★★★5-15

私生活の動揺が演技に現れるほど、今のテリィは青くない。
「よし、今日の公演から変更だ、もう一度バルコニーのシーン!」
とはいえ、張り切る監督をよそに、リハーサルの合間に見せるテリィの表情は今日も冴えない。

「次の公演『夏の夜の夢』に決まっただそうだ!来月早々にオーディションだってさ」
ナイルが浮足立っている。
「ラブストーリーか。よし、次こそ主役の座を奪還してやる、お前には負けないぜ、テリィ!」
ジャスティンが意気揚々とライバル宣言をする横で、テリィは大きく息を吐き
「・・君たちに任せるよ。そのジャンルは当分ご免だ」
リハーサルを終えるなり早々に楽屋に引き上げてしまった。
「・・分かりやすい奴だ、相当キャンディとこじれているな。――どれ探りに行くか」

ジャスティンがテリィの楽屋に入ると、お目当ての人物は午後一番の公演に備え、着替えの最中だった。
「テリィ、これ見るか?」
以前病院で撮ったキャンディの写真―
いやでもその話題になる様に仕向ける。ジャスティンの作戦はいたってシンプルだ。
「キャンディ・・じゃないか。・・あいつ、写真映えするんだな・・へぇ・・」
一瞬の内に写真に入り込んでしまったようなテリィを見て、ジャスティンは滑り出しは成功、とニマっとした。
「盗み撮りじゃないから。お前のハニーだって知らなかった時にね、許せ」
「・・いや別に。・・屋外?サボっているのか?」
「子供をあやしているんだ。患者の俺をそっちのけで、イチョウで散々遊んでたよ」
「イチョウで?・・でもイチョウの木は苦手じゃ―・・あ、そうか。遊んでいるのは葉っぱの方か。キャンディが担当なんて、重ね重ねご愁傷様。生きて退院できてよかったよ」
(葉?)
一瞬、テリィの言葉に違和感を覚えた気がしたが、まぁどうでもいい。
「――と言うより、担当をキャンディに代えてもらったんだ。元の担当の婦長ってさ、キャンディ三人分の体重がありそうな体型で、あれが何かの拍子にのしかかったら、複雑骨折に発展すると思って」
ジャスティンは腕を横に大きく広げた。
「・・トリプルキャンディね。だからってわがまま過ぎだろ」
テリィは呆れたように息をつく。
「指名権がある男なら誰だってそうするさ。ベッドから動けないんだぜ?上半身はどうにかなったが、下半身は全く無理だった。介助してもらうなら、かわいい女の子の方がいいに決まってる」
「・・・不純な奴だな」
「むしろ健全な男子と言って貰いたいね。同じ白衣でも着る人によって全然印象が違うんだぜ?・・・お前キャンディの白衣姿、見たことあるか?」
正直すぎるが発言に、テリィは軽く頭が痛くなった。
患者がそんな野郎ばかりだというなら、今すぐ病院をやめてもらいたい。

「しかもこの時のキャンディは反則級だった。首に巻いた包帯が妙にセクシーでさ」
ジャスティンの言葉に、テリィはギクッとして写真を凝視した。確かに首に包帯をしている。
(――あの時の写真か?
泥酔してキャンディを襲った時の?)
「没収するっ!!」
焦る様に手を伸ばしたテリィを見て、ジャスティンの直観が冴え渡る。
「・・なんだ?もしかして刺したのは虫じゃなくてお前か?」

「いいからよこせっ、、ジャスティン!!」
動揺しているテリィの姿など、滅多にお目に掛れない。
「写真なんぞ、家にいくらだってあるだろ、ハハっ」
「一枚もない!」
「うそだね、結婚式で撮ったはずだ」
「そんな余裕があるかっ」
ふて腐れているテリィを見ていると、本当らしいという事は分かったが、この写真が最大の切り札とわかった今、手放すのは急に惜しくなってくる。
「肖像権はキャンディにある、許可をとったらお前にやるよ。さぁて、俺もマキューシオに変身するかな」
はぐらかすようにそう言って、ジャスティンは隣で着替えはじめた。
「・・・俺の楽屋はいつからお前たちの更衣室になったんだ」
「病み上がりなんでね。無意識に足を庇っているのか、変な筋肉痛がある。時々バランスを崩す」
概ね事実だが、ここで着替える理由としては弱いかな、とジャスティンは思った。
「――そうか、骨折は両足だったな。大人は回復に時間が掛るから、助けてあげてとあいつに言われたよ」
「ハハ、お前ら夫婦にはもう十分助けて貰ったさ!キャンディには危機を何度も救ってもらったし、身の回りの世話までしてもらって」
「世話ね・・。あいつに着替えなんか手伝わせたら、患者の違う部位を折っちまいそうだ。あれって、結構むずかし―・・・・着替え?」
「そうでもないぜ?キャンディは実に手馴れていた。早くて優しかっ・・、、」
キャンディの仕事ぶりを褒めたつもりだったが、ジャスティンは完全に墓穴を掘ってしまった。
「・・手伝わせたのか?・・・下・・半身の・・・着替えを?」
「あ、いや!!だって、ほら、その時はお前のハニーだって知らなかっ―」
―――バタン!!
ドアが壊れそうな勢いで、テリィは楽屋から出て行ってしまった。

 

 

 


 

ジャスティンが屋上にいるテリィを見つけた時、テリィはいつもの場所で足を投げ出しハーモニカを吹いていた。
「・・俺は謝らないぜ、それも看護婦の仕事だ。お前がジュリエットと抱擁するのと何らかわらない」
「分かっている、謝らなくていい―」
そう言いつつ複雑そうな顔をするテリィを見て、ジャスティンは黙っていられなくなった。
「お前って、キャンディが絡むと妙に分かりやすいな。おい、本当に次のオーディション受けないつもりか?ラブストーリーだからって、そんな理由で配役の幅を狭めていいのか!?今後ロミオは演らないつもりか!?認めたくはないが、お前のロミオは秀逸だぞ!簡単に手放すなよっ」
しかし聞こえているのかいないのか、黙ったままのテリィにジャスティンはしびれを切らした。
「なんでもいいから、さっさと謝って仲直りしろ!!」
「・・俺は悪いことなどしていない。謝る必要がどこにある」
「キャンディはお前のことで小さな胸を痛めているんだろ!?理由なんかそれで充分だ!男ならまとめて受け止めろ。舞台全体の士気に影響する、さっさとどうにかしろ!」
テリィはハッとした。自分達の事に少なからず仲間を巻き込んでいるらしい。
多少の負い目を感じたテリィは、譲歩する姿勢を見せた。
「・・悪かった、今日中になんとかする。・・だけど“小さな”は余計だ。ああ見えて、それなりに、、

景色を眺めるような素振りでバツが悪そうに言うテリィに、ジャスティンは思わず苦笑する。
「そうだったな。・・訂正するよ」
その発言に、テリィの眉はピクッと動いた。
(そうだったな?)
同意されても、否定されても何か引っ掛かる。
「で、喧嘩の種は何だ」
ジャスティンは隣に並び、早速尋問を開始した。
「・・俺の芝居だろ。観た直後から機嫌が悪くなったんだから」
「あ~、やっぱりやきもちか。あんな芝居を見せられたら、俺だってお前とオリビアの仲を疑いたくなる。そういう時は素直に言うのが一番!『キャンディ、君を誰よりも愛してる』はい、これで仲直り」
しかしジャスティンの助言もテリィには響かないのか、眉一つ動かさない。
「おー、そうだった。お前たちは言わないんだったな、やれやれ。言葉を贈れないなら、プレゼント作戦が手っ取り早い。女は物とサプライズに弱いから、帰りに病院の前で待ち伏せして渡せ。今日なら時間が合うはずだ。プレゼントは、そうだなぁ~」
意気揚々と次の作戦をかかげたジャスティンだったが、テリィが早速話の腰を折った。
「あいつ、食欲はあっても物欲なんか無いと思うぜ」
「わかってないなぁ~、好きな男からなら、何を貰ったって嬉しいもんだ」
「へえ?その辺に咲いてる一輪の花でも?」
茶化すようなテリィの言葉にジャスティンはにんまりと笑った。
「一輪の花には、一目惚れしたって意味があるのを知らないのか?そのセリフを添えさえすれば、これほど費用対効果が高いプレゼントはない」
意表を突くジャスティンの返事に、テリィは「じゃ、楽屋の花を一本抜いて渡すか」と鼻で笑った。
「この作戦は、さりげなく渡せるピクニックとかに有効なんだよ!今回のような場合は派手な方がいい」
声高に言うジャスティンの話の、なんと説得力のあることか。
テリィは思わず「さすがっ」と言いながら、大げさにパンパンと手を叩いた。
「フフ~ン、伊達にプレイボーイは名乗ってないさ。いいか?花束の中に愛のメッセージカードとプレゼントを仕込むんだ。指輪の小箱なんか・・おっ、そうだ、それがいい!」
「指輪は・・、ダメだな。婚約指輪も渡してないのに―・・誤解される」
「なら婚約指輪だって言って渡せよ」
「いや、もう結婚してるのに、変だろ」
あまりに律儀な答えに、ジャスティンは思わず額に手をあてた。
「いくつ持っていたっていいだろ!指輪を喜ばない女なんて―・・あれ?そういえば俺、同じようなことをキャンディに言ったことがあるな。指輪もプロポーズの言葉も受け取ってないって言ってたから―・・確かあの時キャンディは、女神のような言葉を・・?物は心を伝える手段だから―」


 ・・物は心を伝える手段であって目的じゃないわ・・私は、あの人がいればそれでいいの―

とたんジャスティンの体はマッチが点火したように熱くなった。
「どうした?キャンディは指輪が欲しいって言ったのか?」
目の前の色男にそれを伝えるのはどうも癪に障る。
「――いや、キャンディは・・・・欲しい物は、・・・ないって・・」(お前以外は―)
それが女神の言葉かよ、と思いつつテリィは
「だよな。俺だって欲しい物なんか無いから。キャンディだけで十分」と、しれっと言った。
「・・お前さ、それを本人の前で言えよ。ろくに愛の言葉も言わないんだろ?殺し文句のストックなんぞ山ほど持っているくせに、俳優の風上にも置けないぜ。ロミオが聞いてあきれる」
何故そんなことをジャスティンが知っているのか。負け惜しみと分かっていても、口をつく。
「・・・たまに言ってるさ」
(勝負に負けた時に)
「それに、あいつの方がもっと言わない」
勝負に負けないから。いや、そもそもキャンディは負ける勝負に挑まない。
「あいつの口は、おしゃべりと食う時だけ使うものなのさ」
開き直ったようなテリィの言葉に、ジャスティンはジレンマを感じ、髪をかきむしりながら言った。
「く~、癪だが教えてやる!キャンディはお前がいれば他には何もいらないって言ってた。のろけじゃないぞ!?こと切れそうな声で、泣きそうな顔して言ったんだ。そこまで惚れさせておいて、これ以上泣かせるなよ!何も贈れないんだったら、さっさと抱きしめてやれ!」
「え―・・っ」
あまりの真っ直ぐな助言に、テリィは赤くなった顔を思わず伏せた。
「・・そんなことを、他人に、・・ジャスティンに言うなよっ・・おしゃべりだな」
つぶやく様なテリィの言葉に、ジャスティンは突っ込まずにはいられない。
「お前もいま、俺に同じことを言ったぜ?キャンディだけで十分って」
テリィはうぐっと喉を鳴らし、逃げるように眼下の景色に目を移すと、降参するように言った。
「・・分かった。帰ったら直ぐにキャンディを抱くよ」
「・・・・?・・ん・・?・・いま何て言った?」
「さぁな」
そう言いながら、テリィは眼下の眺望をゆっくりと見回した。テリィの視線に釣られたジャスティンは、その時、ようやく気が付いた。
彼方まで続くエイボン川。その脇にある緑の絨毯のような森と病院。
「・・あ、そうか。ここがお気に入りの理由はあれか。病院が見えるんだな―・・へえ・・」
「うちも見えるんだ。森があいつの通勤ルートでね、森を抜けていく姿を想像するだけで可笑しくて」
言われて目を凝らしたものの、ジャスティンには家も見えなければ何がおかしいのかも分からない。
(森から帰っていたのか・・正面玄関で待っても会えないわけだ・・・)
「――それに、ここからなら病院や森が火事になった時、いち早く発見できる」
「ハっ、病院が火事になったら、看護婦は一斉に川に跳び込めと訓練されている。患者がまる焦げになっても!―・・ん?このセリフ、確かキャンディにも―」
またしてもデジャブを感じていると、「ハハ!たしかに俺が跳びこむより早い」とテリィが苦笑した。
 
――そうか。私が泳いで助けに行くより早いわね
キャンディの言葉とかぶり、ジャスティンの腕はザワザワと鳥肌が立った。
二人は常にお互いのことを考え、同じ発想を持っているのか―
ジャスティンは頭を抱えるようにしゃがみ込んだ。
「――なあ、ロミオ・・、イチョウは残念か?」
無性に二人のシンクロ度合を確認したくなる。
唐突な質問だ。普通なら意味さえ分からないだろう。文法さえ怪しい。
しかし直ぐにロミオは「新芽が所構わず伸びるからな。掴みどころがなくて、俺も苦手だ」と答えた。
せっかくの真摯な答えも、全く理解不能―。しかもロミオはさりげなく同調までした。
「・・掴みどころがない?・・擬人化するなよ。生命力があることの何がいけない」
「いけないとは言ってないって」
テリィがクックと笑った時、研修生のクリオが屋上へ駆け上がってきた。
「あ~、テリィ先輩こんな所にいたんですね、探しましたよ~、記者の方々がお待ちでーす!」
「・・ああ、分かった。今行く」
返事をするテリィに、クリオはボソッと耳打ちする。
「ロンドンからの女性記者が一人。・・・学院出身だそうです」
「それは怖いな・・」
テリィが去ろうとした時「おい、忘れ物!」とジャスティンはハーモニカを手渡した。
「おっと、忘れたら大目玉だ。滅入った日はこれを無視して浮気しそうになるよ。君はいいお目付け役になりそうだ。これからも頼むな、マキューシオ」
階下へ下りて行くテリィを、思いっきり眉を寄せてジャスティンは見送った。


「今の、どういう意味だ・・?」
ジャスティンは、意見を求めるように 横にいるクリオをチラッと見た。
「・・浮気の監視役に任命されたんじゃないですか?・・伝説の二人に監視役が必要とも思えませんが」
「ああ、学校の先輩だったな。名門校でも問題児の一人や二人いるもんだ」
「あれはおそらく誇張ですよ!礼拝を妨害したり、校舎のガラスを割ったり、カーテンを引きちぎったり、馬で疾走したりと、伝説では奔放ぶりが語り継がれていますが、テリィ先輩がそんなことをしたとは、とてもとても」
狂言だとでも言いたげにクリオが両掌を天に向けた時、ジャスティンは思わずのけぞった。
(そこは本当のような気がするぜ・・)
目の前の少年の淡い憧れを壊してはいけないと、ジャスティンは受け流すことにした。
「ご夫妻は先日母校の創立祭に参加されたそうです。今来ている記者が教えてくれました」
「へえ~、それは仲が宜しいことで。踊り明かして注目の的だったって?」
「いいえ、ご夫妻は三階の部屋から一瞬で消えたと、新たな伝説が生まれたそうで、僕も取材させてもらいたいぐらいです。あ、ジャスティン先輩にもお友達を名乗る記者が来てますよ。舞台後でいいそうです」
「――あいつか。へっ、俺がロレンス司教じゃなくて残念だったな」
ジャスティンがニタッとした時、クリオが不意に質問してきた。
「・・ところで何ですか、さっきの話。何故イチョウがダメなんです?あんなに素晴らしい木が」
「聞いていたのか?言ったのは俺じゃなく伝説の先輩たちだ。俺はイチョウがダメだと思ったことはない。素晴らしいと思ったこともないが」
「素晴らしいですよ!古の姿を残したままの独特な葉の形状は、まさに植物界の生きた化石です!雌雄の木が二本そろって初めて銀杏が生る。ロマンじゃないですか~!」
クリオは興奮気味に答えた。
「・・だよな」
ジャスティンはその熱弁がめんどくさくなった。
イチョウがダメだしされる理由など、あの二人にしか分からない世界のようだ。
「それより、さっきテリィ先輩と話していた・・次のオーディションの話、あれ本当ですか?」
どうやらクリオはかなり前から立ち聞きしていたらしい。

 


 5-15  シンクロ率

 

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。。。。。。。。。。。。。。。

ワンポイントアドバイス

テリィへの呼び名の変更に気付いた鋭いフォロワーさんがいました♡

★クリオ: グレアム先輩→テリィ先輩

★ジャスティン: テリュース→テリィ

 

変わったの、いつからでしょうね。🤔

 

 

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