★★★7-11
「のどが渇いちゃった。次の列車まで時間もあるし、この町を少し散策しない?」
キャンディの提案で、行きずりの町に降りてみることにした。大きくも小さくもない町。
二人とも声には出さなかったが、その町はロックスタウンにどことなく似ていた。

「ん~、しあわせ・・・」
「さっき喉が渇いたって言ってなかったか?この寒さの中でよくそんなものが食えるな」
アイスクリームを頬張るキャンディに、テリィはあきれ眼だ。
「テリィも食べる?間接キッスできるわよ?」
「冗談。君とそんなことをするぐらいなら、もう一つ買うさ」
テリィはそっぽを向いて、ホットドッグと何が違うのよ、という反撃を期待しながらトランクケースをガラガラと引きずって歩き出した。
「そこの旦那、かわいい奥さんに花束なんてどうだい?」
露店の花売りがテリィに声を掛けてきた。
「だんな?」
怪訝そうなテリィの顔を見て、キャンディが得意げに言った。
「露天商はお客さんをそう呼ぶのよ。私も十五才で奥さんって呼ばれた時は、戸惑ったわ」
「ふ~ん奥さんね。ま、実際そうなんだけどね、お互い」
「どうだい、旦那!奥さんも喜びますぜっ」
露店商は買ってくれとばかりにキャンディに花束を突き出している。
「この季節、ばらは―・・あるんですか?」
テリィは単に訊いただけだったが、キャンディは慌てるようにテリィの腕を引っ張った。
「テリィ、いらないわよ、、手も塞がってるし、家に着く頃にはきっと茎しか残らないわ」
持っているのはアイスだろ、とテリィが心の中で突っ込んでいると、商売上手の花売りは答えた。
「今はシーズンじゃないからなぁ、都会ならあるかもしれんが、こんな田舎の町じゃね。代わりにこのクリスマスローズはどうだい」
「あいにく今は旅の途中なので。トランクの中に花瓶があったら良かったんですけどね」
テリィはスマートに花売りをかわした。
(・・一輪だけでもプレゼントすれば良かったかな・・)
ふとよぎった一輪の花の意味。ジャスティンの言葉。

 

 一輪の花には、一目惚れしたって意味があるのを知らないのか


「・・あれ、キャンディ?」
考え事をしていたからか、十メートルほど歩いたところでキャンディが隣にいないことに気付いた。
キャンディは花屋の露店近くでアイスクリームを地面に落とし、呆然と突っ立っている。
「あ~、何やってるんだ。君は子供か?」
「・・テリィ・・あの新聞・・見て・・」
「新聞?」
花屋の数軒横に、新聞屋が軒を連ねていた。
無造作に積まれた数種類の新聞の中に、見慣れた名前がはっきりと見える。

 
電撃結婚!テリュース・グレアム お相手は―

キルト姿のテリィとアイボリーのドレスを着たキャンディの写真が大きく掲載されている。
「・・この話題・・まだ続いていたのか・・。村にいたから気づかなかった・・」
言いながらテリィは、被っていたハンチング帽のつばをグイッと下げた。
「駅に戻ろう」
テリィがキャンディの手をとろうとした時、ハッとした。
「・・あの写真―・・帽子をかぶってない・・?宴が始まる前のエントランスか?」
テリィは思い出した。完全に記者やカメラマンをシャットアウトして臨んだ披露宴。
当日あのようなショットを撮ることが出来たのは、自慢げにカメラを覗いていたアルバートさんだけ。
例えどこかにカメラマンが潜伏していたとしても、あの時間あのアングルで盗撮するなど不可能だ。
「・・キャンディ・・あれは、もしかして――」
テリィは目を凝らしながら新聞屋の軒先へ近寄って行く。
 ――カメラに背中を向けるキャンディ。わずかに見える頬と口元から、笑っているのが分かる。
そんなキャンディを正面から見詰める自分も笑っている。
「シカゴ・ニューズ・エクスプレス?公式コメントを寄稿するはずだった新聞社か。キャンディ、その新聞社はアードレー家の関連企業か?」
「いいえ。でも確か、会社の創立者である先々代が同じスコットランド移民で、親交はあったはずよ。披露宴にはそこの御曹司も―」
「親交が?」
テリィの顔が急に緩み、弾むような声を上げた。
「アルバートさんの援護射撃だっ・・!きっとそうだ」
「どういうこと?」
「記事を読んだ方が早い」
「・・見たくないわ・・」
キャンディは更にでたらめなことが書かれているのでは、と怖かった。
「俺の読みが当たっていれば、たぶんあの記事は前回とは違う」
新聞屋の前で四の五のごねているカップルに、店主の老人は怪訝そうに声を掛けた。
「なんだね、買うのかね、買わんのかね?」
「見せてくださるだけで結構です。この記事だけ」
テリィは一枚のイーグル金貨を渡し、その場で新聞を広げた。
「・・へ・・?」
老人は変わった客だなと思わず声を上げ、そのカップルを上から下まで舐める様に見た。
色違いのマフラーを身に着け、営業妨害でもするように店先で新聞を読みふけている。
寒がりなのか厚く肌を覆い、殆ど顔は見えないが、実入りの良さを感じさせる服装だ。
老人がそんなことを考えていると、大して時間もかからずにそのカップルは顔を上げた。
殆ど顔が見えないにもかかわらず、老人には分かった。
厚い雲が割れ、お日様が突然姿を現したかのような晴れ晴れとした表情に二人が変わったと。

 


 

「――ほらな、薄い台本の丸写し。さすが御父上だ」
「ホント、この前の記事と全然違うわ。劇団も協力してくれたのね。アルバートさんが手を回してくれたのかしら。・・ねえ、この旧友Aって誰だと思う?」
「アーチーだろ?俺はそう思ったけど」
「アニーってことは考えられない?」
「それはないな。レディを差し出したりはしない。アーチーだよ」
「男だっていうならアルバートさんってこともあるんじゃない?」
「総長自ら?ない、ない」
再び店先で四の五の言い始めたカップルに、老人は迷惑そうにゴッホンと咳払いをした。
二人はようやく自分たちの非礼に気づき「いま消えますので」とテリィは言ったが、キャンディはまだ居座るつもりのようだった。

「おじさん!ハサミはある?」
「何に使うんだよ」
眉を寄せるテリィに、キャンディは満面の笑みを浮かべた。
「切り取って宝石箱に入れるの!ツーショットの写真なんて持ってないものっ」
「こんなのいらないよ。しばらくすれば、もっといい写真が額装されて届くさ」
テリィはその場に残ろうとするキャンディの手を強引に引っ張った。

奇妙なカップルだと思いながら、老人は店先に残されたままの新聞を片付けようと手を伸ばす。
「何の記事だったんじゃ・・?」
気分爽快になる内容ならあやかりたいと、老人も記事を読み始めた。


電撃結婚!テリュース・グレアム お相手は白衣の天使 隠された真実

先ごろ資産家令嬢との電撃結婚が報道された俳優テリュース・グレアムに続々と新たな事実が判明した。
引退説が流れる中、実はイギリスの名門劇団に移籍し、シェークスピア・アクターとして更なる飛躍を遂げていた。元所属劇団であるストラスフォード劇団の話によると、兄弟劇団の窮地を救うため、説得に応じる形で急遽渡英し、見事代役を果たし公演を成功に導いたというのだ。
テリュースはロンドン屈指の名家である公爵家の長子だとイギリスの複数の有力紙が報じていることから、帰国は既定路線だったと言えそうだ。
ロンドンジャーナル紙によると、お相手のC嬢とは十年来の学友であり、当時から知る人ぞ知るカップルで、テリュースが演劇留学の為渡米した際は、C嬢も追ってアメリカに帰国し、駆け落ち説が流れたほど相思相愛の仲だったようだ。
披露宴出席者の話では、当日テリュースはスコットランドの民族衣装キルトをまとい、伝統楽器バグパイプの見事な腕前を披露し、貴族の品格を感じさせる一面もあったという。
またC嬢との出会いを自らの口で語り、終始笑顔でC嬢に寄り添っていたということだ。
二人の間に深い絆があったことは、写真を見ても疑いの余地はない。

そこで気になるのが、二年前に亡くなったテリュースの恋人であり婚約者と報道された女優スザナ・マーロウの存在である。
噂が出始めた当初から、テリュース、スザナ双方とも二人の関係性について何の談話も発表してこなかったことから様々な憶測が流れたが、既にスザナの没後二年が経過し、事実関係の究明は難しい。
本誌記者が取材を進めていく中で、テリュースの旧友だというA氏から、驚くべき証言を得ることができた。

取材で得られた情報と付け合わせても、A氏の発言に矛盾点は感じられない。

以下はA氏と本誌記者の会話を忠実に掲載したものである。

本誌記者:過去テリュースさんはスザナさんと婚約関係にありましたが、C嬢とのお付き合い期間と重なっていますね。いわゆる三角関係でしょうか。


A氏:彼は婚約などしていません。おそらく二人が演じるはずだった恋人役の印象が強かったんでしょう。彼はその時の稽古中に起きたスザナさんの事故に心を痛め、献身的にサポートしていました。自分の身代わりになって受傷したスザナさんに責任を感じないはずはありません。

 

本誌記者:身代わりという話は噂では聞いたことがありますが、劇団はそのような発表をしていませんよ。

 

A氏:劇団の方に確認されたら如何でしょうか。もう時効だと、話してくれると思いますよ。

※後日問い合わせたところによると、確かにそのような状況だったと確認できました。


本誌記者:では長く同棲していた事実はどう解釈すれば?結婚を意識していたということでは?


A氏:いいえ、スザナさんは闘病生活が長かったので、家族同然に出入りしていたのは事実のようですが、あの報道は心外だったようですよ。彼はずっと劇場近くのアパートで生活していましたし、Cさんとのお付き合いは続いていましたから。ただCさんとは結婚という形をとるのはやめたと言っていました。
後遺症が残ってしまったスザナさんに対する、彼なりの配慮だったようです。


本誌記者:C嬢はそれで納得したのですか?


A氏:むしろCさんからの提案だったと聞いています。彼女は職業柄、病人や体の不自由な人がどのように社会で生きていくか、どうサポートしていくべきか常に考えているような慈愛に満ちた女性ですから。


本誌記者:では今回お二人が結婚されるにあたり、どんな心境の変化があったのでしょうか。


A氏:イギリスへの帰国を機に、ようやく腹が決まったのでしょう。旧友として二人に、心からの祝福を送りたいと思います。

テリュース・グレアム氏の公式コメント
長きに渡り、僕を育て応援してくれたアメリカ、ブロードウェーの舞台を下り、公私ともに次の新たな舞台に立つことになりました。
僕の生まれ故郷でもある町の舞台で、またお会いできることを願って。

 

 テリュース・グレアム 
 

 
記事を読み終えた店主は、店先にいた二人が誰だったのか、分かった気がした。

 



7-11 シカゴ・ニューズ・エクスプレス

 

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