『あのひと』とは関係がない、ファイナルと漫画の相違点をご紹介しますニコニコ

まずはテリィ編

 

  キャンディをかばう為に 礼拝へきたテリィ?

 

イライザの策略で合同礼拝に灰色の制服で来てしまったキャンディ。

礼拝が始まった直後、テリィが乱入してきた時の描写です。あまりに印象的ですね。ハート

 

爆  笑笑いいよっ、石原裕次郎!!

 

テリィの型破りぶりを印象付ける為のエピソードなのかと思っていました。

「え、そうでしょ?」と思ったあなた。甘いっ!次の文をお読みください。

「テリュースは脱いでいた灰色の上着をわざとらしく肩にかけると、礼拝堂の扉に向かって歩き始める」上巻P266

この文は旧小説にはありませんファイナルで初めて追加された文です。

この文の追加で男子も女子のように普段は灰色、礼拝の時は黒と二種類ある設定がにわかに加わり、この時のテリィは灰色の制服を着ていたと分かります。


漫画でもアニメでも男子の制服は『黒』だけでした。黒だけでも問題ないのに、わざわざ灰色を追加したわけですから、キャンディと同じ色の制服を着ているテリィが乱入するという行為に、新たな意味を加えた、と感じてしまいます。

そう、テリィが注目されることで、キャンディのミスが目立たなくなるわけです。


想像してみてください。

教員生徒一堂に会した黒一色の礼拝堂で、灰色の制服を着ているのはキャンディとテリィだけなのです。

ん~!いいっおーっ!クラッカー
キャンディをかばった、とはどこにも書いてありませんが、そのようにも読めます。
「灰色の制服で目立っていたキャンディを偶然見つけ、確認する為咄嗟に追って行った」とも考えられますね。一気に恋愛モードです。ラブラブ

ともかく、よくよく考えれば暴言を吐く為にわざわざ礼拝堂へ行くようなテリィではありません。キャンディを探しに入ったか、かばう為に入ったか、どちらかでしょう。
アニメのテリィが言っていた通り、まさか本当に朝っぱらから「昼寝」に来たとしたらアホすぎます。

 

 

  ポニーの家を訪ねたのは冬じゃない!


テリィがポニーの家を訪ねるシーンはファイナルと漫画では設定が違います。
漫画と旧小説では、初冬にテリィが訪ね、その直後入れ替わるようにキャンディがポニーの家に跳びこんできます。
キャンディはテリィを追って小雪のちらつく丘を駆け上がるも、テリィの姿は既になく、雪の上に足跡だけが残っていたという、何とも切ない展開でした。
アニメでは丘でハーモニカ(アニーローリー)を吹いていたテリィでしたが、漫画にはそのような描写はありません。・・けれど、吹いたと思いたい。

 


 ロミジュリさんが色付けした原作画です

 

ファイナルでは、厩事件が起きたの「秋は加速度をつけて深まっていくようだ下巻105と書かれているので、漫画と同じ秋。

しかし、テリィがポニーの家を訪ねた頃、キャンディは密航中だった(下巻276)と書かれているので、ポニーの丘でのニアミスは無かったことになります。びっくり


明らかに漫画の方が面白いのに、この変更の意図は何なのか?
漫画のままの設定だと、テリィはアメリカに渡ってから1~2か月(=キャンディの冒険期間)後に訪れたことになってしまいます。
役者の修行を始める前に訪れたとした方が、流れとしては自然ですし、とにもかくにも、テリィは渡米して真っ先にキャンディの故郷に向かった事にしたかったのでしょうハート
とはいえ、このシーンは漫画の方が好きだなぁ・・・~・・。えー?
(と言うわけで、ブログ主の小説は、漫画の方を優先してこのエピソードを取り入れていますOK

 

 

  束の間の再会はない!

笑い泣きなんで~アセアセテリィファンの大好きなこのシーン・・

 

 

ファイナルではなかったことになっています笑い泣き笑い泣き

 

「リア王の慈善公演でシカゴに来たテリィとはすれ違いばかりで、会うことはかなわなかった。けれど夜勤をサボる――という看護婦としてあるまじき行為をおかしてまで、テリィの公演を観に行ったわたし・・・。そのわたしを病院の前で、夜明けまで待っていてくれたテリィ・・・。お互い、そのことがわかっただけでもう充分だった。」下巻218

 

絶望ハサミハサミハサミカットですかい?汗
・・いや、ほんの数秒の再会じゃ、「会った事にはならないんじゃないの?」と”会う”の定義を広くしようとした人、いますね?
 
実はこの部分、旧小説ではこうなっていました。
「でも、よかった。一目だけでも元気なあなたのすがたを見ることができてー―。(中略)あなたはデッキに立っていたわ。ほんのいっしゅん、目があって・・・。でもそれだけでもう充分でした」
復刻盤517
 
これらを比較しますと、原作者は間違いなく書き換えています。
この設定の変更、要りますか 笑い泣き
 
 

  スザナの怪我は もっと重傷!?


漫画ではスザナは足を切断し、旧小説でも「スザナは足を切断しました」復刻版505 という言葉があります。しかしファイナルには切断とは一言も書かれていません
これはこのブログを開始した頃、読者の方からの助言で気付いたのですが、「スザナはわたしが思っていたよりも、もっと重傷だったのだ」下巻P236  という一言だけです。
旧小説では「いつか、わたしたちがおばあちゃんになったとき、きっと心からの笑顔で会える日がやってくると―」とキャンディがスザナとの将来に想いを馳せているような文がありましたが、ファイナルでは出てきません。

 

ファイナルの世界においては、足の切断だけで無く、寿命を縮めるような、身体の他の機能にも影響を及ぼすもっと重症である設定に、名木田先生の脳内でさりげなく変更されている可能性があります。
というのも、スザナが20代半ばで死んでしまうからです。事故と死因に因果関係がない、と読む方がむしろ不自然でしょう。

 

キャンディは看護婦なので、スザナの諸々の状態を瞬時に判断できた可能性があり、テリィもマーロウ夫人から「命が短いのよ!!死ぬまで傍にいてあげてっ」と、聞かされていた可能性もでてきました。
漫画に出てきた「一生あの子のそばにいてやってちょうだい」のセリフより、はるかに切迫しています。

ファイナルのキャンディは、親友のアニーに殆ど何も話していません。

「いろいろあってテリィとはもう会わないことにした」下巻P231―とだけです。

(アニーは雑誌などを読みあさり、自分でスザナの事を調べました)

スザナの病状が重ければ重いほど、迂闊にはしゃべれないのではないでしょうか。


そのような仮説を基にすると、テリィとキャンディの別れは回避できない切実なものであり、テリィがスザナと婚約しただけで結婚しなかったのは、生い先短いスザナを支える為だったと捉えることも出来ます。
「ぼくはなにも変わっていない」は、テリィは心も体も何も変わっていないのだと大多数のテリィファンは思っているようですが、そうかもしれませんね。

 

 

②へ続きます左矢印左矢印

 

 

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