★★★7-9
「キャンディママ・・、お化けだいじょうぶだった?」
大きなホールでワイワイと朝食をとる一角で、膝にのってきた子がリスのような目を向ける。
「・・お化け・・?」
なぜだろう。キャンディはギクッとする。
「トイレに起きたとき、苦しそうなこえが聞こえたよ?お化けが来ちゃったの?パパもいたみたい。助けてもらったの?」
「・・声・・―」
思わず漏れてしまいそうになる喘ぎ声はお互いの唇でふさいだはず。
ネックレスの接触する金属音も、こすれる肌の音も、かぶったキルトカバーで封じ込めたはずなのに―
「まっくらなお部屋に何かモゾモゾ動いてた・・おばけ・・?」
「お、お化けじゃなくて、プ、プロレスごっこっ、、テリィってば技をなかなか解いてくれなくてっ」
震天動地のごとく目を白黒させているキャンディを見て、テリィはスッと立ち上がり窓際に移動した。
(だめだっ・・これ以上何も言うな、キャンディっ!)
テリィは振える肩を押し隠し、無心を装うように外の景色を必死で眺める。
「夜にお部屋でそんなことしちゃダメだよ、先生におこられちゃうよ?」
「そ、そうね、次は日中お外でするわ。・・ね、テリィ?」
キャンディはニカッと笑った。
「そうだな、日中にお外で―・・(何をするって?)」
キャンディの言葉を繰り返しているテリィは、もう吹き出す寸前だ。
これでこの話題が収まってくれるかとおもいきや
「あー、だからパズルがバラバラになっちゃったんだ!ひどいよ、二人ともっ、夫婦喧嘩のとばっちりだ」
ガキ大将のレオの参入で、話が微妙な広がりを見せている。
子供に他意はないのだろうが、先生達に聞かれない内にキャンディは幕引きを図りたい。
「ちょっとテリィ、笑ってないで、私達は仲良しだって言ってよっ!」
焦るキャンディを無視し、テリィは小さい子の頭をなでて、にっこり笑った。
「偉いな、マリー。あれだけお化けを怖がっていたのに、昨日の夜は独りでトイレに行けたんだ?これで僕も安心して出発できるよ」
テリィに褒められたマリーは跳ねるように立ち上がり、自分の偉業を先生たちの所へ報告しに行った。
すると今度はレオに向かってテリィは言った。
「出発まであと二時間あるから、パズルを完成させて俺達に見せてくれないか?皆でやればきっと間に合う。レオ、朝食を済ませたら準備を手伝ってほしい。それから梯子のある場所を教えてくれ」
レオに言ったのに、何故か子供たちは一斉にパンを口の中に押し込み、バタバタとお皿を片付け始めた。
「――キャンディ、君の仕上げたい物、二時間で何とかなるか?」
昨夜の奇襲を詫びるテリィに、キャンディは微笑んだ。
「余裕よっ!」
この数日のテリィを見ていて、キャンディには分かった事がある。
テリィは子供とのコミュニケーションが苦手と言いながら、その実、とても長けている。
(・・あなたやっぱり、いいパパになるわ―)


復路は大都市を迂回するルートを選んだ。人目を避けるための超のろのろルートでもある。
往路と同じように特急の寝台車で一気にニューヨークに戻ろうと考えていたテリィだったが
「テリィの隣で日がな一日列車に揺られて、大陸を横断してみたかったの」
そう言われれば折れるしかない。
子供たちに見送られながらポニーの家を出発した二人は、帽子とマフラーで今日も変装を忘れない。

「もうすぐデトロイトへ?じゃあ、次に来た時マリーはいないのか。クロワッサン、作る約束をしたのに」
テリィは瞳を落とした。
「テリィパパってばっ、そんなにがっかりしないの!喜ばしい事なのよ?あの子に本当のパパとママができるんだもの」
「そうか、本当のパパとママ・・。――本当の・・?」
テリィが繰り返したくなる気持ちも分からないでもない。
「ポニーの家ではね、旅立つ子供に新品のパジャマを持たせてあげるのが習わしでね、私の時もレイン先生が夜なべして作ってくれたの。最近は老眼が進んで針仕事は苦手みたいだけどね」
「それでキャンディが・・」
ポニーの家にとって必要な存在だったキャンディ。
自分勝手な理由でさらってしまったことに、今更ながら負い目を感じる。
(・・・真剣に考えないとな、恩返し―)
テリィがそんなことを考えていると、キャンディは不意にトランクケースを開け
「見てっ、ついでに作ったの!」
完成したばかりのネグリジェを自慢げに広げた。
「っわ、バカっ・・!しまえよっ!」
誰もいないとはいえ、ここは駅のホームだ。
慌ててトランクケースに押し込んだテリィに憤慨するように、キャンディは頬を膨らませる。
「テリィの為に作ったのにっ」
「俺が着るのか?今のピラピラ」
「違うわっ、テリィがアルバートさんの物は嫌だって言うからっ!マリーのパジャマの生地が残ってたから―・・少し足りなくて丈が短いんだけど・・。まだ試着してないの。家に着いたら・・見てくれる?」
――見せろ、家と言わず今すぐここで。丈なんか短い方がいい。
喉から出掛かっている言葉をテリィは理性で押し込み、うな垂れ気味に質問する。
「・・もしかしてマーチン先生が君をネグリジェねえちゃんって呼ぶのは、何度もこんな事が?完成したパジャマを披露してた?」
「あ、あれは先生と初めて会った時にネグリジェを着ていたからよ!」
「あぁ、・・まぁ医者だしな。それなら患者はみんなネグリジェ爺さん婆さん兄ちゃん・・」
「違うわ、患者はアルバートさんよ。アルバートさんが交通事故に遭って焦っちゃって、私ってば寝起き姿のままシカゴの街を走り回っちゃったの。えへへ・・ちょっとうっかりしちゃったわ」
自分の頭を軽く小突くキャンディを見て、テリィの平常心はわなわなと震えだした。
(ちょっとうっかりだぁ――!?)
「―・・わかった・・。君にはロンドンの街をネグリジェで歩いても、誰も違和感を持たないような―・・とびきりのネグリジェをプレゼントするっっっ」
「あら、選んでくれるの!?セーターの時もマフラーの時も投げやりだったのに?・・ふふっ・・!」
キャンディの口調は、心なしか冷やかしモードだ。
「なんなら、作ってあげるよ」
テリィはひそかに反撃を開始した。
「オーダーメイド?」
「いや、この白いタイで」
テリィはキャンディに返して貰った白いタイをピラ~ンと出し、自分の思い描くネグリジェを披露した。
「これだけ生地があれば十分だろ?胸だけ隠れていれば―」
どう見ても単なるさらし。
「テ、テっ、テリュース!!!」
キャンディはこぶしを振り上げる。
「――!!バカっ・・!名前を呼ぶなっっ・・・・っっ――」
キャンディの口を押さえつけるように覆いかぶさり、思わず辺りを見回した。
大丈夫、まだ誰もいない。
「君ね、動揺した時だけ本名で呼ぶよな。気付いてるか?そんなんじゃ、どんな嘘もバレバレだぜ?」
「そ、それを言うなら、あなただって―」
対抗するように言うキャンディに、俺にそんな癖があるわけない、とテリィは自信満々に返す。
「俳優の俺がつく嘘を見抜けるとでも?・・キャンディ、ポニーの家の屋根を踏み抜いた記憶は?」
突然切り替わった話題にキャンディはギクリとした。
「さ、さぁ・・?屋根に落ちたヒナを救出したことはあったけど~」
「じゃあ、きっとその後隕石でも落ちたんだな。雨漏りの原因がそこなら、今年の冬ぐらいは越せそうだ」
「直してくれたのね。ありがとう・・子供たちの頭上に、隕石が落ちてこなくて、良かったわ・・」
テリィがキャンディのバレバレの嘘に付き合っていると列車がホームに入ってきた。
「出発だ、キャンディ」

差し出されたテリィの手に自分の手をのせながら、キャンディは一抹の寂しさを感じていた。
それが故郷を離れるからなのか、それとも、テリィの矛盾に・・気付いてしまったからなのか。
自分でもよく分からなかった。

 


                                      

7-9 ネグリジェ

 

©いがらしゆみこ 水木杏子 

画像お借りしました

 

 

次へ左矢印左矢印

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村