「詳しくは言わないが、諸法実相の諸法とは宇宙の中の星々の営みから、ありとあらゆる生物の生死流転を含め一切の諸々の現象が、実相、即ち”妙法蓮華経〟の現れであると説かれている。諸法実相にも深い意味があるのだが省いて、次の一念三千に移るぞ。一念三千とは人間における瞬間々の生命状態の事で、ありとあらゆる角度から捉えられている。先ず、その中の基本となる十界互具についてだが、十界と言うのは地獄界から仏界までの十種類に分類できる生命の状態であり、更に各界の一つ一つに十界が加わる事で十界互具となるのだ。どうだ!此処までの意味は分かるか?」「ウ―ン・・分かった様にもありますが・・いや―、良く分かりません、大王様・私の年を考えてみてください!私!六十五なんですよ!いい加減にして下さいよ!」「済まん、お前に負担を掛けてな、悪いとは思っているのだが、ワシには本来、持つことも許されぬ希望という物があってな、許してくれ。話に戻るが、簡単に言うとな、地獄界の命にも仏界と言う命が加わり、逆に言えば尊極の仏界にも地獄界の命が内在していると言う事になる。従って、これまで成仏出来ないとされてきた二乗の人々にも可能性が示されたのだ。次に十如是、と言われるものがある。如是相から始まり如是性、如是体・・と十個も続くのだが、その人間の表情・動き・作用・等々を表している。これで十界互具と十如是で千の数になるのだが、三千にはまだ足りない。そこで最後に三世間が来て初めて完全なる三千の完成となるのだが、この三つの世間には差別の意味もある、先ず五陰世間からだが、大まかに言えば人それぞれの姿や形、物の見方や考え方の違いと言える。ある人には美しいと思えても、別の人にはむしろ醜さを感じる場合もあるだろう。云わば、個々人のあらゆる相違と言った方が的確だったかも知れん。二つ目は、国土世間と言う。云わば、人それぞれの住む環境の違いを表している。肥沃な土地に暮らす人間もいれば、乾燥した台地で限られた作物を育てている人もいる、あるいは、インフラの整う恵まれた環境に住む人たちもいる、かと思えば、朝の暗い内から生活用水を確保するために奥深い谷底まで下りて行く人たちもいる。この様な違いを国土世間という言葉で表しているのだ。さあ最後の衆生世間だが、これは文字通り、どう言う人間達が自分の周りに住んでいるのか?知的レベルの高い人間が多いのか?それとも逆なのか?あるいは習慣や価値観その他にも宗教感の違いなどもある。 以上が三千の概略の説明だが、もう一つ一念を忘れておったわ、一念とは、お前達の生き様の瞬間々を切り分けた様なものだが、肝心なのは切り取られたどの部分も同じものは無いと言う事だ。もっと砕けて言うと、人間は連続した変化を繰り返しながら生きている、と言う事になる。どうだ!少しは理解できたか?」「私の生涯の中では聞いた事も無い話ばかりでしたので、戸惑っていると言うのが正直なところです。人間が変化を繰り返しながら生きて行く、と言うのは理解出来そうです。ところで大きく分けて、苦しみの連続であるのか、それとも楽しさの連続であるのか?この二つこそが人間の最大の関心事だと思いましたし、楽しさの連続など可能なのでしょうか?」「お前はワシの前に立ってから随分と成長したな、ワシは嬉しいぞ。説明した甲斐があったというものだ。その答えは・イエス・と言う事になる。ワシは先ほどの十界の説明の中で”仏界〟も示したが、この仏界だけは残りの各界とは違って環境に左右されない力強さを秘めている。人間は誰しも幸福を願うものだが、その中で相対的幸福と絶対的幸福の違いは分かるか?」 「二つとも幸福の文字がありますが、絶対的と言われた方がより強い幸福だと思えます。」「お前には、二人の子供の成長に目を細め、優しく明るい妻に喜びを感じながら、余裕は無くても自分は幸せ者だ、との記憶があるが、この幸せは相対的な幸せと言える。」「幸せに差があるにしても、私にはこの時期ほどの幸せを感じた事はありません。」「なら、例えて言うぞ、子供が非行に走ったり、元気印の妻が病の床に着いたらどうなる?そうなる前に感じた幸福のままでいられるのか?」「幸せとは思えません、恐らく、心の休まる時は無いに等しいと思います。」「そうだろうな、たった一つの災いと言う環境の変化だけで簡単に吹き飛んでしまうのが相対的幸福の実像だ。一方の絶対的と言える方は一切の環境に左右されることは無い。如何なる逆境に遭遇しようとも微動だにすることもなく、むしろ難が来た事を喜びと受け止められる力強さがある。この様な仏界の生命を湧現しつつ、苦境に立ち向かい、やがて乗り越えて行く、この人間には悲壮感も無ければ逡巡も無く、生きている事そのものが楽しいと言える心境なのだ。この境涯を絶対的幸福とも言うし、お前の尋ねた”幸せの連続〟でもある。しかし、簡単に手に出来るものでは無い。本尊を信じ切る力と、ひたぶるな唱題が絶対的な条件となる。ここまではどうだ?」「信仰心の無かった私にも、その様な力強い生き方があるとすれば、簡単ではない事くらいは分かる気がします。」「そうか、深遠な仏法をかいつまんで説明しただけで心配していたのだが、今の話を聞いて“一念三千〟の概略だけでも掴めた事は分かった。それでは、次に進むぞ。」