★★★7-10


閑散としたプラットホームのベンチに座り、乗り換え列車を待っていた時の事だ。
「印象派の巨匠もびっくりだな。マーチン先生にこんな才能があるとは」
マーチン先生が昔描いたというアルバートの似顔絵に、テリィはしきりに感心していた。
「傑作でしょ?これも宝石箱に収めようと思って」
キャンディはマーチン先生から餞別に貰った知恵の輪をポケットから取り出した。
「・・宝石箱に何を入れても構わないとは言ったけど、このままだと単なるガラクタ入れになりそうだな。・・しかし、なんだって君たちはアルバートさんの似顔絵をこぞって描いたんだ?」
アルバートさんの仕事部屋に額装して飾られる絵は、本来こっちの方だろうとテリィは可笑しくなる。

 

 

「・・・・・、、、ん~・・??」
キャンディは久しぶりにやる知恵の輪に夢中になっていた。
(知恵の輪は、頭で考えてやるものじゃないわね・・う~ん・・)

「キャンディ、聞いてるか?似顔絵選手権でも開いたのか?」
ガチャガチャと手を動かしながら、テリィの質問に口先だけで答える。
「・・昔、記憶喪失のアルバートさんが行方不明になった時、探すのに使ったのよ・・・」
「そんな事が・・!?それで見つかったのか?この絵で?」
「・・今思うと、アルバートさん、あの時は記憶が戻っていたのね。ロックスタウンまでわざわざ探しに行ったのに・・してやられたわ」
(ん~、もう少しで外れそうなんだけど・・)
眉間にしわを寄せながら、キャンディは知恵の輪をにらむ。
「・・・ロックスタウン・・・?」
テリィは、ゆっくりと反応した。
(聞き覚えのある名前・・、深い記憶の底の街・・。どこだったか)
物思いにふけり始めたテリィを見て、キャンディは自分の失言にようやく気が付いた。
「あっ、ああ~!?違ったかな、ソックスタウン?マッスルタウンだったかな?もう忘れたわっ・・!」
慌ててごまかそうとするが、グダグダの名前の列挙は、かえって元名を際立たせる。
(ばれたかしら、勘のいいテリィのことだ。きっとばれたっ)
完全に自分を見失ったキャンディは、ガチャガチャと知恵の輪を動かし、力任せに抜こうとしている。
目が泳いでいるキャンディを見て、テリィはようやく気が付いた。
(幻のキャンディ―・・。俺を叱りに、勇気づけに来てくれた。酔った状態での最悪の演技を、『ハムレット』の前に見せていたのか―・・!)
全てを悟ったテリィは呆然自失のまま、言葉が出てこない。
再会をお膳立てしたのは、おそらくアルバートさんとジョルジュ。
手ごたえのない仕事だったとジョルジュが落胆したのは、これ―・・?
「・・・して・・やられた・・」
おもわずキャンディと同じセリフを口にする。
ガチャガチャと響く知恵の輪の金属音だけが、気まずい空気の中を漂っている。
「おっ、お腹すかない・・!?」
キャンディはもう必死だった。二つの金属ではない。テリィのプライドがどこへ向かうのか―
「・・え、、、と―」
どう切り出していいのか、頭が真っ白になったテリィの口から出た言葉は、その時見たままの光景だった。
「・・あ・・外れた―」
そう言われ、キャンディはハッとして手元を見る。
「あ・・ホントだ・・」
知恵の輪が勝手に外れたようだ。顔を上げられないキャンディは
「やだぁ、どうやって外れた?分からなかったわ。もう一回戻そう」
分かれたパーツを一つに戻そうと再びガチャガチャと手を動かし始めたが、復元など出来るはずもない。
急激に疲れを感じたキャンディは不意に手を止め、手荷物を物色し始めた。
「・・頭を使ったら、お腹が空いちゃった。ホットドッグとサンドイッチを作ってきたの・・食べない?」
頭なんか全然使ってないだろ、と心で突っ込みながら、テリィはコホンと咳払いをし
「――そうだったんだ、知らなかった!ありがとうな」
まるで空に向かって独り言を言うように声をはりあげた。
テリィらしくない発言に、キャンディの手が思わず止まる。
(今の発言、どっちに対して言ったのかしら・・?)
一瞬キャンディは考えたが、どっちでもいいや、と
「いいえ、どういたしまして!」
同じく空に向かって大声を上げた。
二人は照れ臭そうに軽く顔を見合わせた後、もうこの話は終わり、と取り出したランチバッグを膝の上に置いた。
「・・あいにくホットドッグはパンが足りなくて一つしかないの。どっちを食べたい?」
「ホットドッグかな」
「あら・・?紳士はホットドッグを食べないって前に言ってなかった?ここにナイフとフォークはないわよ?それとも、
When in Rome, do as the Romans do. かしら?」
言おうとしていたセリフをキャンディに言われ、テリィは苦笑しながらホットドッグを受け取ったが、名残惜しそうなキャンディの視線にすぐに気が付いた。
「・・ん?もしかして、キャンディはこっちを食べたいのか?」
「えへへ・・どっちも食べたい」
「最初からそう言えよ」
キャンディの頭をコツンと叩きながら、テリィはホットドッグを返した。
「半分にしましょうよ。それならお互い両方食べられるでしょ?昔ね、アルバートさんと一つのサンドイッチを分けて食べた時アルバートさんが言ったの。一つのものを半分に分けるっていいね、私の苦しみや悲しみを半分僕にくれないかって。アルバートさんって時々サラッとキザなことを言うのよね。フフ・・落ち込んでいた時期だったから、すごく嬉しかったわ」
(――それ、プロポーズじゃないのか?・・落ち込んだってことは俺と別れた後か?でもそれだと)
アルバートに花びら占いでもするように、好き嫌いと心の中で唱えながら、テリィは眉を寄せたり離したりしていたが、ホットドッグを力まかせにちぎろうとするキャンディを見て
「ちょっとまて!中身はなんだ!?」
慌ててその手に待ったを掛けた。
「ソーセージと、マスタード、ケチャップ・・」
「早速白いセーターをケチャップ色にするつもりか?ちぎらなくていいから、先に半分食べろよ」
キャンディはその発言に目を丸くした。
「半分・・食べる・・?」
「なんだ?もっと食べたいなら好きなだけ食べていいよ。俺は残りを貰うから」
「・・・先に食べるの?分けないの?」
「別に俺が先でもいいけど、キャンディはどのくらい食べたいんだ?それとも交互に食べるか?」
「えっ―」
キャンディはテリィの発言に戸惑う。
「何だよ、俺と間接キッスするのがそんなに―」
パチン――!
手先だけのビンタがテリィの頬を軽く鳴らした。
久しぶりのお見舞いに、テリィは思わずぼやいた。
「いてて・・・・そんなに嫌なのかよ」
「もう、そんな訳ないでしょっ、そんな食べ方、他の人とできないじゃない!夫婦なんだなって、嬉しかったの」
キャンディの顔はケチャップを塗ったように真っ赤になった。
(テリィと一つのものを食べるなんて―)
「・・嬉しくて、なんで俺は叩かれるわけ?」
超不毛だ・・。
「・・癖よ・・謝るわ」
そう言いながら、最初の一口をパクッとかじると、キャンディは次の一口をテリィに差し向けた。
「・・どうぞ、次はテリィの番よ・・」
    

                             

7-10 ホットドッグ

 

©水木杏子・いがらしゆみこ

 

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