江戸秋葉原文芸堂 -2ページ目

江戸秋葉原文芸堂

( ´・ω・) 江戸戯作を読んだり、江戸時代関連のニュースピックアップをしたり。江戸文化歴史検定一級第三回最年少合格。

将軍家御典医の娘が語る江戸の面影 (平凡社新書 419)/平凡社
¥735
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( ´・ω・) へなちょこ文士おすすめ度★★★★★


第一章 福沢諭吉に背負われて

一奥医師の家庭

二蘭学サロン桂川家

三福沢諭吉がやってきた

第二章 なつかしき江戸の情景

一幼き頃の隅田川

二夢見心地の芝居見物

三浜御殿をかけめぐる

第三章 お姫さまの御一新

一桂川家閉門

二幕府滅亡

三江戸城明け渡し

第四章 武士でも姫でもなくなって

一屋敷をとりあげられる

二徳川家臣団の離散

三結婚までの日々

第五章 薩長にお辞儀なんかするもんか

一波乱の新婚生活

二反政府運動のうねり

第六章 すべては夢のように

一新たな人生のはじまり

二夫を西郷隆盛のもとへ



( ´・ω・) もっと細かい小題もあるんですが、書き写すのが大変なので、略。まぁ、自分が感想を書くまでもなく、この見出しに興味を持った人は絶対に面白く読める本です。文句なしに星5つ。おすすめです。


( ´・ω・) 幕末の風雲に御典医である桂川家はあまり関係ないのかと思ったら、親戚に木村茶舟がいたり、幕府の陸軍副総裁になった藤沢次謙がいたりで、意外でした。当時十代前半だった桂川みねから見た江戸の黄昏というものは、情感たっぷりで、眼前に風景が浮かんでくるかのようです。


( ´・ω・) 芝居見物の日のドキドキ感、隅田川の美しい眺め、そして、浜御殿での日々。みねはガキ大将になって、他の親類の子どもたちを引き連れて浜御殿の庭で遊んでいます。なんで子どもが将軍家の浜御殿で遊んでられるとかいうと、その頃の木村善毅(芥舟。みねの叔父)が浜御殿添奉行だったからです。


( ´・ω・) そして、御一新後の日々。落剝した苦難の中でも、みねは負けん気の強い自分らしさを失わず、見合いをぶち壊したりなんだりしますが、最後は元佐賀藩士の今泉利春に嫁ぎます。徳川嫌いの夫に、それでも元徳川家臣の娘として喧嘩する様子というのも微笑ましい面があります。


( ´・ω・) その夫も、佐賀の乱に関わり、逮捕されてしまいます。釈放後、官を辞して代言人として生活する夫をみねは支えます。そのあとも、西南戦争に呼応しようとして、利春は牢屋に入れられたりします。しかし、優秀な利春は何度も官に戻ることを誘われます。それでも、頑として受け付けなかった利春。しかし、最後は副島種臣に説得されて、検事になります。


( ´・ω・)  正義感があり、みね同様に一本木な性格の利春は、視察で訪れた種子島監獄で赤痢に苦しむ囚人達を、係の役人が感染を恐れて近寄らないなか、自らが看病して、それが原因で命を落とすことになります。そのときの副島の「国のため今泉を死なすな」の電報はぐっとくるものがありますね。その後、西南戦争の死者しか埋葬が許されていなかった南洲墓地に、特別に西郷の遺志を継ぐ者として戦死同格として葬られます。そのために、みねも尽力します。


( ´・ω・) 夫の死後、みねは各地を転々としながら、子供たちの養育に後半生を捧げます。そして、昭和十年、八十歳を越えてから、昔の思い出を聞き書きとして残します。それが、「名ごりのゆめ」です。現在では、東洋文庫で「名ごりの夢」として、復刻版が出ているそうです。


( ´・ω・) いつもより長めに書きましたが、まだまだ本書の魅力を伝えきれていません。時代ドラマとして、テレビで放送してもいいんじゃないかと思うぐらいです。それだけ、美しい作品です。……でも、思い出は思い出だからこそ、美しいのかもしれませんね。もっとも、あとがきによると、みねの死後、「名ごりのゆめ」が昭和十六年の刊行後に、文部省の推薦図書になったり、NHKで放送?されたみたいですが……。


( ´・ω・) 読書週間に読む本としてもいいんじゃないかと思います。小難しいことは書いてないですし、純粋に「思い出」話として楽しめます。桂川家に出入りする若き蘭学書生たちや、父である桂川甫周(安政に『和蘭字彙』を発行)の維新後の生き方も興味深いです。


( ´・ω・) 福沢諭吉の痩せ我慢の説じゃないですが、官に仕えず、階級上の武士というものがなくなってからも、武士としての生き方を貫いた人々は、美しさを感じます。現代人は自分の利益ばかり考えて要領よく生きようとしたり、他人を利用したり出し抜こうとしたり、あるいは保身に走ったりしがちですが、美しく生きるということについて、考えさせられるものがあります。利春の生き方を見ても。……文字通り、命がけですが……。


明治十年 丁丑公論・瘠我慢の説 (講談社学術文庫 (675))/講談社

¥672
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名ごりの夢―蘭医桂川家に生れて (東洋文庫 (9))/平凡社
¥2,415
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江戸の子どもの本―赤本と寺子屋の世界/笠間書院
¥945
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( ´・ω・) 読み終わったので、感想です。本書には、以下が収録されています。


解説―「赤本」とはどのようなものか

桃太郎昔語(ももたろうむかしがたり)

きんときおさなだち

兎大手柄(うさぎおおてがら)

寺子短歌(てらこたんか)


( ´・ω・) あとは、資料として、明治になってからリライトされた「桃太郎」、「キンタラウ」(作・巌谷小波)、かちかち山(作・浜田広介)、浮世風呂(これは江戸時代。式亭三馬)の一部が紹介されています。


( ´・ω・) まず、桃太郎昔語。現代の絵本だと桃から生まれるのが一般的ですが、江戸時代では桃を食べたおじいさんとおばあさんが若返って……(中略)……そして、桃太郎が産まれる、というパターンが多いみたいです。そのあとは、現代のお話とあまり変わりません。まぁ、時代を反映して、桃太郎のことを家来の動物や鬼が「旦那」とか読んでたりします。


( ´・ω・) きんときおさなだち。これも今の絵本とあまり変わりません。でも、雷様を睨んで落としたり、太鼓を打ち破っちゃったりとかは、現代の絵本ではないかもしれませんね。あとは、熊を投げ殺したり。今じゃ、投げ飛ばすだけで、命まではとらないと思いましたが。教育的な配慮(?)ですかね。


( ´・ω・) 兎大手柄は、今の「かちかち山」です。これも今とあまり筋は変わりません。兎の画が味があっていいです。まぁ、これも容赦なくお婆さんは殺され、狸も叩かれて沈められてます。江戸時代は容赦がありません。まぁ、刀持った武士がうろうろしてる時代ですしね。今よりも、生き死にははっきり書きますね。子ども相手でも。



( ´・ω・) 寺子短歌は、寺子に通う子どもたちを詠んだ絵入りの短歌集です。机の上に乗って遊んだり、落書きしたりと、わんぱく放題。何首か歌を拾ってみると……、


【に】 人形ばかり書きたがり 草紙にそっと 水をかけ

【ほ】 干して精出す ふりするな

【わ】 悪あがきして 芝居のまね 机硯を損ふな

【よ】 よごれた顔さへする時は ほめる親こそおかしけれ

【た】 七夕からは盆のうち 長ひ休みに忘るるな

【ら】 落書きするが得物とて 土蔵の壁にあまた見ゆ

【や】 休み日ばかり算(かぞ)へたて 頬杖居眠りわき見して


( ´・ω・) ……こんな感じで、今の子どもと変わらないところもありますね。勉強よりも遊びたい年頃ですから。絵についているちょっとした台詞にも、微笑ましい気持ちになります。


( ´・ω・) 明治以降になると、優等生的な絵本になっていってしまうので、江戸時代ならではのおかしみのある絵本のほうが味わいがあるかもしれません。桃太郎が家に帰ってきて、持ってきた財宝で「この後で米を打ち出してやらう」というのを、「ただ金が良ふでござる」という下男とか。きんときおさなだちで、太鼓を取り上げられた雷が「雷の商売ももふならぬ。悲しや悲しや。その太鼓はやがて梅雨になると要ります。返して下さりませう。」と言って、泣くとか。


( ´・ω・) 絵本なので、絵だけ見ても楽しめます。現代語訳もありますし、興味のあるかたは読んでみても損はないと思います。



大江戸曲者列伝―幕末の巻 (新潮新書)/野口 武彦

¥756
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( ´・ω・) 読み終わったので、感想です。曲者っていうと泥棒の類とかが想像されますが、本書に出てくるのは「癖のある人物」とか、幕末史の片隅で異彩を放つマイナーな人物たちが多いです。有名な人も何人か出てはきます。でも、微妙な人物だからこそ、面白いような気もします。



( ´・ω・) たとえば、アメリカに渡った使節団の中にいた当時17歳の通訳見習いの立石斧次郎。その若さと快活さから、全米で大人気になり、毎日のように新聞に取り上げられ、記事に「昨夜のトミー」なんて見出しまで出るほどで、さらには「トミー・ポルカ」という歌まで作られ、ラブレターが殺到。熱を上げるあまり宿泊先まで押しかける娘さんまで出てくる始末。その後、調子に乗りすぎだと小栗忠順から怒られてるところがまた面白いですね。



( ´・ω・) 特にマイナーな人物だと、「本当のワル」(本書の見出し)、青木弥太郎。幕末の治安悪化を利用して、御用金強盗など悪事をしまくった旗本です。捕まって牢屋に入れられたのち、石抱きなどの数々の拷問に耐え抜くことで牢名主達から尊敬され、かいがいしく看病される様子が、なんというか、こういう幕末もあるのだな、と(笑) 明治になってから、俺は石抱きをくらっても白状しなかったと威張っていて、「バカモノ。もっとデカイことをやってから威張れ!」と勝海舟から怒られてるのが、またなんとも(笑) その後は、王子で料理屋を開いたそうです。



( ´・ω・) 上記二人のような話だけでなく、ペリーとの交渉に死力を尽くした役人や学者、戊辰戦争関連で奮戦した人物なども出てきます。特に「ペリーに抱きついた男」松崎純倹(ペリーとの交渉時に日本側の漢文書類を作成した儒者)の話が個人的には好きです。ポーハタン号の祝宴でべろんべろんに酔っぱらった純倹先生(54才。米側の印象では醜男扱い)が突然ペリーに抱きついて「日米同心、日米同心」と言うシーンは、条約締結でせめぎ合った当事者同士だからこそ出た言葉だと思います。お互い死力を尽くして粘り強い交渉をしながら書類を作っていったからこそ、酒の席で感情が高ぶったのでしょう。その純倹先生は大任を果たし、調印の数か月後に死去します。



( ´・ω・) 幕末っていうと有名な志士達のことばかり取り上げられがちですが、こういうマイナーな当事者達の目から見ていく幕末も面白いです。それぞれの職務の中で、自分の出来ることを全力でやる姿は胸を打つものがあります。幕末史の主役ではない、脇役だからこそ見えてくるものもあります。本書は文章が軽妙で、描写も小説のように豊かで、読んでいてとても楽しかったです。



リンク→キリンHP内「立石斧次郎」(歌詞や、その後の斧次郎についてなど)








大江戸曲者列伝―太平の巻 (新潮新書)/新潮社
¥756
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( ´・ω・)  読み終わったので、感想です。江戸時代における曲者……奇人変人や異彩を放つ人物が取り上げられています。


( ´・ω・) 出てくる人物は、学者、老中、役人、戯作者、旗本婦人、遊女などなど……多岐にわたります。太平の巻ですが、ペリー来航前後の人物も何名か出てきます(阿部正弘・徳川斉昭とか)。


( ´・ω・)幕末の巻よりもさらにマイナーな人物も出てきますが、知らない人物だけに面白く読めました。たとえば、「幽界を見た少年」仙童寅吉とか、「いつも万葉気分」の平賀元義とか、「官製美談」の遊女とか。本書には有名人も出てきますが、マイナーな人物の話のほうが面白い気がします。


( ´・ω・) 本書で提唱されている「ゴシップ史観」というのは、かえってその時代の本質を捉えている面もある気がします。しゃちほこばって歴史を読んでいるだけでは見えてこないものもあります。当時の庶民のように下世話に見ていく江戸時代は面白いです。瓦版的というか、噂話的というか、藤岡屋日記的というか……。


( ´・ω・) 一話が五ページぐらいなので、気軽に読めます。「歴史コント」と著者自らがいうだけあって、肩肘張らずに読めます。それでいて、どこか深みのある、いい本です。つまり、面白い。幕末の巻と合わせて読むと時代を総覧できていいかもです。おすすめです。


大江戸曲者列伝―幕末の巻 (新潮新書)/新潮社
¥756
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( ´・ω・) 「江戸巷談 藤岡屋ばなし」も面白いです。「大江戸曲者伝」よりは落ちますが……。

江戸巷談 藤岡屋ばなし (ちくま学芸文庫)/筑摩書房
¥1,470
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江戸巷談藤岡屋ばなし〈続集〉 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房
¥1,470
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「むだ」と「うがち」の江戸絵本: 黄表紙名作選/笠間書院
¥1,680
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( ´・ω・) 黄表紙の名作を、原文と現代語訳、解説で読んでいく本書。以下の五作品が収録されています。挿絵についての、細かい解説があるのもいいです。


『金々先生栄花夢』(きんきんせんせいえいがのゆめ)      恋川春町

『辞闘戦新根』(ことばたたかいあたらしいのね)          恋川春町

『江戸生艶気樺焼』(えどうまれうわきのかばやき)        山東京伝

『天下一面鏡梅鉢』(てんかいちめんかがみのうめばち)     唐来参和

『的中地本問屋』(あたりやしたぢほんどんや)           十返舎一九



( ´・ω・) 『金々先生栄花夢』は、邯鄲の夢のパロディです。江戸にやってきた田舎者が、目黒不動尊前の茶屋で寝ているうちに、江戸で栄華を極める夢をみるお話です。といっても、吉原だの辰巳だので遊んでるだけですが。最後は没落して、駕籠に乗ることもできずに、徒歩での品川通いになります。遊女が唐言(客にわからないようにする暗号言葉)を使ったり、太鼓持ちの囃し方とか、おもしろいです。


( ´・ω・) 『辞闘戦新根』は、古くなってきた地口が妖怪化して、版元に悪さをする話です。それを、さらに昔の、お蔵入りとなっていた本の登場人物たちが懲らしめるという趣向が面白いです。とんだ茶釜の画が、とてもかわいいです。擬人化イラストとか現代でもありますが、昔でも考えることは一緒ですね。


( ´・ω・) 『江戸生艶気樺焼』が、この中では、いちばん面白かったです。文章力が他のとは、ちと違います。浮名を流したいと思う金持ちの息子(醜男)が、馬鹿をし尽す話です。大金を積んで、わざと女性に家に押しかけさせたり、焼きもちを味わいたいがために妾を雇ったり、色男が芝居で殴られて髪が乱れるさまは格好良いと思って、腕っ節のいい男にわざと殴られたり、はては、心中の真似事までします。やはり主人公がどこか憎めない馬鹿だと、作品はいい出来になりますね。結末もいい感じでした。


( ´・ω・) 『天下一面鏡梅鉢』は、当時の世情をあべこべに書くことで皮肉って、絶版になった本です。登場人物は菅原道真とかですが、松平定信を意図していることは丸わかりです。遊女が簪で手裏剣の稽古をしたり、真面目に学問をしたり、乞食がいい暮らしをしてたり、打ちこわしをされた人間が喜んでたり(「閉ざさぬ世」の皮肉)、……まぁ、これじゃあ咎を受けるわな、と(笑)。文章自体はいまいちな気もしますが、その当時に生きる人からすれば、かなり笑えたと思います。文武奨励と定信の政治への冷笑が伝わってきますね。まぁ、作者自身も書きすぎたと思ったのか、最後のほうで取り繕ってますが、それこそ洒落にならん事態になったわけです。


( ´・ω・) 『的中地本問屋』は、作者である一九や、草双紙に携わる様々な人物がでてきます。板元の栄邑堂村田屋によって、種々の妙薬を飲まされた一九たち(ものすごいものが調合されている。一九の場合は、馬糞と干鰯と鍬と鋤)が、神業のような仕事をします。表紙や綴じの工程など、どんなふうになされていたのかもわかって、出版文化史的にも興味深いです。



( ´・ω・) まぁ、やっぱり近世の戯作ってのは、当時に生きている人じゃないと通じにくいパロディが盛りだくさんなので、どうしても現代では読まれなくなっていってしまいますね。それでも、本書は詳細な解説がなされているので、なかなか面白く読むことができました。特に、『江戸生艶気樺焼』。画もいいですしね。


( ´・ω・) 現代のラノベもそうですが、笑い(ギャグ)を書くとなると、パロディをやるのが手っ取り早いんですよね。今も昔も、変わらんもんです。ラノベでのアニメなどを使ったネタも、おそらく200年後の人間にはほとんど通じないでしょう。古典注釈のように、欄外にアニメの名前が引用されて解説するような日がくるかもしれません。



武士の評判記―『よしの冊子』にみる江戸役人の通信簿/山本 博文
¥1,470
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( ´・ω・) 読み終わったので感想です。本書は、松平定信の元に集められた情報を当時の文章と現代訳で読んで解説してゆく好著です。よしの冊子のよしとは「~の由(よし)」。現代でいうと「~のようです」という伝聞的な意味です。それが、いくつも集まって、膨大な数になってます。


( ´・ω・) たとえば、時代劇の「鬼平」で有名な長谷川平蔵についてはこんな情報(噂)が集められています。


平蔵は、加役にて功をたて、是非町奉行に相成り候積(つも)りの由。一躰の人物は宜しからず候へども、才略は御ざ候よし。


平蔵は、加役(=火付盗賊改。このころは独立した役職ではなく御先手頭に加えて務めたので、加役と呼ばれた。なお、火付盗賊改が独立した職制になるのは文久二年十二月)にて功をたて、ぜひ町奉行になろうというようなつもりのようです。人物はよくないといえども、才略はあるようです。


( ´・ω・) 他には、


長谷川平蔵至って精勤、町々大悦びの由。今でははせ川が町奉行の様にて、町奉行が加役の様に相成り、町奉行大へこみの由。……


( ´・ω・) 大へこみ、って表現がいいですね。平蔵が活躍しすぎて庶民に大人気。町奉行が凹んでいる様子がありありと浮かんできます。情報といっても、ところどころ面白い表現があって、人間味を感じさせるものがあります。


( ´・ω・) こういう噂の他にも、平蔵自身の発言など細かいことも収集されてます。


長谷川平蔵転役も仕らず、いか程出精仕り候ても何の御さたこれ無く候に付き、大に嘆息いたし、まうおれも力が抜け果た。 しかし越中殿(=松平定信)の御詞(おことば)が涙のこぼれるほど忝ないから、夫計(そればかり)を力に勤る外には何の目当てもない。是ではまう酒計(ばかり)を呑み死ぬであらふと、大に嘆息、同役などへ咄し合い候よしのさた。


( ´・ω・) (いつまで経っても出世できず、)もう俺も力が抜け果てた…(中略)…これではもう酒ばっか呑んで死んでくだろう、と同役との話の中で嘆息する平蔵。生々しいですね。こんな同僚に話したことまで、全部筒抜けというのも怖くはあります。情報網は驚くほどです。


( ´・ω・) 寛政の改革っていうと、質素倹約・文武奨励(文武というて夜も寝られず……)って感じでつまらなそうな時代ですが、よしの冊子に出てくる江戸城の役人たちはどの人物も一癖あって面白いです。無能な老中が定信にいろいろ質問されて汗びっしょりになってたり、節約に関して細かいことをグチグチ言って部下から嫌がられる上司とか、老いた母がいるから出世したくない役人とか。描写が生き生きとしていて、眼前に人物やその場の空気が浮かんでくるようであります。


( ´・ω・) そして、クライマックスは松平定信の老中辞職。その政変とも言える大事件をめぐっての江戸城の反応はドラマチックですらあります。


林肥後守、越中殿さへ、下から取て投げられなされた。扨々(さてさて)こわい油断のならぬ事だと溜息つき候よし。平岡美濃守も顔色甚だ宜しからず候由。高井主膳は強く塞ぎ候様子の由。いづれ奥向きにても是では済まぬと嘆き、安心致さざるもの多く御ざ候由。


( ´・ω・) 城内の重苦しさが伝わってきます。そして、定信に見出されて出世した役人たちは皆、涙を流していました。大泣きする者、静かに落涙するもの、大いに嘆息する者……様々です。おまけとして、「にょほんといたし善悪に構わざる」……いつものほほんとしていて毒にも薬にもならない人が「是ハ大変だ」と言ったとか、「越中殿さへこんなめに御逢いなされた。おれらが様ナものハどんな目に逢うかもしれぬ。アゝこわい事だ。こんナ時は早く逃るがよい」と言って、逃げるように城から退出する慌て者(笑)まで人間模様は様々です。よくまぁ、これだけの人間の反応を集めたな、と(笑)。城内には茶を運ぶ坊主とかいますから、そのあたりが見聞きしているのかもしれません。


( ´・ω・) 平蔵のほかにも、町奉行や勘定奉行、老中などの噂が数多く紹介されています。江戸の町の人達も、情け容赦なく奉行をこきおろしてたりします。あの奉行はこまっかくてだめだ、とか、あの人は大した人物じゃないようだ、とか。現代の我々がテレビを見ながら政治家をこき下ろしてるのと本質は変わりませんね。


( ´・ω・) 江戸時代は時期によっていろいろと楽しみ方があると改めて思いました。田沼の頃のバブルな感じの面白さもありますが、この時代の役人たちの人生というのも十分面白いです。政治改革と、出世競争と、役人の人間模様と、民衆の容赦ない評判。平和な時代には平和な時代のドラマがありますね。幕府も財政が窮乏してきた頃なので、勘定方面は優秀な人材を抜擢したりしてます。現代の日本も、金がなくなってきて、改革が必要な時期なのやもしれません。田沼がバブルとして、定信がデフレ不況。さて、これからの現代日本は如何に。幕末のような混乱になるとも限りません。もうすでに、なってきているかもしれません。様々な外交問題と、ナショナリズムの台頭にそれを感じないでもないです。


深読み浮世風呂/小学館
¥1,995

( ´・ω・) へなちょこ文士おすすめ度 ★★★★☆

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深読み1 江戸っ子による江戸っ子のための文芸

深読み2 お江戸はありがたいところさ

深読み3 銭湯での世間話はホットニュース

深読み4 女湯の話題は教育問題

深読み5 浮世風呂は日本橋界隈に

深読み6 日本橋界隈は新興町人の世界

深読み7 野暮こその真の通、意気こそ野暮の心情


( ´・ω・) 原文を読み進めながら、浮世風呂・浮世床の世界を深読みしていく本書。とても面白かったです。原典は数年前に途中で面倒になって読むのやめてたんですが、そのうちまた改めて読もうと思いました。


( ´・ω・) 世間話だからこそ、縦横無尽。ありとあらゆる話が聞けるのが醍醐味です。さながら銭湯文学・床屋文学です。話題は、江戸と上方の比較、食べ物の話、行楽地(向島百花園)の話、子どもの話、はては人生訓についてまで、いろいろです。臨場感があって、その場に自分もいて聞いているかのようです。


( ´・ω・) 後半では、浮世風呂(と隣接する浮世床)が、どこにあるのかという謎にも迫ります。ちょっとした発言から推理・特定していくというのも面白味がありました。


( ´・ω・) 作中の「通だの通り者だのといはれて身代を潰すよりかも、野暮と云れて金をためた方が利口だの」 という台詞の通り、江戸っ子(江戸戯作者式亭三馬)による江戸っ子のための作品であったからこそ、多くの江戸っ子に共感を持って受け入れられて「おおあたり」したわけです。原文つきといっても、丁寧な解説と現代語訳つきなので、楽しく読めると思います。


雨月物語 下 (講談社学術文庫 488)/講談社
¥1,208
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( ´・ω・) 読み終わったので、感想です。ネタバレ含みます。


( ´・ω・) 本書に収録されているのは、以下になります。


巻之四

蛇性の婬(じゃせいのいん)

巻之五

青頭巾(あをづきん)

貧富論(ひんふくろん)


下巻各編解説「此岸(ここ)と彼岸(むこう)」

続『雨月物語』の世界

『雨月物語』の本質と史的位置

秋成小伝―生活と言葉―



( ´・ω・) まずは、蛇性の婬。現代でいうところのニートのような青年が(まぁ、一応勉強してますが……)、雨宿りの途中、美しい女性と出会います。なんとその女性の正体は! ……題名通り、蛇でした。しかも、物凄い怪異現象を起こす力を持ってます。だけど、主人公にゾッコンラブ。ストーカーの如く、どこまでも追っかけてきます。主人公の前で見せる、うち笑みて、の文章表現が効果的。そのさまは、アキバ文化用語(?)的にはヤンデレといった感じです。そして、最後はバトルです! 舐めてかかった坊さんAは返り討ちにあって、あえなく死にます。でも、最後はえらい坊さんのおかげで、解決します。怪異といえば、やっぱり坊さんパワーの出番ですね。坊さんかっこいいよ坊さん。


( ´・ω・) 青頭巾。今度も坊さんの話です。えらい坊さんVS道を外れてしまった坊さんの話です。もともとは実直だった坊さんが、愛する童児を失った悲しみによって食人鬼と化してしまいます。民衆が恐れて近寄らないその寺に、単身向かう、えらい坊さん。大胆にも、その寺に泊まります。夜中になって、食人鬼である本性を現した外道な坊さんが、えらい坊さんを探すさまは鬼気迫るものがありました。そのあとは、なんだかんだで禅の教えと喝によって、その食人坊さんは往生します。めでたし、めでたし。


( ´・ω・) そして、最後は貧富論。ある晩、枕元に金の精霊が!(といっても、美女ではなくて爺さん) 金を崇めることで周りから変な目で見られていた武士と、精霊の翁が夜語りします。現代に生きる我々にも頷ける疑問が多いと思います。なぜ嫌な奴ばっかり金持ちなのか……とか。まぁ、あとは観念的な話になったりもしますが、金を稼ぐ能力と正義は別物……みたいな、わりと冷静な結論に達します。あとは、この時代は桃山時代なので、そのあとの歴史に関しての伏線もちょこっと。蛇性の婬、青頭巾、とバイオレンスなのが続いていたので、終わりの話としてはこれで後味がいいと思いました。ナイス構成。


( ´・ω・) あとは、学術的な解説とかですが、斜め読みしたので、特に感想は書きません。


( ´・ω・) まぁ、あまり肩肘張らずに、普通に読んで楽しめばいいんじゃないかなと思います。現代訳はありますが、原文だけでも、だいたい意味が分かると思います。雨月の世界は、妖しくも美しいです。なんてったって、文章表現力が卓越してます。見習いたいところです。


雨月物語 上 (講談社学術文庫 487)/講談社
¥1,208
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( ´・ω・) 久しぶりに近世(江戸時代)文学の本です。大学時代に雨月はちょこっと読んだんですが、東海道中膝栗毛のあとだったので、非常につまらなく感じたものでした(滑稽もののほうが好き)。しかし、あらためて今読んでみると、当時の自分はアホだったなぁと思います。普通に面白いです。


( ´・ω・) 本書に収録されているのは、以下になります。


雨月物語序

巻之一

白峯(しらみね)

菊花(きくくわ)の約(ちぎり)

巻之二

浅茅(あさぢ)が宿(やど)

夢応(むおう)の鯉魚(りぎょ)

巻之三

仏法僧(ぶつほふそう)

吉備津(きびつ)の釜

上巻各編解説「此岸(ここ)と彼岸(むこう)」



( ´・ω・) 雨月物語は怪異小説……幽霊とかが出てきます。といっても、ただの怪談ではなくて、そこには人と人の織り成す物語があります。それは独特の味わいがあって、読後の余韻はたまらないものがあります。


( ´・ω・) まず、白峯。タイムリーなことに、NHK大河ドラマ「平清盛」に出てくる登場人物の名前が何人も出てきます(信西とか源平の武将とか)。主人公は西行。怪異として現れるのは崇徳院。生身の西行と悪霊となった崇徳院が激論を闘わせます。平清盛の今後の展開についてのネタバレが含まれてるので、そういうのを嫌う人は読まないほうがいいかも。


( ´・ω・) 菊花の約は、戦国時代の話。在野の学者・左門と、旅の途中で病に伏せった武士・赤穴との出会いから話が始まります。義兄弟の契りを結ぶほど親しくなったふたりが、一つの約束をして別れます。月日が流れ、約束の日となって、怪異が起きます。霊として現れた者の正体は……。そして、左門は最後に思いきった行動をとります。


( ´・ω・) 浅茅が宿は、夫婦の話です。夫が京都へ行っている間に、妻のいる関東で戦乱が起こります。妻が死んだものと思い込んだ夫は、故郷へ帰ることを断念します。そして七年後、夫が故郷へ帰って元の家を訪ねてみると……。


( ´・ω・) 夢応の鯉魚は、魚を描くのが大好きなお坊さんが主人公です。病で死にかかったお坊さんが鯉となって自在に水中を楽しむ話です。ところが、知人の釣竿にかかってしまい……。


( ´・ω・) 仏法僧は、高野山での話です。ある隠居が禁を破って夜にお堂にいると、珍しい仏法僧の鳴く声が。そこで得意の発句を詠みます。すると、不審なことに、夜中なのに、貴人と武士がやってきて酒宴を始めます。彼らの正体はなんと……?


( ´・ω・) 吉備津の釜は、これも一応は夫婦の話ですが、浅茅が宿よりも、ドギツイです。今まではどの幽霊も実害を与えませんでしたが(気絶する程度)、今回は思いっきり牙を剥いてきます。でも、それも自業自得というか……。この物語の文章力は特に際立っていたと思います。迫力や緊張感がありました。それでいて、美しい文章でした。名文です。


( ´・ω・) 本書は、原文のほかに丁寧な現代語訳、語文注、考釈がなされているので、古文が苦手だった人でも読めると思います。多少、根気がいるかもですが。


( ´・ω・) 次は違う本を読む予定ですが、そのあとにでも下巻を読もうと思います。これから近世文学関連の読書を増やす予定です。



( ´・ω・) 「近世考」で、浅茅が宿について触れられています。秋成関連では貧福論についても。この本もおすすめです。


近世考―西鶴・近松・芭蕉・秋成/影書房

¥2,940
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