◆元三大師関連寺院 (1)東叡山 寛永寺 No.1 |       慈しみに恵まれて~豆々朗師のオモシロ寺社巡り~       

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 決して熱心な宗教の信者ではありません。
 ただ寺社で目につく面白い事物をコレクションしてきました。 

◆元三大師関連寺院

(1)東叡山 寛永寺 No.1

開山堂 両大師 公式ホームページ (kaneiji.jp)

 

最初にご紹介したい元三大師関連寺院は上野にある東叡山寛永寺です。
 

私、豆々朗師は、パートナーの美月と15年ほど上野公園を根城に逢瀬を繰り返してきました。

 

(姉妹ブログ「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」をご参照下さい)
 黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月 (fc2.com)

 

確かに上野公園には、不忍池にある辯天堂や清水観音堂、五重塔、顔だけの大仏様などが点在していますが、それが寛永寺の諸堂であったとは寺巡りするまで気づきませんでした。


そもそも寛永寺は天台宗の別格大本山で、江戸時代、徳川家康の側近であった慈眼大師天海大僧正が、江戸城守護のため鬼門(北東)にあたる上野台地に1625年建立しました。

 

大変格式も高く、天台宗総本山の比叡山延暦寺に倣って、東の叡山と言う意味で東叡山寛永寺と命名されたようです。
 

江戸時代は、増上寺と並ぶ徳川将軍家の菩提寺として、恩賜上野公園を中心に三十万五千坪の広い寺領を有し、現在の不忍池や上野動物園もその一部であったと言うから驚きます。

 

ご存知の通り、幕末、彰義隊による上野戦争で寺領を没収されて荒廃しましたが、現在も東京指折りの大寺院として隆々たる寺勢を保っています。
 

しかし寛永寺の中心たる根本中堂は、上野公園から少し離れた東京国立博物館の裏にあるため、一般の観光客からあまり知られていないのではないかと思います。
 

                          

                                             (画像:寛永寺根本中堂)

 

このお堂は川越の喜多院(天台宗:後日紹介します)にあった本地堂を移築したもので、黄金色眩い葵の御門に守られた諸仏には大感動してしまいました。
 

さて、寛永寺の紹介はそのぐらいにして、元三大師との出逢いを書くことにしましょう。
東京国立博物館の東に隣接した一角に、寛永寺開山堂(両大師)があります。
 

                        

                                             (画像:寛永寺両大師)

 

開山堂は、この寛永寺を開山した天海大僧正を祀ることに由来していますが、慈恵大師良源大僧正(元三大師)もお祀りしていることから両大師の別名がつけられています。

 

これは天海大僧正が慈恵大師の霊力を大変信心していたからに他なりません。
 

2020年12月、たまたま上野を美月と歩いていて、たくさんののぼり旗が立つ両大師に興味本位で入ってみました。
 

2020年当時は、「合掌の証」という日蓮宗のアプリを始めて、スタンプラリーさながら日蓮寺を回っていた時期で、寛永寺が天台宗であることも知らない頃だったと記憶しています。
 

そのたまたま入った両大師に建つ阿弥陀堂の前で写真を撮った時、さりげなく角大師がいらっしゃったのです。
 

                         

                                        (画像:寛永寺阿弥陀堂)

 

これが角大師とのファースト・コンタクトだったと思います。
 

その異形にギョッと驚いたものの、私も美月も日蓮宗寺巡りに夢中で、幼稚な魔除け札の類であろうと看過してしばらく忘れていたのです。