【ドリヤス工場・「文豪春秋」】 | せのお・あまんの「斜塔からの眺め」

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せのお・あまんが興味を示したことを何でも書いてます。主に考察と創作で、内容は文学、歴史、民俗が中心。科学も興味あり。全体に一知半解になりやすいですがそこはご勘弁を。

幾夜幾冊、ドリヤス工場の「文豪春秋」。ドリヤス工場という漫画家の作品を見たら、水木しげるそのままなのに驚くが、本人は水木さんにそれほど思い入れはないそうで、そこはどうも…


とある老舗出版社で夜な夜な調べ物をする女性編集員に銅像が語りかける、像の主は菊池寛、この出版社の創業者。内容は文壇事件簿、いい話、で、百年以上の日本文学史の裏話。ここは文藝春秋の得意なゴシップの総まくりの感がある。


編集員と菊池寛の掛け合いがとぼけているからか、話がドロドロしなくていい。いまいち仕事に熱心でない女性の軽食を菊池寛先生、「こんなところでぼっち飯か」とからかったりするし、隠れて昼寝していたら「おい」と不意打ちしたり。


それで登場する作家たちと彼ら彼女たちの行状を、それぞれの逸話のタイトルを拾ってみると、


走れ芥川賞        

太宰治

(走れメロス)

三角形の歌                     

中原中也

(在りし日の歌)

一途の踊子        

川端康成

(伊豆の踊子)

支度の人         

檀一雄

(火宅の人)

皿の盛りの満腹の下 

坂口安吾

(桜の森の満開の下)

痴人の折り合い  

谷崎潤一郎

(痴人の愛)

色ざんまい    

宇野千代

(色ざんげ)

或る恋文の一節  

国木田独歩他

(或る阿呆の一生)

僕の浮き名ん    

永井荷風

(濹東綺譚)

連れは悩みき   

岡本かの子

(鶴は病みき)

吾輩は猫が好き  

夏目漱石他

(吾輩ハ猫デアル)

衆俗太平記    

直木三十五

(南国太平記)

一握の寸借    

石川啄木

(一握の砂)

心意気は残った  

山本周五郎

(樅の木は残った)

暗夜交誼     

志賀直哉

(暗夜行路)

あ・まい      

向田邦子他

(あ・うん)

酒席百景     

若山牧水他

(富嶽百景)

イタリアの旅人たち 

須賀敦子

(イタリアの詩人たち)

卓見くらべ    

樋口一葉

(たけくらべ)

憂鬱な門人    

久米正雄

(憂鬱な恋人)

抗菌聖      

泉鏡花

(高野聖)

押入で旅する男  

江戸川乱歩

(押絵と旅する男)

夜明けに落とし前 

島崎藤村

(夜明け前)

毀誉放浪記    

林芙美子

(放浪記)

採決記       

中島敦

(山月記)

みだれ気味    

与謝野晶子

(みだれ髪)

家屋敷の手帖   

澁澤龍彦他

(黒魔術の手帖)

女物語      

吉屋信子

(花物語)

春秋の彼方に   

菊池寛

(恩讐の彼方に)

河童の事ども   

芥川龍之介

(芥川の事ども)


全部作品の外題のパロディで、これではほぼネタバレに近い、よく知る人にはタイトルだけでみんな分かるのじゃないかな?傑作なタイトルを上げると


「走れ芥川賞」 芥川賞が欲しくて奮闘する太宰治、川端康成や佐藤春夫に4mもの長い手紙を送ったり日参して嫌われたり。


「一握の寸借」  石川啄木は28年の生涯、ずっと貧困だったが元凶は借金。総額は普通の人が稼ぐ一生分だったというから恐れ入る。


「抗菌聖」 泉鏡花はとにかくバイ菌が嫌い、酒は煮えたのを飲み、アンパンは炙ってから食べる、リンゴを剥くのに奥さんが神技で剥く。



川端康成の初恋の破綻という哀しい話もあるが、料理上手の檀一雄、中毒でカレー百人前をせがんだ坂口安吾、妻と別れたくて佐藤春夫に押し付けた谷崎潤一郎、岡本かの子の異常な愛、編集者とケンカした勢いで稿料を燃やした山本周五郎、酒乱の小林秀雄と中上健次、漱石の娘を奪りあう久米正雄と松岡譲。ちなみに夏目筆子と松岡譲との娘の婿が半藤一利。


他にも宇野千代と男達、わがままな林芙美子、相当過激なフェミニストだった与謝野晶子、などなど、知って役に立たないが損はしない話で楽しめる。


そしてこんなめちゃくちゃをしでかすなど21世紀も20年経った今では、たぶんみんな抹殺されるだろう、直木三十五は文壇ゴシップコラムで売れっ子になったが、今なら揉めるだろう。その分花が減ったと嘆くべきか、作品本位になってよかったというべきか。


作家がスキャンダルを起こしたらすぐ本が回収されるのだから、身ぎれいな方が好ましいと思われているのだろうが、それが小説が衰退している理由なのか。そこはよく分からないね。