「どうだ?お前自身の過去を見た感想は?」俺はしばらく返答が出来ないでいた。今も、”お絹”と呼ばれた娘の悲痛な叫び声が近くで響いている様な気がするし、それよりも、年若い娘を食いものにしながら生きていた自分に唖然としてしまっていたからでもあった。いずれにしても俺は過去世では卑劣であくどい事ばかりをしていたのだ。優男であった事をいいことに、三人もの女性を不幸の淵へと突き落としてしまった。予想もしなかった道へと追い込まれた娘達の苦労はいか許りであったろう。俺は今更ながらも、その女性達に対して申し訳なく思った。俺は大王を見つめると「大王様、私がだました三人の女性達に謝る事は出来るのでしょうか?」「無い!」間髪を入れずに答えが返って来た。「お前が魂となってしまった以上、他への働き掛けは出来ぬ。もしお前が生きて地球上にいるのであれば、七十億もの人間の中から何とか探し出して謝る事も出来るだろうが、特定の魂を探し出すなど不可能だ、それと、最も必要とされる『心の底から謝りたい』との思いがお前の中からは感じられないからだ」その通りだった。大王にとっては俺の心など透けて見えるくらい簡単に分かるのだろうか?俺は蘇った映像を見て「悪い事をして済まない」と思ったものの、今の俺自身がやった訳ではなく、前世の俺であり、殆ど付き合いの無くなった遠くの親せきがやった位にしか感じられなかった事も事実であった。直ぐに大王から野太い振動らしき物が伝わって来た。「人間として、どう生きたか?此処ではそれだけが問われる。生前の地位や権力や名誉や金など、人間にとっては何より有り難い物だろうが、一切関係は無い。お前のいた日本では”地獄の沙汰も金次第”と言う言葉があるそうだが、ワシの世界では以ての外だ。此処では、身・口・意に渡る生き様だけが問われるのだ」「シンクイ?」「そうだ、身体と言葉と心と言う事だ。お前の過去にも、心にない言葉を吐いたり、心に反しての行動もあったな」確かに、サラリ―マンとして生きて行く中で、上司にも取引先にも心にもない世辞を言ったり、ウソもついた。俺は誰よりも正直に生きて来たつもりだったが、此処で思い返して見ると、そうでも無かったようにも思えて来る・・・大王にとって大事な事は、目の前の人間の積み重ねて来た記録だけなのだ。うん・確かにそうだ、生き様をとどめた記録でしか判断せざるを得ない、此処では人それぞれの一生の生き様しか問題にならないんだ。
「大王様、私の前にいた男、あのデップリとした男です。私とは余りにも違い過ぎると思えるのですが?」「先程の男は人間として語れないような行いをして来たからだ。実業家として羽振りを利かしていたが、その裏ではあくどい手法で何人もの人間を死へと追い込んでいる、その上、手にした金は全て私欲の為だけに使っている」そうか、あの男は自分の欲の為だけに多くの命を犠牲にして来たからこそ、それであのような無残な姿になったと言う事なのか?・・「もう一人、私の十数人ほど前にいた男の人です、何だか不思議な光をまとっていた気がしますし・・もし、私が見間違えていなければ何故あのような明るい空間に入っていったのでしょうか?それに後ろの方にも同じ明かりが幾つも見えますが・・・」「人間として最高善の生き方をして来たからだ」「最高のですか?」「そうだ、日蓮上人の仏法を行じて来た人達だ」「日蓮ですか?」日蓮と言えば鎌倉時代の僧侶であったはずだが?「お前は、歴史と言われるものが得意であったな」「はい」あの時代には親鸞とか法然とか数多くの僧侶たちがいたはずだ、同じ僧侶であるのに何故だ?「あの時代、多くの僧侶達がいた筈なのに、何故、日蓮なんですか?」「持っている法が違うからだ」「ホウ?と言いますと」「そうだ、法、つまり人々に説く教えの事だ」 教えが違うと言うだけで、どれほどの違いが出て来るというのか?「その日蓮も此処へきたんですか?」「勿論そうだ、人間として生まれて生を終われば、如何なる人間であろうと必ず此処へやって来る」「日蓮が此処へ来て何か変わった事でもあったのですか?」「全てが変わった。この闇の世界の全てを慈悲の光で覆って下さった、と言うべきだろう」 慈悲の光で覆ったとは?一体!どう言う意味なんだ?「お前は釣りが好きだったな」「そうです、大好きでした」「記憶によれば・・春から初夏にかけてだな、暖かい日差しを浴びながら、たゆとう波に身体を任せられたら、どんなにか心地良いだろう、との思いがあったな」「はい、確かにそういう時もありました」 事実、俺は寒さの中、身震いをしながらウキを見つめるのも好きだったが、春先の、のったりとした波に日常の何もかも忘れて抱かれていたいと、ウットリしながら釣りを楽しんだ事も何度となくあった。 「日蓮上人が見えた時もそうだった、ワシ等鬼族には人間だけが持つ感情は無い。しかし、お前達には遠く及ばないにしても、普通でないものを感じ取れる能力はある。 上人がこの世界に現れた時から、手下共も不思議な力を感じたに違いない。ワシの目の前に上人が立たれた時には役目を放り出して、丁度・お前の横辺りに並んだのだ。中には、嬉しさの余りに涙を流さんばかりの手下もいた程だ。ワシ等鬼族には楽しみも喜びも無い空間で役目を果たすしかない、そうゆうワシ等にとって、あの不思議な光は唯一の喜びであり、エネルギ―でもあるのだ。人間で言えば、空腹で泣き叫ぶ赤子がタップリと乳を吸い、やがて柔らかい母の胸で優しい子守歌を耳にしながら眠りにつく様なものだ、どうだ、これ程の至福はあるまい」 そうだったのか、それであの不思議な光を放つ男が来た時、大王が立ち上がって軽い会釈をしたのか。 しかし何故?日蓮の教えだけが不思議な光を放てると言うのか?「大王様、あの時代には日蓮以外にも多くの、しかも歴史に残る僧侶達がいましたが、彼等とはどう違うんですか?日蓮と同様に仏教を学んできた人達だと思うんですが?」 「あの光を放てるのは、全ての人間を成仏へと導ける正しい法を持ちながら、他の人々にも弘める実践を貫き通した人間だけだ」