★★★8-15
「く~っ、かっこいいねぇ。何をしゃべっても芝居のセリフにしか聞こえんよ」
「しかし、本音を言ってたよな?十年以上だんまりを決め込んでいた人物とは思えないぐらい」
踊り場で待たされていた記者たちは井戸端会議を始めた。
「ああ、惚れ込んでいるのは伝わったよ。財産目当ての線は消えたな。そもそもテリュースの実家もかなりの資産家なんだろ?」
「どうかね、貴族って言ってもピンからキリまで。落ちぶれた貴族だっているそうじゃないか?」
記者の一人がそう言った時、さきほどの女性記者が毅然とした態度で言い返した。
「あなた方は、あの指輪の紋章が目に入らなかったのですか!?グランチェスター公爵家はイングランド貴族の中でも一、二を争うほどの家柄なんですよ!財産目当てという言葉は、むしろアードレー家に対して使いたいぐらいですっ」
「グラん・・?なんだ、そりゃ?君は・・?見かけない顔だね」
男性記者達の視線が、その女性に一斉に注がれた。
「・・申し遅れましたが、私はロンドンの新聞社の特派員テイコと申します」
「ロンドンの新聞社!?じゃ、学生時代の二人について、何か情報を持っているかい!?旧友を名乗る人物が『駆け落ちが噂されるほどの仲だった』と証言しているんだ。それは事実か?その友人ってのが、どうも怪しいんだよ、誰ともわからん」
学生時代のエピソードなど、ニューヨークの記者たちが仕入れられるはずもない。
記者たちは少しでも情報が欲しいと、一斉に女性記者に注目する。
「事実です。当時の在校生で知らない者はいないでしょう。学院にも取材しましたし、本人も認めていたとRSCの役者仲間からも裏付けが取れています」
その場にいた記者達は一斉にどよめき立った。
「ただし、駆け落ちという表現は語弊があると思います。お二人は恋愛がままならない環境から逃避行しただけで、実家を放棄した訳ではないのでしょう。キャンディさんは帰国後すぐに看護学校に、テリィさんも劇団に入って役者の勉強を始めています。早く自立したいと必死だったのでしょう」
「・・テイコさん、随分詳しいね。なるほど、結婚を視野に入れてまずは手に職を。・・なんか健気だな」
記者達はコクコクと頷いた。
「どうかね~?上流階級の娘の、腰かけ程度の職だろ?本当に看護婦の資格を持っているのか、怪しいもんだ」
不信感を露わにする記者の言葉が耳に障ったのか、先ほどから記者達の様子をドアの隙間から伺っていた管理人のナナおばさんがホールへ出て来た。
「――キャンディが看護婦かどうかって?あんたたち、そんな事も知らないのかい?」
「あなたはご存知なのですか?」
記者達は取材させてもらおうと、思わずペンを舐める。
「テリュースの世話をする為に、看護婦を志したような事を言ってたよ。私も昨日助けて貰った」

針仕事だが―
「おおっっ!!」

地響きのような低いどよめきがその場に響いた。

「テリュースが病弱だったとは・・・」

「そう言えば休業していた時期があったな、一年ぐらいだったか。あれは療養中だったのか?」

「ロミオの舞台が崩れたのは、体調不良によるものか・・」

細かいことを気にしないおばさんの発言が発端となり、話があらぬ方向へ行き始めたが、そんな事さえおばさんは気にしない。
「大声を出すんじゃないよ、他の住人もいるんだから。・・お嬢様かどうかなんて知らないが、庶民的な感覚の持ち主だよ。小銭でも大切にしなきゃダメだって、この私が諭されたんだ。よくできた子だよ」
「へえ~・・」
記者たちは一様に感心している。
すると先ほどの女性記者が「この女性で間違いないですか?」と一枚の写真をおばさんに見せた。
それは勤務中のキャンディを撮った写真だった。
「ああ、この子だ。かわいいね、葉っぱで遊んでいるのかね。ふふ・・本当にいい子だよ」
目を細めて見ているおばさんとは対照的に、記者たちは眼球が飛び出さんばかりに刮目した。
「うわっ、何てかわいいんだっ!しかもどこかコミカル。スザナとは全然タイプが違うぞ」
「本当に看護婦なんだな、白衣がすごく似合ってる」
「テリュースはこういう子が好みなのか。・・でも分かる気がする。この自然な笑顔は癒されるな」
普段の姿だけにその人となりがよく現れている写真だと、記者達は額を擦り合わせて見入っている。
「前髪のピンがキュートだ。もしや例の寝癖か?そう思うとお茶目だな」
「首に包帯を巻いている・・けがをしても勤務を。どれだけ仕事熱心なんだ」
「あのテリュースをズバッと不良呼ばわりするぐらいだ、度胸があるんだろう」
たった一枚の写真で内面まで評価し始めた時、記者の一人が女性記者に質問した。
「君、どこでこの写真を入手したんだい?勤務先に潜入したのかい?」
「・・RSCの俳優さんから預かったんです。これがあればテリィさんを脅せ・・、いえ、取材に協力してくれるはずだと。その俳優さんはキャンディさんに何度も危機を救ってもらったと言っていました。彼女はとても優秀な看護婦のようです」
この女性記者テイコは有能ではあったが、聞いたことを自分なりに咀嚼する能力に長け過ぎていた。
その俳優――・・ジャスティンがキャンディに救ってもらった危機は、暴漢を突きとばした事と倒れてくる大道具を避ける為に突きとばされた事であり、看護婦の技量とは全く関係ない。
「・・こんな白衣の天使に命を助けてもらって介抱されたら、俺、秒で惚れるな」
男性記者のよこしまな発言が女性記者の耳に障った。
崇高な看護婦の仕事を、色目フィルターで見て欲しくないという思いから、若干むきになって言った。
「”天使とは美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者の為に戦う者である” これは偉大なフローレンス・ナイチンゲールの言葉ですが、キャンディさんの座右の銘でもあると、その俳優は言っていました。キャンディさんはご自身の職業に強い使命感をお持ちなのです。働く女性の鑑です!大陸レベルのイケメンですっ!!」
あまりの熱弁に記者達は猫が首根っこを掴まれたようになり、若干混じった意味不明な言葉など記憶に残らない。
「――奉仕の精神に満ちた女性だという事はよく分かったよ。スザナの怪我に配慮して結婚を見送ったって話は、あながち嘘じゃないのかもな。・・だが今一つスザナとテリュースの関係が分からん。いくら自分のせいで大怪我をしたからって、一緒に住むか?二股を掛けていたってことは無いか?」
一人の記者が周りに問いかける様に言った時、
「介護に協力していたのなら、あり得るんじゃないんですか?キャンディさんが看護婦として手伝っていたとか。彼女は外科の看護婦、その道のプロですからっ」
女性記者の鋭い一言に、その記者はギクッとした。
「・・そういやぁ、マーロウ家には何人か医療従事者が住み込んでいたなぁ・・その中に彼女もいた?」

「テリュースも持病があったようだし・・・」
新たな仮説に記者達がざわざわし始めた時、十年以上テリュースを追っている記者が反論した。
「いや、しかしスザナとの恋の噂は事故の前からあったぞっ」
「劇の宣伝じゃないんですか?当時の演目、ロミオとジュリエットでしたよね」
またしても女性記者の鋭い返しに、記者たちは鼻っ柱をへし折られたように黙ってしまった。

「――スザナって、テリュースと噂になったあの女優のことかい・・?あの女は全くひどいよっ」
スザナと聞いて黙っていられなくなったのか、ナナおばさんは顔をしかめた。
「―・・スザナも知っていらっしゃるんですか?」
記者達は再びおばさんに注目する。
「あの女はテリュースの恋路を散々邪魔していたのさ。少し美人だからって、素行が悪すぎる。あたしゃ何度も心の中でキー!!って唱えたね。テリュースは迷惑していたみたいだよ。キャンディを森に隠したのも、きっとそのせいだろうよ」
「森に隠す?どういうことです??」
「さぁね、とにかく昨日そう言ってたよ。実家もキャンディにしか教えなかったみたいだし、キャンディ一筋だったことは、あの部屋を見れば分かるよ。何であんな女と噂が流れたんだか、さっぱり理解できない。取材が済んだら出てっておくれ。これじゃ他の住人が外出することもできないだろ」
ナナおばさんは言いたい事だけ言うと、寒さを感じて自分の部屋に戻ってしまった。

踊り場に残された記者達は、少し頭が混乱していた。
「・・部屋中に彼女の写真が飾ってあるとか・・?」
「つまりなんだ・・?もしかしてスザナの一方的な片思い?・・俺達は今まで全くお門違いの記事を書き続けていたってことか?」
「スザナさんとの噂を、隠れ蓑に利用したんじゃないですかね。森とはマーロウ家かもしれませんよ」
女性記者の発言に、記者達は足元をすくわれるような感覚に陥った。
「そうか・・、そうかもな・・。だからテリュースは否定も肯定も一切しなかったのか・・!相手はアードレー家のご息女だもんな、あらゆる手段を駆使して彼女を隠し守ったのか、やられた~」
単なるピエロだったのかと気付いた記者たちは、錯綜した情報をまとめようとペンを握り直した。
「・・つまり先日のシカゴの新聞社の記事は、概ね正しいようだな。二人は学生時代に知り合い、学業より恋を優先しアメリカへ渡った。しがらみがなくなった今、渡英を機に愛を成就させた。これでいいな?」
「えーと、そんな慈愛に満ちた白衣の天使は、髪が寝ぐせだらけで、足がペッタンコ。・・ってテリュースは言ってたよな?そこが好きだって。あ?寝ぐせは短所だったか?」
「つまり、頭のてっぺんからつま先まで全てが好きだと言ったんです!」
紅一点の女性記者の感性でまとめられると、説得力が増すようだ。
「――そうだったか?」

「・・そういうことかもしれない」
記者たちは何となく流された。
「・・彼女と今まで結婚しなかったのは、身代わりで後遺症が残ってしまったスザナに配慮したから。二人の総意で決めたってことだったよな?」
「違いますよ!テリィさんは結婚したかったと言っていました!」
「・・言ったか・・?」
「何を聞いていたのですっ!『僕が何と言おうと彼女は常にスザナの味方だった』っと言ってたじゃないですか」
「それ、そういう意味か?」
「そうですよ!だから劇団の都合でイギリスへ渡る事になった時、アードレー家の門番の目を盗んでまでも屋敷に侵入して彼女にプロポーズしたんです!」
「門番・・?門番が言ったのは、テリュースは何時間も門の前で待ち続けたって・・」
「待ち続けて?帰った、とは言ってませんよね。秘書を差し置いて門番が発言したその心は、門番は重要な何かを知り得た立場にあったという事です。つまり、門破り!まさに現代のロミオとジュリエットです!ロンドンの新聞は数か月前にこぞって二人の事をそう報じています」
女性記者のあまりの力説に、その場にいた記者たちは催眠術にかかったように誘導された。

「・・・しかしテリュース、やけに遅いな・・」
一人の記者が懐中時計を見ながらつぶやいた時、女性記者はハッとし一気に青ざめた。
「・・・逃げられた・・かもしれません」
「逃げる・・?テリュースの部屋は三階だぞ!?」
「いえ、お二人は抜け出すことに長けていたと・・シスター・マーガレットが言っていました―」
学院に取材に行った時の事を思い出しながら三階まで駆け上がった女性記者は、ドアの隙間からわずかに漏れてくる真冬の冷気と共に、一枚のメモがドアの下に挟まっていることに気が付いた。


 今朝は妻の寝癖が一段とひどいので、撮影はまた次の機会に。ごきげんよう。
 テリュース・グレアム
 

                                        

8-15   女性記者

 

次へ左矢印左矢印

 

。。。。。。。。。。。。。。。

ワンポイントアドバイス

 

セントポール学院出身の女性記者テイコについて

女性記者はジャスティンの旧友の編集者と同じ職場です。5章⑩「編集者」参照

キャンディの写真はジャスティン経由で入手し、テリィに渡すつもりで持っていました。

女性記者テイコの父親は東洋人、という設定です。

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村