★★★8-14
「テリュースさん、ご結婚おめでとうございます!一言お気持ちをお聞かせください!」
今日のテリィは当然逃げない。
「ありがとうございます。管理人の許可を取りましたので、どうぞ中へ―」
浮足立っている記者連中を綿あめ製造機のごとく絡め取る様に徐々に後退し、アパートの踊り場へ招き入れる。
喜色満面のテリュース・グレアムを前に、記者たちは一様に目を丸くした。
箸にも棒にも掛らないような態度を取り続けてきた人物とは思えないほどの対応の良さ。
さすがにハレのネタは違うようだと感じた記者たちは、慌てて次の質問を投げかける。
「お二人はいつどこで知り合ったのですか!?お付き合いはいつからですか!?」
「イギリスで既に報道されている通りです。俳優としてデビューする前、ロンドンの学校で」
「・・では去年知り合ったという報道は―」
「僕が去年まで学生だったと言うなら事実でしょうね」
あまりの堂々とした言い分に、どうやら事前の情報は本当のようだと記者たちは悟った。
「奥様のことを、何と呼んでいらっしゃるのですか?」
(ターザンそばかす)
「名前で。Sをつけずに」
「キャンディ、ですか!?かわいいですねっ」
「・・・どうも」
(気やすく呼ぶなっ)
「――名前じゃないですけどね、かわいいのは」

つい声に出てしまった心の声。
・・・・・――あれ?・・・俺、今何て言った?
(のろけたのか?)

テリィがそう気付くよりもっと早く、記者達はそう思った。
あの鉄仮面のテリュース・グレアムがのろけた!
上昇気流に乗ったように感じた記者達の勢いは加速する。
「ど、どんなところがかわいいですか!惹かれたのはどこですか、どんな女性ですか!?」
本来なら答える自分ではない。しかし今日は時間を稼ぐ必要があった。
「・・太陽の光を、全身に浴びて育ったような、女性です・・―」
抽象的なテリィの答えに記者たちは困惑し、その意味を問い質す。
「・・自然体の、明るい女性、という事ですか?例えばそれは?」
「例えば―」
こんな事を人前でしゃべる事など、この先絶対ないなと思いながら、テリィは表情を緩めた。
「・・泣き虫なのにコロコロとよく笑い、そばかすだらけの鼻が忙しそうに動いて・・。髪が寝癖だらけでも大して気にもせず、裸足で跳んだり跳ねたり・・。・・あのペタンコな小さな足で、大地を蹴り、枝を掴み、決して平たんではなかった道を歩んで来たのかと思うと・・素足さえ愛しくて・・」 
具体的かつ矢継ぎ早に答えるテリィに、記者たちのペンは追い付かない。
頭に浮かんだことをポンポンと並べるような話し方は、普段芝居のインタビューで理路整然とした話し方をしてきたテリュース・グレアムとは明らかに異なっていた。
予め用意したセリフではない、まさに肉声だと記者たちは感じた。
その記者たちの反応をみて、逆にテリィの方が戸惑った。
(正直すぎたか・・?でもここは嘘をつく必要もないよな。しかし俺としたことが脈絡のない発言だ・・。もう少し簡潔に答えないと―・・キャンディ、そろそろ脱出したかな)
「素足で大地を・・?キャンディスさんはお嬢様ですよね?・・枝を掴むとは・・?」
今一つ、テリィの言葉が理解できなかった記者の一人がききかえした。
「お嬢様・・?」
(いや、あれはモンキーだ)
テリィは心の中で即答したが、これは正直に答えない方がいいだろう。
「男にとって、好きになった女性はみんなお姫様ですよね?」
自分で言って、笑いそうになる。
(ちょっとキザだったかな・・・)
囲み取材に答えるのは、テリィにとって初めての経験だ。さじ加減が難しい。
「では一番好きなところはどこですか?あなたの理想の条件にピッタリ合ったところは」
「そうですね、彼女は僕の理想の――・・っ!・・プっ、、っ―」
思わずテリィは吹き出してしまった。
(理想がキャンディだと言うなら、俺の理想って何だよ、サルか?)
「何かおかしいですか?」
「あ、いや、失礼―・・条件を気にするのは、貴族の年寄だけだと思ったもので。だってそうでしょ、恋は不可抗力で突然落ちるものだ。落ちるのに条件とか考えている暇があります?ま、全て重力のせいにするつもりはありませんが」
可笑しそうに答えるテリィを見て、その記者は当惑し、それならこの質問はどうだ、と次を繰り出す。
「キャンディスさんは、あなたのどんなところが好きだと?」
「ええ、それはもちろん――(世の中で一番いい男、、、・・・ぁあ?)」
テリィは全力でメモリーファイルを探したが、そんなセリフは見つからない。
そもそも好きだという気持ちさえ、罰ゲームで言わせているような自分たちが、お互いの好きなところなど、具体的に言い合った事があるのか・・?
思いっきり眉を寄せているテリィを見て、記者は更に慌てた。
「あ、いえっ、あなたのような方に無味乾燥な質問だとは思いますが、敢えて―」
テリィの頭の中で唯一ヒットしたのは、
「・・ばらづくりが上手で、強くてたくましい―」
アンソニーの好きなところだった。
「―ーと、・・昔好きだった相手の事は聞きましたが、僕に関しては・・不良、プレイボーイ、へそ曲がり、やきもち焼き、自意識過剰・・・そんなところじゃないですか」
それは明らかに短所と呼ばれる部類に入ると誰もが思ったが、
Love is blindあばたもえくぼ)、という言葉もあるように、相手の欠点さえ好き、という人も世の中にはいるだろう。

記者達はその場の重力が一気に重くなったことを感じつつも、気丈に次の質問を投げかけた。
「そ、それなら、あたなは?キャンディスさんの欠点―・・いえ、直してほしいところは?」
記者は好きな所だけでなく、嫌いな所も聞きたいらしい。
くだらない質問だな、さっきから質問がくだらな過ぎるっ、とテリィが思った時
「・・・ちょっと、そんな質問失礼じゃないですかっ」
テリィの心の声を代弁したかのように、一人の女性記者が声を上げた。
一瞬その場に電流でも走ったかのように、ピリッとする。
「あれ・・?君・・」
テリィはこの記者に見覚えがあった。一度RSCで取材を受けた事があったからだ。
(確か・・この子は―・・)
片端から記者の顔を覚えているわけではないが、その記者を記憶していたのには理由があった。
その理由を思い出したテリィは、双方の記者を立てる様に言った。
「彼女は非の打ちどころもない才色兼備なので、と言えないのが残念です。・・直して欲しいところ、ありますよ」
そう、テリィにはキャンディの決定的な欠点が一つだけ思い浮かんでいた。
無意識に男を虜にしてしまう、生来の何か―・・だ。
アンソニー、アーチー、ステアの三銃士はもちろん、あのニールでさえ落ちた。ある意味アルバートさんもそうだろう。ジミィは一旦脇に置くとして、白衣姿にやられたジャスティン、アルフレッドなんか会った事すらないはずなのに―・・
(そもそも一番の犠牲者は俺だ。昨夜だって―)


それは日没を迎える頃だった。
墓参りと簡単な買い出しを済ませ、食事に出かけようとキャンディに声を掛けた時
「このシーツ、家のシーツと同じ香りがする・・フフ・・テリィの香りね」
はたいたシーツを片手にキャンディはベッドメイキングをしていた。
「―・・ね、テリィ聞いていい?」
「何?」
「・・さっきの話、順番を守りたかったって―・・だからあんなに慌てて私と結婚式を?・・神様の許しを貰わないとやっぱり不安だったの?」
テリィはベッドサイドに腰掛けると、フッと笑った。
「スザナには確かにそう思ったけど、今考えると単なる言い訳だな。俺は暗に分かっていたんだ、スザナとの結婚は正しくないって。だから判断を神に委ねた。現に君の時は全く思わなかったよ。心が結ばれているなら、体のタイミングなんて関係ないって」
キャンディは目を真ん丸にした。
「な、なっ、・・何よ、それ!で、でもっ、あなたはきちんと順番を―」
「ああ、それは、・・だからアルバートさんにシカゴで釘を刺されたんだ。ポニーの家は教会で、キャンディはシスターに準ずる存在だって」
「・・・――アルバートさん・・!!」
キャンディは頭を抱えた。
「母さんだって出航前に念を押していた。俺にウエディングドレスを預けながら、『ドレスが白い理由は分かっているわね』って。分かっていると返事をしたつもりだけど、『母さんにそんなこと言う資格があるのかよ』って顔でもしていたんだろうな。翌日寝室が四つもあるスウィートルームに予約を変更されたわけだから、・・従うしかないだろ」
キャンディはシーツを握り締めながら真っ赤になった。
「二人とも結婚自体には反対していないようだったし、俺の心はとっくに決まっていたから、ドレスを渡された時点で入国と同時に挙式するって台本ができた。ストラスフォードに着いたら、時間が取れないのは分かっていたからね。我ながら隙のない作戦だった。寺院に連絡を取ってくれたクッキーには感謝してる」
それを聞いてキャンディは言葉を失った。
「・・・もう~。はずかしい・・・」
キャンディは倒れる様に横になり、白いシーツを頭まですっぽりかぶってしまった。
「・・・キャンディ、そろそろ外食に」
ゆっくりとシーツをめくった時には、キャンディは眠りに落ちていた。
一生分泣きはらしたような赤い瞼を見ていると、起こすような無粋なマネはとても出来ない。
仕方なくテリィは外出を諦め、灯りのつけられない部屋で独り長い夜を過ごすことになった。




「しかし寒いな・・」
夜半過ぎ、手元のカンテラの灯りを頼りに本を読んでいたテリィは、雪まじりの雨音に気付くと、起きているのも限界に感じた。
体を温めようと秘蔵のブランデーを口にする。直ぐに体が熱くなり、同時に睡魔が襲ってきた。
小さなベッドを占領するように、キャンディが身体をくの字にして熟睡している。
あくびをしながらベッドの隙間にもぐりこむ。枕は一つ。
「・・狭い・・」
しっかりとキャンディを抱きしめていないと、どちらかが落ちそうで寝返りも難しそうだ。
(・・抱きしめて寝るってこういうことじゃないよな・・)
一瞬だけ恨んだものの、列車泊した昨晩の疲れも手伝い、直ぐに深い眠りに落ちた。

明け方―・・寒さと物音で目が覚めると、
「・・あ・・起こしちゃった?」
不意にキャンディが枕元にやってきた。
バスタオルで体を包み、髪が濡れている。
「・・・シャワー浴びたのか?・・風邪をひく、早く着ろ―」
「・・昨夜はごめんね。ゆるして・・」
キャンディのみずみずしい唇がふんわりと頬に触れた。石鹸のいい香り―
「・・何がだ・・?」
これは夢か・・?頭が回らない。
「・・先に寝ちゃって―」
「・・いつものことだ・・。まだ朝じゃない。――こいよ・・」
キャンディをグイッと引き込んだ。
アルコールが強すぎたのか、金縛りにあったように―・・いや、その逆だ。
体は動くのに、頭だけがぼんやりと霧に包まれているように散漫だ。
「・・いまから・・?」
戸惑うようなキャンディの声を聞きながら、いつものようにキャンディを抱きしめる。
「・・寒い、キャンディ・・」
自分の手が、絹のようなキャンディの素肌を捕え、体温が直に伝わってくるのが分かった。
「・・もう、・・仕方がない人ね・・。・・・愛して・・あげる・・―」
キャンディが愛撫している感触が伝わってくる。
(・・キャンディは何て言った?・・愛してる?・・これは夢か、どっちだ?・・明るい・・朝か―)
 ――好きよ・・テリィ・・大好き・・。
耳元に届く、鈴が転がるようなキャンディのささやき―
 ――あなたは、そのまま・・・・―
体の上に感じるわずかな重み。
「・・あ・・テリィ―・・まだ・・」
官能的な声に思わず反応し瞼を開くと、朝陽に照らされた滑らかな乳白色の肌が、まるでマザーオブパールの貝のように艶やかな七色に染まっていた。
とてもきれいで―・・それに触れたくなった俺は、体を起こし―・・

「おはよう、あなた」
次に気が付いた時には、そう言われた。
その白い肌を・・・俺は、どうした―?


( あれは何だ・・?半殺しの刑か?)
テリィはつい歯ぎしりをしそうになったが「テリュースさん?どうされましたか?」
記者の言葉で我に戻り「いえっ、すみません。あまりに・・直してほしくて―」と咄嗟に返した。
(・・体を起こしたところまでは何となく覚えてるな・・。どういう体勢だ・・?)


 ――ベットボードに体をもたげて 口だって動いてたわ


「くち・・?」
途端、今朝のビジョンが生々しく頭に浮かんだテリィは、パッと背中を向けた。
乳飲み子のようにキャンディの胸を求め、一方的な快感に襲われた後、パタリと果てた―
(まな板の上の鯉・・・さばかれたのは・・俺?・・――っっっあの小悪魔!)
「直して欲しいのは“口”ですか?それはつまり、彼女はおしゃべりだと?」
「あっ、いえっ、、おしゃべりには・・違いありませんが―・・直して欲しいのは、そこではなく―」
思わず額に手を当てながら記者の方に向き直ったテリィは、「――ね・・ぐせ・・」と、一言漏らした。
脱力しているような言い方に、プッと記者達は失笑する。
テリュース・グレアムとはこんなに柔和な人物だったのか。
メッキが剥がれたように素の顔を見せるテリィに、記者たちの親近感は一気に増していく。
その一方で、テリィの疲労はインタビューとは関係ないところで限界に来ていた。
「・・すみません、この後予定がありますので、そろそろ最後の質問に―」
テリィが言いかけた時、和やか空気を一瞬で入れ替えるような質問が飛んだ。
「あなたにとって、スザナさんはどういう存在だったのですか?スザナさんに対して、どのようなお気持ちをお持ちだったのですか!?」
先ほどの女性記者が真剣な眼差しを向けている。
唐突で意地悪な質問のようにも思えるが、避けては通れない話題なのは誰もが分かっていた。
テリィは放たれた一矢に報いようと、スッと襟元を正した。
「・・僕たちは、今でもスザナを愛しています」
毅然とした言葉に一瞬その場が鎮まった。
「きっと誰よりも、スザナが祝福してくれているはずです」
今はそう感じていた。
昨日キャンディに諭されなければ、きっと言えなかった言葉だ。
一点の曇りもない堂々としたテリィの口調に、取り囲んでいた記者たちは圧倒された。
「キャンディさんはスザナさんとお知り合いだったのですか?」
「彼女はスザナの一番の理解者です。いかなる時も、常にスザナ側にいました。僕が何と言おうと」

 

 ――スザナを大切にしてあげてね 

スザナとテリィの幸せをずっと祈ってた。ここで・・

スザナがかわいそうだわ。有ったことを無かったことにされて 

あなたの幸せを願う言葉を口にしたスザナの・・・スザナの最後の愛だわ・・!

嘘ではない。まぎれもなく事実だとテリィは感じていた。
「――確か先日の記事に、体を患ったスザナさんに配慮して、お二人は結婚を見送ったと載っていましたが、それはあなたの本意ではなかった、という事ですか?」
「・・二人で決めた事です。本意だろうと無かろうと関係ありません。結婚という形が叶わなくても、僕の想いは何も変わらない・・――未熟な僕には、そう達観できるまで少し時間が掛かりましたが」
真実の言葉には、説得力があったのだろう。
後追いすることに意味はないと悟ったように、女性記者だけでなく他の記者達も、もうスザナの名前を出すことはなかった。


潮が引くような空気を感じたテリィは、最後とばかりにスッと背筋を伸ばした。
「――皆様には僕が何も語らなかったことで、多くの想像力を使わせてしまいました。少しでも貴社の売り上に貢献できたのでしたらお許しください。・・僕の愛は、シェークスピアのように・・声を上げて皆様に語ることではないと思っています―・・今日限りとさせてください。今後は妻の耳元だけに―」
テリィが深々と頭を下げた時、記者たちは石膏のように固まってしまった。
今後一切答えるつもりはない、という主張が記者の中にビンビン響き、同時にシェークスピアではないと語るテリィの口調は、まさにシェークスピアだったからだ。

「・・キャ、キャンディスさんは今・・どこに?このアパートにいたりします?」
テリィにとって待ちに待った質問がようやく上がった。テリィは満面の笑みを浮かべ
「居ますよ。呼んできましょうか?」
部屋の方を指さした。
記者達は驚いて耳を疑ったが、直ぐに前のめりになった。
「是非ともお願いします!ツーショットの写真を撮らせてください!」
「―・・では、ここで待っていてもらえますか?・・外は寒いですから―。・・少し支度に時間が掛るかもしれません。寝癖も直さないとね」
テリィは足早にアパートの階段を上って行くと、部屋のドアを開けながら一言発した。
「キャンディ、ちょっといいかな―」
バタンと閉め、続いてガチャッと鍵を掛ける。
とたんスーツの上着を脱ぎすて、帽子とマフラーで変装完了。
キャンディお手製のシーツロープが既に窓の外に垂れ下がっている。
案の定、記者は誰一人として路地には残っていない。あっという間に脱出成功。
「じゃあな、一生分のインタビューに答えたぜ」
高笑いをしながら、テリィは表通りへ走っていった。

 

 

8-14 インタビュー

 

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