思い出のマーニーの映画を観た方に感想を聞くと,どうも賛否両論あるようです。

これまでのジブリのようなイメージを期待したり,アナ雪のようなメリハリのあるストーリー構成と比較すると,何だか物足りないという感じを抱く方もいるかもしれません。


これには,先回お伝えしたように「解離」という前知識を持って映画を観ると,より楽しめると思います。

アンナ(杏奈)は幼少期からのとてもつらい体験の影響で,容易にボーッとした解離状態になりやすかったものと思われます。


そのような中,静養をかねて,知り合いの夫婦の元で預かってもらうことになったのです。

映画の設定は北海道のはずれのようですね。


この養母の元を離れ,知り合い夫婦の元で,アンナはとても色々な体験をしていきます。


この様子は,まさに悩みや傷ついた相談者さんが,カウンセラーのもとを訪れ,カウンセリングをする中で変化,成長していくプロセスととても似ているんです。 (つづく)



先回,この映画(小説)の特徴として,ボーッとしたような,ストーリーも淡々と進んでいくことについて触れました(特に小説)。
そして,主題歌も同様に,すごくゆーったりとした曲になっています。

これは何を意味しているのか。また,何を意図しているのでしょうか?

おそらく,アンナさんの心情風景を描写していると思われます。
それは「解離」という心のメカニズムで説明できるでしょう。

人の心は苦痛が自分自身の許容範囲を超えると,自分自身の心を守るために感覚を麻痺させるのです。
ちょうど,電気を使い過ぎると安全装置であるブレーカーが落ちてしまうのと同じように。

そしてアンナさん,解離していくとどうやら色々な体験をするようなんです・・・。(つづく)

先日,主人公のアンナは自分の気持ちをまるで一切感じていないかのように,冷静に淡々として振る舞っていることについて書きました。
この点は,小説には“アンナの無表情”と記されています。
人は,とっても辛い体験をすると,このように自分の気持ちをあえて感じないようにすることで,自分の心が壊れてしまわないようにバランスを保つんです。

しかし,気持ちを感じないようにしていても,身体は正直です。
アンナには喘息の持病があり,どうもストレスを受けると発作が起きるようなんです。
喘息にはストレスもその原因の一つだったりしますが,アンナさんの場合もこのような形で身体がSOSを出して教えてくれていたんですね。

このように,まず感情と身体(症状)について書きました。

次は,考え方についてです。
アンナさん,養子に行った先でも“自分は養育者に迷惑をかけているのではないか?”,“自分がいない方が良いんじゃないか?”という風に,自分に否定的に考えていたようなんです。
しかし,実際の育ての親はアンナさんのことをむしろ過剰なくらい心配し,愛してくれていたようなんですが・・・。

とても辛い体験をすると,このように考え方までも自己否定になってしまったりすることが良くありますし,むしろこれは自然のことなんです。

そして,小説では特にそうですが,とにかく文章の流れも淡々としていて,思わず読み進めるのが億劫になるほどです。眠くなるというか・・・。
映画の主題歌も,アナ雪の主題歌と比べたら雲泥の差ですよね。とても幻想的というか,ゆったりと流れるような・・・ボーッとした感じですね。

実は,ここに大きなポイントがあるんです。 (つづく)

※次回はネタバレになるかもしれません。