★★★5-17
取材が立て込み劇場を出るのが遅れたテリィは、ジャスティンと入れ替わる様に病院の前に車を止めた。
もちろんプレゼントなどは積んでいなかったが、ドライブでもしようかと迎えに来たのだ。
女性はサプライズに弱いと言うジャスティンの助言が、少なからず頭に残っていた。
いや、単にキャンディの白衣姿が見たかっただけかもしれない。

「・・もう帰っちまったかな・・」
どこにいるかも分からない一人の看護婦を直ぐに探しあてられるほど、この病院は小さくなかった。
同じ制服を着た看護婦一人一人を目で追うが、想い人は一向に姿を現さない。
一階から順番に歩き回り三階まで来たところで、ナースステーションの看護婦に声を掛ける。
「あの・・・外科の、キャンディス・ホワイトはもう帰りましたか?」
その声にその場にいた三人の看護婦が振り向いた。
「失礼ですが、あなたは?」
警戒するような口調で、ベテラン風の看護婦が近寄ってくる。
キャンディ三人分の体重がありそうな体型――
婦長のトリプルキャンディだと直ぐに分かった。
(・・俺も担当を変えてもらうかも)
わがままな奴とジャスティンに言ってしまったことを密かに詫びる。
「夫のテリュースです。初めまして」
病院にはあまりいい記憶がないテリィは一瞬身構えたが、婦長は直ぐに満面の笑みを返した。
「まあ!そうでしたか。キャンディはさっき帰りましたよ。このところ勤務の変更が続いてしまって、ご家族のかたには本当にご迷惑をおかけしまして」
「いえ、、迷惑、などということは」
甚だ迷惑だ、と言いたい気持ちをグッと呑み込む。
すると婦長はキャンディの勤務態度について、きいてもいない事をぺらぺらとしゃべり始めた。
患者に人気があるとか、手が足りない時は手術や産科の応援に入る事もあるとか。
「・・・はぁ・・そうですか」
『夫』と名乗っただけで、何の確認もなくキャンディのプライバシーが次々と暴露されていく。
肩書とは大した威力だと、どこか上の空で聞いていると、
「キャンディの旦那さん!?うそ、結婚していたなんて知らなかった!」
奥にいた看護婦の驚くような声が耳に入ってきた。
「患者に言って回っていたわよ」
「え~、だって指輪もしてないし、不自然な言い方だったから、てっきり患者に誘われないように予防線を張っているだけかと思っていたわ」
筒抜けの会話にテリィはため息を殺しながら、早急に結婚指輪を指に戻さなければ、と天井を仰いだ。
しかし、残念ながらロミオもハムレット同様未婚者同然だ。
自分が指に戻さない状況で、頑固なキャンディが快く応じるとは思えない。
どうしたものかと考えていると、「ハムレット・・」とささやくような声が聞こえた。
いつの間にか自分を取り囲むように、患者や看護婦が集まり始めている。
「テリュース・グレアム?」「ほらRSCの―」「あ、ロミオ役の・・」
ひそひそと話す短い単語が次々に耳に跳びこんでくる。
(・・これは、もしかして、、やばい状況か・・?この街ももうだめか?)
焦ったテリィは相変わらずしゃべり続けている婦長の話を強引に中断した。
「ではっ、僕はこれで。至らぬ妻ですが、これからもどうぞ宜しく」
早口で挨拶し、逃げるように廊下を歩きだした。
しかし出鼻をくじかれるように、「すみませーん、旦那さーん!キャンディにこれをっ!」
キャンディと同じ年ごろの看護婦が、手に鍋を持ちながら息を弾ませ走ってくる。
テリィは仕方なく歩を止めた。
「すみませんけど、これ託してもいいですか?キャンディ、もう帰ってしまったみたいで」
鍋を差し出されても、テリィには訳が分からない。
「あ、ご存じなかったですか?ポタージュスープを頂いたんです。体が温まって、病人には消化が良いからって」そう言って看護婦はにっこりと笑ったが、テリィにはまだ状況が呑み込めない。
眉を寄せているテリィを見て、看護婦はさらに続けた。
「子供が熱を出しちゃって、全然食欲がないって伝えたら作ってきてくれたんです。夜勤まで代わってもらっちゃって。『お母さんは子供の側にいてあげて』って叱られました。キャンディが夜勤NGなのは知っていたんですけど、お言葉に甘えちゃって、でも本当に助かりました」
感謝の念が溢れ出るように、テリィに向かって深くお辞儀をした。
「キャンディ、疲れていると思います。確かシャルロットの勤務も代わりに引き受けていたから」
「・・シャルロット?」
(紙に書いてあったもう一人の看護婦?)
「シャルロットは妊婦なんです。つわりを我慢して勤務していたんですけど、キャンディが何日か前にシャルロットに声を掛けていたのを見ました。『安定期に入るまでは無理はしないで』って。無理をしているのはキャンディだと思いますけどね。昨日なんか私服に着替えるのを忘れて帰っちゃったりして」
鍋をお腹に抱えながら、その看護婦はクスクスと笑っている。
(・・なるほどね、そんな理由があったのか。ふ・・あいつらしいな)
ようやく事情を呑み込めたテリィは、その看護婦に初めて微笑を返した。
「心配してくださってありがとう。無理もほどほどにするように妻には言っておきます」
とたん、その看護婦は目の前の人物の眩しさに突然気付き、パッと下を向いた。
「こ、こんな、、素敵な旦那さんだったなんて、彼女がのろけるわけだわ」
「のろける?キャンディが?」
愛の言葉などろくに言わないキャンディが、どんなことを同僚に伝えたのか。
「えっ、ま~、のろけですよ。シャルロットが遠慮してキャンディの申し出を断った時、キャンディはとろけそうな顔で言ったんです」


 『こういう時はお互い様よ!私にも直ぐに赤ちゃんができると思うの。その時はあなたに代わってもらうつもり。フフ・・、だからいい?この恩は忘れないでね?』

「・・キャンディがそんなことを」
(赤ちゃん・・?)
テリィは不思議な感覚に陥った。
そんな単語がキャンディから発せられたことは、今まで無かったからだ。
グランチェスター家で弁護士と話した時の『世継ぎ、嫡出子』とは明らかに異なる言葉―
(キャンディは直ぐに欲しかったのか?)
結婚したならごく自然に出る言葉なのに、自分は全く考えていなかった気がする。
「十人は欲しいって!自分が大家族で育ったから」
「十人・・・」
これも考えたことがなかった。
(・・・インディアンじゃなくて?)
女性同士はこんな話を職場でするものなのか――
「私も覚えておきますよ!お二人の子供が熱を出して寝込んだら、真っ先に勤務を代わりますから!」
そう言って看護婦はテリィに鍋を渡し「頑張ってくださいね、十人」と、ニッと笑った。
こんな所でむき出しの鍋を持たされた恥ずかしさと、初対面の女性に子づくりを応援されるという恥ずかしさで、テリィの体は火を噴き出しそうだった。
しかしもっと恥ずかしかったのは、そんな自分の様子を、いつの間にか遠巻きに取り囲んでいたギャラリーに一部始終見られてしまったことだ。
「――え~、あー・・と、、、ご、ごきげんようっ」
腹式呼吸の声量はどこへやら。テリィは一声掛けると猛ダッシュで病院を脱出した。



5-17  10人のインディアン

 


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