなかったけど」
「それなら、今からでも叶えられるんじゃない?あなたなら――」
思いもしなかったキャンディの返答にテリィはハッとした。
「俺が―・・?」
「シェークスピアは没後三百年たった今でも演じられているわ。戯曲に寿命なんてないもの。共同制作、きっと今からでも出来るはずよ。テリィはステアの造った幸せになり器を直してくれたでしょ?・・私には、あの時―・・テリィが直したオルゴールの音色を聴いた時、やっと完成したって思えたわ」
「・・そうか――・・そうかもな」


「・・『ナイトとイヴ』少し読んだわ。あの物語に登場するナイトって、テリィじゃないかしら」
キャンディは去年二階のテリィの部屋で目にしたファイルを思い出していた。

興味本位で表紙を捲ったものの、見てはいけないものを見てしまった衝動にかられ、直ぐに閉じてしまったスザナの戯曲。
「――あれは・・」
うつろな目をするテリィを見て、余計なことに触れたのかもしれない、とキャンディが思った時、テリィはぽつりと言った。
「――亡くなってから見つかったんだ。スザナが最初に書いた戯曲らしい。・・・ほんの数ページ読んだだけで胸が詰まって・・・まだ読めていない」


 ――この物語を私の愛するテリュース・グレアムに捧げる

おそらく二人は同じ言葉を思い浮かべたに違いない。
少しの沈黙が流れた時
、薪がはぜる音がした。
「・・・読まなきゃ、芝居は出来ないよな・・」
「そうよ。一生読めないと思っていても、ふいに読める時は訪れるものよ。私の日記のようにね」
「・・いつ、読んだんだ?」
「――朝に」
「・・・朝・・・?」
「そうよ・・、お寝坊なテリュース」
「・・・そうか」

二人にしか分からない”その朝”――
照れくさそうに微笑むキャンディの言葉を噛みしめながら、テリィはおもむろに言った。
「――キャンディは、もう一人の三銃士の夢、知っていたか?」
「・・アンソニーの?・・知らないわ」
アンソニーに夢があったなんて考えた事もない。キャンディは少し動揺した。
「さっき、アーチーから聞いたんだ。それで―・・どうしようか、考えていた」
「どんな夢なの?・・何故テリィが考えるの?」
「俺にアンソニーの話をさせる気か?」
急に素っ気なくなるテリィにキャンディはムッとする。
「あなたが持ち出した話じゃない。アンソニーに嫉妬する時代はとっくに終わったって、啖呵を切っていたのは誰だったかしら?話す気が無いならいいわ」
キャンディはトレイの上に置いてあった串にマシュマロをブスっと刺し、暖炉であぶり始めた。
「・・なんだよ、新手の嫌がらせか?」
「愛情表現よ。焼くと香ばしくておいしくなるの」
キャンディは無表情で言葉を返し、焼き色がついたマシュマロをマグカップへ落とした。
買ったばかりのお揃いのマグカップにはTとCの文字。甘い香りが上がっている。
「ココアと最高に相性がいいの。愛は甘い方がいいでしょ?ふふっ・・」
キャンディは不気味に笑いながら、青い
カップをテリィに渡した。
「おそろしく甘そうだな・・」
甘い物が苦手なテリィは渋い顔をしている。
「ココアってあなたに似ているのよね。一見コーヒーのように苦そうなのに実は甘いの。どうぞ」
「・・甘いのはキャンディだけで十分だけどね」
呆れる様に言いながらカップを口に運ぶと、瞬間、口の中でマシュマロがシュワー・・と溶けた。
「・・・ん?・・消えた・・?」
不思議な食感に、テリィは少し驚いたようにカップを見つめる。
「ね、おいしいでしょ?」
そう言いながらキャンディもマシュマロ入りココアを口にする。
「・・俺がココアなら、君はこの白いマシュマロだな。ひたすら甘くて柔らかい。俺の中に溶けていく。・・もしかして、また俺を誘ってる?キスで気絶したい?」
どぎつい言葉に、思わずキャンディがゲホゲホとむせ込むと、
「自分の作った新種のばらを、人々の祝福の場に届けたい―・・それが彼の夢だったそうだ」
テリィが不意に言った。
「・・え・・?」
キャンディの体が一瞬止まる。
「彼は品種の交配に熱心で、何度も失敗を繰り返していた。アンソニーはキャンディに贈る為に新種のばらを作っていたわけじゃない。それが幼いころからの夢だったからだ」
「・・そうね、そうだと思うわ」
「夢の第一歩を叶えたアンソニーは、ばらに君の名前をつけて贈った。今度はキャンディと一緒に夢を見る為に・・そう感じる。本宅の裏庭とポニーの家と何軒かの庭先を彩っているだけで、彼の夢は叶ったと言えるだろうか。その夢をもっと現実的なものにできるんじゃないか・・、そう思わないか?」
意外なことを言い出したテリィにキャンディはきょとんとする
「どうやって・・?」
「知りたければ、ここに濃厚な奴を一つ」
テリィは自分の唇を親指で指差した。
「今はダメ。私にはこれからやらなくちゃいけない大事なことがあるの。それが済んでからよ!」
拒否されたテリィは面白くない。
「大事なことね・・。俺より夕飯の支度の方が優先順位が上らしいよ、テリュース・グレアム」
ココアに向かって話しかけている。
「もう、直ぐふざけるんだから!いいから早くあなたの計画を教えてよ・・!」
「その前に濃厚な奴を―」
「その前に食事の支度よ!」

 

 

 

8-21 夢


©いがらしゆみこ・水木杏子

※画像をお借りしました。

 

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ワンポイントアドバイス

 

スザナの戯曲は2章㉑「テリィの部屋」の回に載っています。

復習されたい方はどうぞ。

 

「その朝」がいつの朝か分からない方へ

・・・・・

(//▽//)・・・分かって下さいっ

日記が手元にある環境で、テリィの方が遅く起きてきた朝です。

お寝坊なテリュース』がヒントです。

 

 

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