明確な目指すものがあればこそ
私が以前、英語を勉強しようと思ったのは、海外に行った時に見たTVが理由。
帰ってきて、日本でニュースを見ると、あれだけ海外で取り上げられていたニュースが、
全く日本じゃ取り上げられていなかったりして、それを感じた時、
あぁ、やっぱり自分で情報を選択して、世界を知らないといけないと思ったから。
その為には英語は欠かせない。
でも漠然とした理由だったし、できないからと言って生活で困ることもない。だから、なかなか、単語の知識を増やしたり、自然な英語の言い回しを勉強したりすることを怠っていた。
でも、今、英語を勉強したい理由がもう一つできたので、もう一歩踏み出して、
頑張れると思う。
ちゃんと自分のものにしていこう。
THE AROMATISE A LA POMME
今日、久々にケーキを家に買って帰りました。
以前は、梅田阪急だったり阪神、大丸のデパ地下を帰り道に通って、
おみやげとかいって美味しそうなケーキやパンを買って帰っていたけれど、最近は梅田を通らないから、
お土産を買って帰ることも少なくなりました。
だけれど、昨日は母の誕生日。
昨日は早く帰れたのにぐったりしていて、ご飯を食べてバタッと倒れるように横になってしまいました。
その時、誕生日だったことを思い出して「しまった」と反省。
今日は一日遅れたけれど、ケーキを買いました。
そして、美味しいHEDIARDの「THE AROMATISE A LA POMME」
という紅茶を入れて、ほっと一息。
ほんと、この紅茶、香りがよくて、うっとり。
お誕生日おめでとうございます。
お母さん。
大反省
防ぐことが決して難しいものではなく、日頃から気をつけないとと周りからも言われていたのに。
言い訳もありません。これはもう自分の行動を反省して、二度とこのようなことをしないようするのみです。
また、今回の事は人の声に耳をしっかり傾けないといけないと言われているのだと思います。
なんだか、今の中途半端な自分の行動がこの結果を招いたのだと思います。一つずつ片付けてやっていこう。
こう書いていると仕事だけじゃなくて私生活も色々中途半端でグチャグチャだったり。消化不良な感じです。
今の私、もっと足元から一つずつ固めていかなきゃならないのだろうな。
偶然にも
昨日から英語の授業に再復帰して、偶然の再会がありました。
といっても、私の方が一方的に知っているだけなのですが。
大学で教鞭をとられている方で、私が大学生だった時、
お見かけしたことがあるな~という方でした。
その方の授業をとったことがなかったのですが。
なんだか、同じ生徒として机を並べてファーストネームで呼び合うとは、
当時は想像もつきませんでしたが、3ヶ月間楽しみです。
一緒にがんばろーね
今日は久しぶりに会えた友達がいました。
振り返ると今まで彼女とは、そんなに深い話をする機会もなかったけれど、
なんとなく、私は人に流されず自分なりの考えをもって生きてそうな子だな~って、
思っていました。
その彼女にブログを読んでもらえていて、ちょっと身近に感じてもらえていたことを
今日聞いて、嬉しく感じました。
読んでいてくれてありがとうね☆
会わない間にほんと色んなことがあったんだね。
へこたれてしまうような経験をしているけれど、
それでも前を向こうとがんばっている姿は、私の目には美しく映りました。
そして、尊敬してしまいます。
色々な経験達は、全て自分の糧となって自分を強くしてくれると思うし、
その頑張る姿や強い姿は誰かの励みになると思う。
だって、今日現に、私はその姿に励まされたよ。
でも、どうしても頑張れない時だってあるし、そんな時は、頑張らず時が過ぎるのを待って、
そして、頑張れる時になったら、一緒に頑張ろ~ね。
詩集
昨日の夜、友達が、「面白い本を買ったんだよ」と見せてくれた詩集
その時、ピラピラとページをめくり読んでいると、今の私にすっと入ってくる言葉たちが並んでいて、
どうしても欲しくなってしまいました。
借りるのではなくて、繰り返し読みたいから、
「本屋さんに買いにいっていい?」とそのまま本屋に直行してしまいました。
詩集の中には今の私では理解できない箇所もあって、それがわかる時は、いつかくるだろうから、
また時期をあらためて読むことにしよう。
メール
ブログをはじめた理由はなんとなく。
なんだかんだそれでも続いている。
以前はノートに書きたい時に書いていたけれど、それを パソコンにかえてみると、以外に便利だったりする。
そして何よりブログをしてよかったな~と思うことが、
離れている友達から、たまに私の日記を読んでることをメールしてもらった時、
恥ずかしさもあるけれど、ちょっとでも私を身近に感じてもらえることがあると知り、嬉しく思う。
電話をしょっちゅうしなくても、ブログを読むことで、私も離れている友達を少し近くに感じられるから。
TSOTSI
ツォツィ
昨日観たこの映画。なかなか心温まる気持ちになりました。
といっても、ほのぼのした映画ではないんだけれど。
南アフリカ・アパルトヘイトの爪跡が今も残るヨハネスブルク。
仲間とつるんで窃盗を繰り返し、不良としてその日を暮らしていた主人公。
彼が住むのはスラム街のあばら小屋。でも映像には、高層ビルや、高級住宅街だってでてくる。
ある日、彼は、奪った車の中にいた生後数ヶ月の赤ん坊と出逢う。
その小さな命を感じることで、
すごく人間的なこころを取り戻していく。
人間ってみんなみんな根からの悪人っていないのだと思う。
おすすめの映画です。
アフリカは私にとって未開な地。
いつか必ず行って、自分の目で色々なことを見てきたいな。
感覚
学生時代は、感覚的なことばかり重要視して、
それが独自性だなんて、自負していたけれど、
結局は、自己満足な世界でしかなかったことに、
気付かされた社会人1年目。
それからはや4年も経ってしまい、この4月で、社会人5年目になったのだな~と
気付き驚いていました。
大学4年間は感覚的なことばかり大切にして、
よくわからないものに、夢中になっていました。
それから対照的に、この4年間は現実的に、合理的に、そして1+1=2のシンプルな決まった答え
の世界で生きてきました。
そしたら、大学4年間の甘い考えに「若かったな」って自分を笑ったりするようになっていました。
だけど、ふと今日、言葉には表せない、なんとも言えない感覚に包まれて、
(それは去年、私が仕事を辞めていた時に感じた感覚に似ているんだけれども、)
その質感を大切にしたいな~ってこの春の陽だまりの中、感じるようになりました。
なんでも言葉にできたり、合理的にまとめられたり、科学的に証明できたりするもんじゃないと思う。
仕事ではそんなこと言ってられないけれど、
私という人間を見た時、仕事の延長の感覚でしか物事を見れなくなっていると
心がなんだか、窮屈なんだな~。
たとえば、音楽をきくと情景が浮かんだり、そんな感覚を、忘れて、鈍らせてきたけれど、
色々な感覚を、しっかり感じ取って大切にしていたいな。
その方が心が伸び伸びして、私のバランスをとれるんだろうな。


