★★★2-13
テリュースはやり遂げた満足感でいっぱいだった。
観客の中にキャンディがいなかったのは残念ではあったが、それよりも今は無事が確認できただけで十分だった。最低限の安堵感を得た事で、演技に集中する事が出来たのだ。
しかし、舞台を降りた瞬間から、脇に寄せていた焦燥感が津波の様にどっと押し寄せてきた。
(ケガは大丈夫だろうか・・・あの町に留まっているだろうか)

町に向かう途中に再び立ち寄った事故現場では、夜通し作業が行われていた。
作業にあたる関係者から、患者が搬送された複数の病院の住所と名前を聞きだし、一軒一軒回ったが、いまだキャンディの行方は掴めない。
先ほどまで西の空に浮かんでいた上弦の月は既に姿を消し、静かな闇夜が広がっている。


 ―― お前の光は今何処にある


ふとシェークスピアの一節が頭をかすめた。
光・・・それはキャンディ――
「・・もう何度目だろう。こんな夜は・・」
夜空を眺めながら、一晩中キャンディを想った切ない過去がよみがえってくる。
学生牢の冷たい石壁の前で、シカゴの病院の門の前で―
会うことも叶わず、夜明けの光の中に溶けていったキャンディの笑顔。
テリュースにとって夜空は決してよい思い出ではなかった。
月明かりが消え雲一つない今夜は星が降る様に瞬いていたが、この美しい夜空に一抹の不安さえ感じる。
そんな思いを抱えながら、テリュースは最後の病院にたどり着いた。
「ここに居てくれ、・・キャンディ」

 


ここでも九死に一生を得た乗客たちが、病室や廊下にあふれかえっていた。
寒いのか、恐怖感からなのか、震えて抱き合う親子、励ましあう恋人、ケガや熱に苦しむ人々。
重苦しい空気が漂う中、皆一様に長い夜が明けるのをじっと待っている様だった。
受付らしい部屋の小窓を覗くと、看護婦が立ったり座ったりしながら何かを探し回っていた。
「あ~、もう!せっかく血液が確保できたって言うのに・・!」
「――お忙しいところ失礼します。友人を探しています。この病院に」
テリュースが言い終わるのを待たずに、看護婦はお尻を向けながら答えた。
「私どもも患者の名前を把握しきれていない状況です。どうぞご自由にお探しください」
尖った返事をする看護婦に、テリュースがまたか、と思ってしまうのは、昔の記憶が蘇ったからだ。
深夜のシカゴの病院。キャンディに会いたいと申し出たが、迷惑千万とばかりに締め出された。
「患者・・ではなく、看護婦なのですが」
「・・・看護婦?名前をもう一度」
看護婦はようやく顔の半分をこちらに向けた。
「キャンディス・ホワイト・アードレー嬢です。この病院の看護婦ではなく、緊急要員のような・・」
そのよく通る声と端正な顔立ちに見覚えがあったのか、看護婦は明らかに顔色を変え、おもむろに近づいてきた。
「・・・もしかして、テリュース・グレアム・・・さん?」
変装してないことに今になって気付いたテリュースは、半信半疑のようなその声に、微笑で応えた。
「――よく言われます。で、緊急要員のような看護婦は?」
煙に巻くような答えに、看護婦は妙な圧を感じた。

そんな事は今関係ないだろうと、目力の強い瞳が訴えている。
テリュース・グレアム激似の男性にじっと見詰められると、要望に応えないといけない気がしてくる。
看護婦はう~ん、と額に手をあて必死に記憶をたどった。
「あ・・、そう言えば何人か応援のスタッフが、・・あ、そうそう。隣の研修棟の方に」
一条の光を見た気がしたテリュースは、言われた研修棟に急いで回った。


その建物は、以前キャンディが勤めていたシカゴの病院にどことなく似ていた。
廊下と接触する度にカツカツと響いてしまうブーツの音を極力抑えようと思いながら、ゆっくりと扉を開けると、ここも先ほどの病院と同じような光景が広がっていた。
寝付けないのか、起きている患者のひそひそと話す声がどこからともなく聞こえてくる。
廊下に無造作に横たわる人々は既に何かしらの処置を受けた後のようだ。
(何だろう・・?さっきの病棟と雰囲気が違う・・)
この病棟を覆う柔らかな空気を感じながら歩を進めるうちに、テリュースは患者にまかれている包帯や三角巾の色や素材に違和感を覚えた。
(・・物資が不足しているのか・・。間に合わせのようだな・・)
「――キャンディ」
子供の声に、テリュースの足が思わず止まった。
「キャンディ食べていい?お腹がすいて眠れないよ、ママ・・」
子供が母親に飴をねだっている。
こんな言葉に思わず反応してしまうほど、自分の神経は蜘蛛の巣網のように敏感らしい。
落ち着こうと大きく息を吐き出した時、再び子供の声が耳に入ってきた。
「ご褒美だって、くれたんだ。子供の分しかないって言ってたけど、ママの分もくれたんだよ」
「あの急に変な顔をして笑わせた看護婦さん?坊やが注射で泣かなかったのは初めてだわ」
幸せそうに飴を頬張る母子の姿を見た時、テリュースの中に熱いものがこみ上げてきた。
(ここにいる・・!キャンディ―)
テリュースが確信に近いものを感じた時、廊下の奥の方から足音が聞こえてきた。
少しの緊張感を覚えたが、女性ではないことは直ぐに分かった。
中年の男性。腕を骨折しているのか右手をくの字に曲げ、首から布を吊るしている。
すれ違いざま布がキラっと光った気がして、テリュースは振り返った。
柔らかそうな淡い緑色の布―
特殊な糸が編み込まれているのかキラキラし、どう見ても医療用の布ではない。

 ――若草色のシフォン生地がキラキラ光って、とっても素敵なドレスなんですって―

(・・キャンディのドレス・・?)
男性の来た方向に目を向けると、一番奥の部屋に灯りがともり、中からぼそぼそと話し声が漏れている。
キャンディの存在を近くに感じ歩み寄ると、廊下の窓越しに薄暗い部屋の中が垣間見えた。
中年の男性と若い女性が椅子に座り、向き合って話をしている。
「あんな上等のドレスを破かんでもいいだろ。びっくりしたよ。ハハッ。輸血を名乗り出た時もそうだが、君は決断が早い上に大胆だね。致死量ギリギリまでどうぞ、なんて普通言わんよ」
東洋人風の男性が控えめに笑っている。
「ドレスはまた買えますから。それに私、普段から血の気が多いって言われるんです。少し減ったぐらいがちょうどいいわ!体重も軽くなるし一石二鳥よ!」
楽しそうにそう話す女性の後ろ姿は、緩いウェーブのかかった金髪だった。
――聞き覚えのある懐かしい声、張りのある明るい声・・。
薄暗い部屋の中、まるでそこだけスポットライトがあたった様に浮かび上がっている。
こみあげてくる熱い感情で立っていられなくなったテリュースは、おもわず壁に肘をつき、もたれかかった。

 


 2-13  深夜の病院

 

次へ左矢印左矢印

 

 

。。。。。。。。。。。。

ワンポイントアドバイス

 

アニーが贈ったドレスのイメージ

 

PVアクセスランキング にほんブログ村