★★★5-16
ジャスティンは、テリィより一足早く帰宅の途につき病院の前に車を停めた。
今日中に片を付けると言っていたテリィのことが、やはり気がかりだったのだ。
喧嘩の原因がスザナに似ているオリビアへの嫉妬なら、外野が説明した方が説得力も増すだろう。
(・・おれもマキューシオが板についてきたぜ)
マキューシオはロミオの恋の良き相談相手、いつもロミオを励ましている役柄だ。
ジャスティンは病院の裏手に回り”裏口”を探したが、高い鉄製の柵で仕切られ、それらしき出入り口は見当たらない。
「何だよっ、裏手の森がキャンディの通勤ルートってのは嘘か?」
諦めて帰ろうとした時、頭上でヒュッと紐のようなものが木に引っ掛かる音がした。
次の瞬間、ターザンのごとく人影がジャスティンの頭上を華麗に舞った。
「――キャンディ!?」
ジャスティンの声に気付いたキャンディだったが、時計の振り子の様な軌道はもう止められない。
そのままターザンで自宅の敷地内に飛び込みそうになったが、なんとか軌道を修正し、幹に足を掛けて体を制止させ、そのままスルスルと木から降りてきた。
「――す、すごい技だね、、」
ジャスティンが引きつり笑いをしていると、キャンディは顔を近づけてきて「今見たことは、内緒よ」と、口の前に指を立て、ウインクをした。

そのしぐさにジャスティンの頭は一瞬でのぼせ上がった。
エメラルドのような珍しい瞳の色を持つ女性。見つめられると、吸い込まれそうになる。
ポニーテール姿の今日のキャンディは、本当に牧場の娘のような生彩を放ち、一層チャーミングだった。
「・・何か、私に?」
骨抜きにされた様に突っ立っていたジャスティンはハッと我に戻り、早速本題に入った。
「あのさ、・・――あんな演技を見て動揺するのは無理もないけど、舞台裏でのあの二人は、上司と部下って感じなんだ。確かにオリビアはテリィに憧れているし、若くて美人で胸も大きいけど、あいつは目もくれてない。って言うか、舞台を下りたら君の事しか考えてないよ!オリビアと何かあるようなら、僕が全力で阻止するから!」
「・・オリビア?・・ジュリエット役の子?」
きょとんとしたキャンディの表情で、見込み違いをしていたことにジャスティンは気付いた。
(嫉妬じゃない?)
「あ、いやっ!君たち喧嘩、して、ないかなぁ~って」
「・・?・・してないけど」
「でもあいつ、最近様子が変だ。屋上で淋しそうにハーモニカを吹いたりして」
キャンディは少し黙りこんで「・・私のせいだと思うわ・・。迷惑が掛っているなら、改めるわ」
自分の素行がお芝居に影響を与えるなんて思い至らなかった。キャンディはあっという間に猛省した。
「まさか僕が原因ってことは・・?」
キャンディに着替えを手伝わせたと、怒って楽屋を出て行ってしまった今朝のテリィを思いだし、ジャスティンは急に焦り出した。
「あなたは関係ないわ。・・あの人のお芝居でちょっと昔を・・、ロミオとテリィがダブっちゃって」
「あっ、なるほど、そっちか」
過去のロミオとジュリエットの舞台で起きてしまったスザナの事故、別れの引き金―
キャンディには特別な感情が入ってしまうのかもしれない。
そうと分かったジャスティンは、余計な事かと思いながらも伝えた。
「・・俺さ、ハムレットの最終公演を見た時、自分の怪我が全治二ヶ月でよかった、って思ったんだ。あんな奴と比べられたら、たまったもんじゃないって。役者をやめようかな、とも一瞬思った」
「・・役者ってそうやって刺激し合って自分を高めていくのかしら。テリィもロバート先生と散々比べられたって、ぼやいていたことがあったわ」
キャンディの何気ない言葉に、ジャスティンの肩の力が抜けていく。
「・・あの時はあいつの演技力に圧倒されたけど、今回のロミオはちょっと違うんだ。ロミオの後ろにあいつの素顔が見えて、たぶん色々事情を知っちゃったから勝手にもう一つのフィルターを付けて観ちゃってる。あの迫真の演技の裏には、君がいるんだなって。身を引き裂かれるような恋の経験があったからなんだな・・・って。アルフレッドなんて、もう毎回鼻を真っ赤にしてるよ」
「・・アルフレッド・・さん?」
「テリィの十年来の役者仲間さ。知ってるんだ、あいつも。観客って多かれ少なかれ、演じる人間の背景や自分の経験を重ねて観ているんだよ。良いか悪いかはさておき」
「・・背景と経験?」
「だけど、本当は持ってちゃいけないんだ、そんなフィルター。関係者なら特に。そのせいで僕は、あいつの芝居を正当に評価できなくなっている、・・気がする・・。テリィはたぶん、そういうフィルターを嫌う。あいつ愚直だから、背景なんかじゃなく演技を見て欲しいと。僕もそうだから」
ジャスティンの言葉にキャンディはハッとした。


 ――ニューヨークでは、俺はもう色がつき過ぎてる。俺の芝居を無色透明な目で観てもらうのは難しい。
客は芝居を見に来ているのか、俺を見に来ているのか・・


「・・わたし、、」
ニューヨークで聞いたこと。テリィが気にしていたことを、自分がやってしまったのだと気が付いた。
「確かに俺達役者は、経験したことをヒントに役作りをすることはあるよ。だからと言って、本番中にそれがリフレインする余裕などないんだ。もう条件反射で動いてる。そのくらい練習を積み重ねて監督や仲間と芝居を作り上げている。・・観客が役者個人の背景をインプットして芝居を見るのは、そういう努力を無視している事にならないかな?・・君には、まっさらな目で観て欲しいんじゃないかな」
柔らかい口調から伝わってくる毅然としたジャスティンの言葉は、瞬時にキャンディの胸に染み渡った。
「謝らなきゃ、テリィに」
全てを悟ったようなキャンディを見て、ジャスティンは微笑んだ。
「ちゃんと説明してやれよ。愛に言葉はいらなくても、誤解は黙っていても解けないから」
「・・ありがとう、ジャスティン。ちゃんと言うわ」
「なんて伝えるの?『愛してる』って・・?」
「謝るだけよ。私たちがそんな事言わないの、知ってるでしょ?」
「たまには言ってやれよ。キャンディの口は食べる時だけ動くって、いじけてたぜ?」
キャンディはおかしくなってププッと吹き出した。
「よく言うわ、テリィだって、キスする時しか使わないくせに・・――ぁっ」
急激に気まずくなったキャンディは「こ、これ、お芝居の話よ!?」と、慌てて言い訳した。
真っ赤になった顔を両手で覆うキャンディを見て、ジャスティンは全て見通せた気がした。
(・・ああ・・、そうか・・そうだよな。俺としたことが何故気付かなかったんだろう)

 ――帰ったら直ぐにキャンディを・・
愛し合う二人には言葉なんかより、欲しいものがあるんだ。
「・・分かってる。あの芝居、オリビアとのキスシーンが多すぎだ。ロミオが俺だったらよかったのにね」
――胸が・・切ない。
ジャスティンは胸の痛みを隠しながら、もう一つ重要な事をキャンディに伝えた。
「君に、謝りたい。以前、テリィは結婚式をしたって言っちゃったけど、あれ・・違うから。してないって言ってたから、あいつ」
「――ぁ、・・・・そうなの?・・訊いてくれたの?」
キャンディの顔がアイスクリームのように溶けていくのが分かる。
嬉しそう、とても嬉しそうな笑顔。会心の笑顔だ。
挙式直前にキャンセルした、と伝えるのは、その笑顔を見た後ではもう遅いとジャスティンは悟った。
「ありがとう!――あ、そうだ、ハーモニカの件。テリィをちゃんと監視しててね!あの人、直ぐ破るから」
屈託のない笑顔で一方的に告げると、キャンディはターザンのごとくアッと言う間に木立の向こうへ消えてしまった。

「・・・すごい技。あいつの言う通り、おてんばターザンだ。・・・でも、何だ?ハーモニカの件?」
先刻テリィに言われた言葉と同じジャンルだという事は、何となく分かる。
「――ちっ、またこれかよ。あいつら、俺にとんちを仕掛けているのか?」
思わず天を仰ぐと、隣にあったイチョウの木が視界に入った。
見てはみるものの、何の不都合も感じない。
「・・あいつら、訳が分からない事ばかり平気で言いやがって!」
こっちの気持ちなど全くお構いなしに、平然と二人だけの世界を展開するテリィとキャンディ。
直接愛の言葉をささやいていなくても、他人にも十分わかる。二人の魂の拠所は同じだと。
月と太陽ほど違う二人なのに――
「・・・ちきしょうっ、お前ら両方、くたばっちまえ~!」
ジャスティンはマキューシオのセリフを心の底から吐き出した。




5-16 マキューシオ

 

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ワンポイントアドバイス

 

作中の「二人の魂の拠所は同じ」という言葉は、ファイナルからの引用です。

 

上巻331
(テリィとわたし・・どこか似ているのかもしれない)
名門貴族の息子のテリィと、親は誰かもわからない捨て子だったキャンディー。
人は生まれや育ちとは関係なく、魂の故郷が同じことがあるのかもしれない

 

 

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