★★★2-14
「さぁ、最後の患者を診るとしよう」
「今の人で最後のはずでは?」
キャンディが不思議そうに尋ねると、先生はキャンディの肘をゆっくり持ち上げ、二の腕を指した。
「・・あっ、忘れてました。傷口は直ぐに水で洗いましたから平気です」
「いやいや、破傷風は怖いからの。わしのバッグの中に薬が―」
「私は実験台ですか?全て認可前のですよね・・?」
できれば遠慮したいと引きつり笑いをするキャンディに、先生はバッグの中をあさりながら「いや、特効薬がな・・おっ、これこれ、就寝前の一杯」
先生は携帯用の水筒を取り出した。おそらく中身はお酒だろう。
「先生?禁酒法はどうしました?」
「製造と販売は違法だが、摂取そのものは禁止しておらんさ。施行前に買い貯めた物を大事に飲んでおる」
「そんな大事なお酒を使うのは恐れ多いわ。私なら大丈夫ですから」
「だめだめ、君は貴重な人材だ。何かあってからでは遅い。直接ふりかけるがいいかい?」
先生はキャンディの二の腕を持ち、ゆっくり酒を落とした。
「――つぁ~・・・、ハハ・・、やっぱり沁みますね・・・」
顔をゆがめるキャンディに、先生は頬を緩めた。
「君は実にいい看護婦だ。患者はつかの間不安を忘れ、明るい顔になっとった。またいつ戦争が始まるともしれん。君のような看護婦はますます必要になるだろう。ずっと続けて行きなさい」 
一日一緒に仕事をし、先生はキャンディの看護婦としての適性を感じていた。
「はい、そのつもりです。私の方こそ先生とご一緒できて光栄でした。先生の伝染病の研究は、より多くの人を救えると思います。応援しています」
診察の合間に交わされた短い会話だけでも、お互いの持っている背景は多少なりとも分かるものだ。
アルコール消毒を終えた先生が「何か患部を縛る布が残っているかね?」と辺りに目をやった時、薄暗いドアの所に男性が立っていることに気が付いた。
「・・イギリスからのお迎え、・・・かな?」
「――イギリス?」
そう言いながらキャンディは振り向いた。
暗いドアの前に立つ長身の男性。長いマントをはおり、濃い色の髪が見える。
顔はぼんやりとしか見えないが、全体から醸し出される雰囲気で、それが誰なのかキャンディには直ぐに分かった。
反射的に椅子から立ち上がったものの、足がすくんで動かない。
まばたきをすると消えてしまいそうな気がして、キャンディは息を止めた。
「・・・・・テリィ・・?」
願いを込めて声を掛けると、その人物はゆっくりと部屋の中に入ってきた。
一歩、また一歩と互いの距離が縮まるごとに、目が鼻が口元が、そこにいるのはテリィなのだと、キャンディなのだとハッキリしてくる。
「―・・・・キャンディ・・」
テリィはやっとの思いで一言を絞り出した。
大きな緑色の瞳、そばかすのある愛らしい顔―
何度も、何年も、夢見ては消えていったキャンディが、今現実となって目の前にいる。
(―・・ああ・・、変わってない・・!)
そう実感すると、たまらずキャンディを引き寄せ、きつく抱きしめた。

「無事で、良かった・・・」

キャンディは信じられずにいた。突然目の前に現れた大好きな人。
その広い胸の中に自分はいる。
言葉が出てこない。感情が追い付かない。
「・・・・テリィ・・なの・・?」
「・・ああ・・」
お互い、声を出すのが精一杯だった。
会話ともいえない会話――
どれだけ名前を呼びたかったのか、応えて欲しかったのか。
お互いの声を聞いただけで、二人の間に確実に存在した十年もの空白の時が、瞬く間に埋められていく。
 (・・・・テリィ――・・・やっと、会えた・・)


懐かしさの中に落ちていくような感覚になった時、フッと力が抜け、キャンディは平衡感覚を失った。
「・・!キャンディ―!?」
ガクッと崩れていくキャンディの身体を、テリィは咄嗟に受け止めたが、
「・・ッ!――いたっ・・、」
腕の傷に触れてしまったのか、悲痛な声が上がった。
「ごめん、大丈夫か!?」
テリィは直ぐに体勢を変え、傷口を見た。
赤く大きな擦り傷は痛々しくはれ上がり、ほんのりウイスキーの香りがしている。
「・・ひどいな、どこか病院で――」
言いかけてハッとした。――ここは病院だ。
「あ、いえ・・平気・・。たいしたことないの。今消毒してもらったし」
「心配せんでも大丈夫だ、見た目の割に傷は浅い。朝から何も食っておらんしな、疲労と貧血だろう。君が来てくれて、安心したのかもしれんな」
「・・・貧血?」
よく見ると、反対側の腕にも注射針を刺した様な血の跡が見て取れる。
テリィはキャンディを抱える様に椅子に座らせると
「・・・何か持って来ればよかった―・・俺としたことが・・」
後悔を口にしながら腰に巻いていたサッシュを外し、キャンディの腕に巻き始めた。
「テリィ―・・」
あまりに素早いテリィの行動に、キャンディは五月祭での出来事を思い出した。
(・・あの時もすぐに手当てしてくれたわ・・。変わらないのね、テリィ・・)
器用に布を巻いていく様子を夢見心地で眺めている内に、ふとあることに気が付いた。
マントの隙間から見える中世風の服、季節外れの長いブーツ・・。
「――もしかして・・、それ、舞台衣装なの・・?」
マントの中はまるで中世の王子。
「・・着替える時間がなかったんでね。大丈夫、剣は置いてきた」
「そ、そんなの数分じゃない。そのくらいの時間はあったでしょっ」
着替える時間も惜しんで来てくれたと思うと内心は嬉しかったが、テリィの前ではいつも素直になれない自分が復活し、口調が一気に学生時代のトーンに戻って行く。
「へえ、君は数分で支度が出来るわけだ。恋人と会う時も?それはそれは結構なことで。手抜きの支度をされる恋人に、心から同情するよ」
テリィ節もまた健在だった。キャンディに呼応するかのように憎まれ口がさく裂し始める。
「おあいにく様!好きな人と会う時は、前日から支度しちゃうわ。仕事着のままで来るような手抜きの誰かさんとは、一緒にして欲しくないわ」
テリィはいつもこんな調子だったと思い出しながらキャンディは言い返す。
「俺の仕事着はむしろ正装さ。ごらんよ、どこから見てもデンマークの王子だ」
マントから軽く腕を出し、王子アピールをしてみせる。
そんな二人のやり取りを嬉しそうに眺めていた先生は、
「はは・・、とても十年振りに会ったとは思えんな」
苦笑しながら二人に帰宅を促した。内心これ以上騒がれても困るとも。
「キャンディス・ホワイト・アードレー嬢、いつかまたどこかでな」
「はい、ノグチ先生もお元気で・・!」
二人は丁寧にお辞儀をし、ゆっくりとドア閉めた。

 

 


 2-14 再会

 

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ワンポイントアドバイス

 

ノグチ先生のイメージ画

 

はい・・ご本人ですね汗

 

 

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