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投げやりな午後の隙間風のブログ

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 今年の春は異常である。

天候の異常を何で判断するかはまちまちだろうが、ある種の定点観測である自分の庭はそのもっとも身近なサンプルだ。

 こぶしがまったく花をつけなかった。梅が遅かった。八重桜もわずかに花をつけただけで終わってしまった。年年歳歳花相似たりなんてことは全然ない。詩人は一体、何を見ていたのか。

 庭全体のイメージが暗いのは昨年の秋に忙しさにかまけて手入れをしなかったせいだ。単にチューリップや水仙の球根を100球ばかり、そこここに埋めておくだけでも春の庭はぱっと華やかになる。両方とも昨年、たくさん植えたので、今年も花をつけてくれないかと期待したが、葉ばかり伸びてろくに花が咲かなかった。

 植物にとって花を咲かせるのは一大事業だ。ときには花を咲かせる前に固いつぼみを摘み取って栄養を貯えさせないと次によい花を咲かせることができない。残酷なようだがそれが現実だ。すべての世代に花を咲かせ、実を結ばせることは、そうしてやりたくても不可能なのである。無理をすれば、土壌自体が衰えてしまう。ひともおそらく同じ。花を咲かせる前に摘まれる順番には当たりたくはないが、それも必要悪か?

 

 1年1年でみると、決して庭はバランスが取れてはいない。ある植物が突然、庭中を覆ったかと思うと、数年後には消えてなくなったりする。人間と違って欲望を持たない植物の世界では、ちょうどいいくらいにお互い融通して長く繁栄しそうなものだが、全然、そんなことはない。隙さえあれば最大限に自分の勢力を伸ばそうとするのはむしろ、自然の法則なのだろう。共存はその結果としてのぎりぎりの姿だ。平和ボケの日本ではその事実は受け入れがたいのだろうが・・・。