今年(2025年)の1月20日のことです。
この日の一社目は、
佐賀県佐賀市富士町に御鎮座の楠神社でした
二社目は、同じ富士町の
佐賀県佐賀市富士町大字関屋1945番に御鎮座の
白山神社です
さがの歴史・文化お宝帳のサイトからコピペ<m(__)m>
高野岳にある白山神社は、現在も神仏混交の名残りをとどめている。白山の名は加賀(石川県)の修験道と関係があると考えられる。
事実古い鳥居に「白山彦山大権」とある。奥の院の石灯籠には、元禄11年(1698)の銘がある。この奥の院には近年まで山伏の参籠があり修験道場であった。
ここは白山や豊前(大分県)の英彦山と同系統の天台宗系道場であったが、弘法大師伝説により、この地が「高野山に似たり」という理由から高野岳と名付けられ、真言宗の良源寺が同居することになった。
この社は永延2年(988)この地頭領関屋源八郎義家(刑部卿貞鑑親王6世の孫)によって加賀の白山権現より勧請したと伝えられている。
この場所は先記した修験場のあったところで、『鎮西誌』にも「応和二年(九六二)二月二十五日初践開肥前国北山之峰 令修験山入部修行 以牛尾山別当爲先達」などとみえる。関屋源八郎の後裔が明治20年ころまで36代宮司をつとめた。
白山神社の参拝は、楠神社と同様に、リベンジなんです。
ちょっと前に、白山神社に行こうとしたんですが。。。
ナビの案内が、、、なんかはっきりしなくて、断念しました。
山の上の方に御鎮座で、道も狭そうだし、ちょっと自信が無くなって諦めたんです
今回は、地図を精査し、ここ曲がるとこだろうと、狭そうだったけど、勇気を出して入りました。
曲がったら、怖がるほどは狭い道ではなく、ナビに従って順調に進みました。
途中で、ワンコの散歩をしている地元のおじさんに遭遇しました。
だいたい、不審者と思われるので((´∀`))ケラケラ
窓を開けて、叫びました
「白山神社にお参りに行くんです~」と、私が叫んだら、
おじさんは、納得した顔で
「まっすぐ行ったら、着くけん、気をつけて行きんしゃい。」と言ってくれました
うわぁーーー(*'▽')
会いたかった肥前鳥居が見えてきた
カッコいい
扁額には、上に小さい字で、白山彦山
下に、大権現と刻まれています
そして、熱烈大歓迎を受けました
左の紙垂が一枚だけ、激しく揺れまくりました
私が、写真を撮ったりしてる間、ずぅっと、ぶるんぶるん揺れてくれました
私は「すみません、ありがとうございます。」となんだか申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
私のような物を、そんなに歓迎してくださって、ほんとに有難いです
ここから、もう少し車道が続きます
振り返っても、まだ紙垂は揺れています
車で上がれるとこまで登りました。
駐車場とは言えないけど、空き地ががあったので駐車しました。
そこからは、歩いて登ります
左側に赤い鳥居が見えました
こんな橋がかかってたけど、怖いから渡るのをやめました
橋の手前で遥拝しました
到着
拝殿
ここも、屋根の雪が落ちてました
波動が高いせいか、焦点があいません
拝殿の扉が開いたので、お参りしました
この写真もピンボケですね。
高波動のためだと思われます
狛犬さんと比較したら、気の巨大さがわかると思います
拝殿の左側に、まだ階段があったので、登ります
上にはお堂があります。
高野岳奥の院でした
なんじゃこりゃ(;゚Д゚)
弘法大師様の像は小さいんですけど、、、
この、でぇ~っかい岩が、、、、(;゚Д゚)
お堂からはみ出してる
え
もしかして、岩が成長した
他にも大きな岩がゴロゴロ
不思議だ。。。
お堂のとこから見た拝殿
かなり高いとこにお堂がありました。
こわごわ下りました
無事に下りてきました。
不思議な不思議な場所でした