「大王様、私は以前、あの不思議な光を放つ人達は、日蓮さんと同様に南無妙法蓮華経を唱えながら、弘教に励んだからだと聞きましたが、皆・坊さんなんですか?」「違う、あの人達はお前と同じく、ごく普通の民間人だ」「ただの人達だと、言うんですね?」「そうだ、日本という国は、かって大きな戦争を引き起こした訳だが、その戦前に”牧口常三郎〟と言う教育者が、子供たちの将来の幸福のためには”日蓮仏法の教え〟が不可欠だと確信して、創価教育学会と言う会を設立したのだ。一時は三千人ほどの教育者の集まりだったのだが、戦時中の治安維持法や不敬罪の罪に問われて獄に繋がれたのだ。」「何故ですか?その牧口さんと言う方は、子供たちの幸せの為に働いたんでしょ、つまりは国の為でもある訳ですよね、それなのに何故なんです?」「ワシは、日蓮上人が時の幕府権力者に対して、立正安国論を提出した事は伝えたな。」「はい・憶えています。あれは確か?国中に様々な難が起こる故に、民衆が塗炭の苦しみに喘いでいた、その原因の根底に誤れる宗教の存在があるので、だったと思っています。」「そうだ、牧口等が検挙されたのも、それと同じ事だ。軍部政府は神道を掲げて戦争を遂行したのだが、その一つに、団体や家庭に信仰の対象を神道にする様にと、推し進めた事がある、その結果、日蓮正宗・総本山はその意向を受け神札を受ける事を決定した上で、信徒団体である創価教育学会にも受けさせようとして本山に呼びつけ、牧口等幹部に対し説得したのだが、牧口はガンとして拒んだのみならず、”今こそ、国家諌暁の時ではありませんか!何を恐れているのです〟と、本山側を諫めたのだ。国にとって、国の施策に真っ向から反対する勢力ほど厄介なものは無い。当然のように牧口・戸田両名の他、幹部二十数名が検挙されたのだが、厳しい取り調べの中、結局残ったのは牧口と戸田の両名だけで、他の幹部は全て退転してしまっている。」「チョット・大王様、タイテンと言うのは退く事だと思うんですが、つまりは信仰を止めてしまったんですね?」「そうだ、その通りだが、牧口・戸田両名の信仰心が萎える事は無かった。取り調べの最中にも判事に対して、神道の誤りと戦争の中止を叫び続けたのだ。どうだ、これまでの話で何か感じる事は無いか?」「有ります、実は、話を聞いて行くうちに、日蓮さんが安国論を幕府に提出した時の背景と似ていると感じていました。」「そう感じ取れたのであれば、大したものだ。日蓮上人とは時代の差こそあれ、状況は全く同じと言っていい、牧口・戸田の場合は、国を挙げて戦争へと突き進む流れに真っ向から抵抗したのだが、この勇気と精神力は上人の”それ〟に、劣る事はない。一つ、お前に尋ねる、サラリ-マン時代に会社の方針に対して、意見を述べたり、間違いと思える事を指摘したり等した事はないのか?」「急に・・急に言われても困りますが・・いや、無いと思います。」「そうだな、しかしだ、不平や・不満を口にした事は記憶に残っているぞ。」エッ、そんな事まで分かってしまうのか?確かに俺は不満があったとしても公然と言い放った事は無かった。どちらかと言えば、意見の合う同僚達と陰でボソボソと愚痴っていたな。結局、俺の一生は、長い物には巻かれろ、式で終わったのか・・。「どうだ、お前の体験と比較すれば、一層の違いが分かろうと言うものだ。しかしながら、牧口は厳しい環境と高齢の為、獄死する事になる。一方の戸田は、同じ獄舎にいながらも会う事の出来ない牧口の身を案じつつ南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経、と題目を送り続けるのだが、ある日の取り調べの最中に、判事から牧口の死を知らされ、余りの悲しさに涙にかきくれてしまう。だが、やがて戸田は生きて獄を出る事になる、しかも、戸田は獄中で己の人生を決定づける不可思議な二つの体験をする。獄中への書籍の差し入れは以前からしてもらっていたのだが、その中に、法華経が入っていた、手に取った戸田はスラスラと読んで行くのだが、途中で分からない箇所にぶつかってしまう、”これは一体・何を言わんとしているのか?〟戸田は真剣に考えてみるのだが、どうしても答えが見つからない。仕方なく宅下げにしてしまうのだが、再び、差し入れの中の一冊として混じっていた、”間違えて入れてしまったのだろう〟位の軽い考えで宅下げにするのだが、次の差し入れの中に再度混じっている事に気が付く、戸田は、驚くと共に、この現象が単なる偶然ではなく必然であると捉え、この日から猛然と挑戦を開始する。”この答えを必ず突き止めて見せる〟とな。真剣な題目を唱えながら深い・深い思索を重ねて行く。それは三十四個もの否定の先にある”仏の正体だ。丸でもない、三角でもない、匂いがある訳でもなく、重いわけでもない、この様な”非ず〟が三十四個も続く、その先にあるのが”仏とは何ぞや?〟の答えなのだ。シン吟しながらの思索の中、唱え続けた題目が百万遍を越えた頃、戸田の脳裏に突如閃いたものがある。”生命だ!生命の事なんだ! 戸田は叫ぶ”仏とは生命の事なんだ〟と。数か月に及ぶ血を吐くような努力が遂に実を結んだ、と、言って良いだろう。残りのもう一つの体験と言うのは、以前お前に話した、地涌の菩薩の事だ、憶えておるか?」「はい、末法と呼ばれる悪世に教えを弘めるため、地から湧いて来た人達の事だったと思います。」「その通りだ、戸田はある日の夕方、大空が少しずつ茜に染まろうとする時、陸続と躍り出て来る地涌の菩薩の中に、自分がいる事を覚知したのだ。戸田は感涙にむせびながら、”何と、有り難い事か〟俺は間違いなく”地涌の菩薩なのだ〟と。今までおぼろげだった自分が、明確に分かった事で、戸田は滂沱と流れる涙の中で決心をする。”俺は、この尊い妙法を弘めて一生を終わるのだ!〟とな。 結局、戸田は終戦の年の七月に獄を出る事になる。だが、二年もの獄中生活は戸田の身体を痛めつけていた。出獄を祝うために妻が奔走して手に入れた酒を口に含んだ時、苦い!と思わず口走った事でも良く分かる。質素な食事が終わった頃、急に空襲警報が鳴り響く、衰えた戸田を少しでも早く防空壕に避難させたい妻に対して、優しく諭した戸田は仏間のある二階へと上って行く、やがて、仏壇からソロリと外した御本尊を手に取ると、衰えた眼を近付けながら静かに呟くのだ”間違いない〟とな。   ところで、お前はこの一連の動きについて、どんな感想を持つか?」「エッ、感想と言われましても・・困ったな・そのう・つまり、おぼろげながらも感じた事でも良いのでしょうか?」「構わん、言って見ろ」「良くは分かりませんが、何だか大きくて深い意味がありそうだとは‥感じ取れました。」「そう感じられたとすれば、お前は案外・見込みがあるのかも知れんな。」エッ、何の事だ!この俺に見込みがある等とは?一体・大王はどうしたと言うんだ?「戸惑いがあるようだが、心配せずとも良い。話を戻すが、ワシは戸田の二つの体験の持つ意味は本人の進むべき道を明確にした事と、この後、誕生する創価学会と言う宗教団体の将来像をも明示したと思っているのだ。」やっぱり大王はどうかしているぞ「大王様、一つお聞きしますが、大王様には未来に対する発言などが許されているのでしょうか?越権行為だとも思われますが・・」「フッ、一生を、長い物には巻かれろ式で終わったお前に言われるとはな、確かにワシには、そう言う権原も無ければ、立場にもない、只、相手がお前だからこそ、言わせた言葉だと思ってくれ。理由については今は言えない、貴重な時を無駄にしてしまった。先に進むぞ。戸田は翌日から家族の猛反対を受けながらも、衰えた身体を引きずるようにして事業の再建にほんそうする。戦前の創価教育学会の財政の多くを戸田の事業が担っていたからだ。同時に、戦中各地に散っていたメンバ-が徐々に東京に戻り始めると、都内の各地で座談会が開かれるようになる。やがて戸田は、一つの座談会場で、一人の青年と出会う事になる。その青年は、戦後、価値観が逆転した中で、人生はどうあるべきか?あるいは何が正しいのか?等々を友人達と大いに議論を尽くしてみたが、答えを見出せずにいたのだ。青年が、その疑問をぶつけると、戸田は、あっさりと、しかも丁寧に答えてやる。シン吟して来た悩みに対して納得のいく答えを出してくれた戸田の中に、底知れぬ知恵と高邁な人格を感じた青年は、嬉しさの余り,即興の詩を吟じて感謝の意を表すのだが、この若者こそ、後の第三代会長となる、池田大作青年なのだ。」「チョ・チョット、大王様、文句ばっかり言う様で申し訳ないんですけど、その青年が死んだわけでもないのに、どうして分かるんです?」「何だ、そういう事か、戸田は昭和三十三年の四月に寿命を終えるのだが、その記憶の中に”大作こそが第三代の会長だ〟との思いが強く々刻まれているのと、お前が不思議に思った、光をまとった人達の記憶の中にも、池田先生・有難う御座いました、との思いと、来世に於いても先生と共に妙法流布の闘いをさせて下さい、との思いが込められているからだ。」そうか、そうだったのか。記憶の中から読み取っていたんだな。「大王様、少し考えれば分かりそうな事を尋ねてしまって迂闊でした、済みません。」
「ようやく条件の整った戸田は、昭和二十六年の五月の三日に、創価学会の第二代会長に就任するのだが、自分の生涯の中で”七十五万所帯の達成〟を宣言する。当時の会員数は約三千ほどの小さな組織であったにも拘わらずだ、一万にも達していないのに、七十五万とは!この宣言を聞いた殆どの人達は絶句すると同時に、戸田先生は途轍もなく長生きをされるに違いないと思ったものだが、只一人、池田青年だけは違っていた。師匠が生涯の願業を宣言された以上、他の人はどうあれ自分が必ず成就させて見せる!と、決意するのだ。その後、彼は弘教の成果の上がらぬ、ある支部に幹事として派遣される。彼は、支部の会場で行った最初の勤行で気の付いた点を分かり易く説明していく、正確な勤行、皆が導師の声に合わせる事、朗々と題目を唱える事、等々だ。その上、彼は、入会間もない会員宅を訪ね、信心の目的やその為の姿勢、あるいは、御本尊の偉大さ、等をあらゆる角度から丁寧に解説した上で、激励を重ね、やがて、支部員の一人一人を一級の闘士へと成長させていく、そして・ついに、誰もが想像し得なかった、一か月当たりの弘教成果を二百一所帯としたのだ。この成果が他の支部の闘争心に火を点けた事は間違いない。”あのB級支部が出来るのなら、我が支部に出来ない筈が無い〟と。結局、七十五万所帯成就の突破口は、若き池田青年が切り開いたのだ。ここで、お前に伝えておく。今までワシが一方的に話をして来たが、一旦・話は置く事にする。お前も不自由な中で耳を傾け、神経も疲れた事だろう。話が間もなく終わるのであれば続けてもいいのだが、第三代会長の経歴となれば、これまでの十倍以上の時が必要となるからだ、そうなると、行先に戸惑う魂がワシの前に群がる事になってしまうからな、この事態だけは絶対に避けねばならんのだ。我が手下どもに、職務怠慢などと言わせられんからな。」 正直言って、俺はホッとしていた。不自由さにジリジリしていたし、神経の方もこれ以上の緊張に耐えられそうにも無かったからだ。少しの安ど感を漂わせた俺に向けて、再び大王の気持ちが発せられる。「いいか、三代会長については、お前が改めてワシの前に現れた時に話すとする。気を楽にした後、神経を集中してみろ、お前の前世での最後を見せてやる。」