麗(うるわ)しの配達員 -2ページ目

洗足 その11

『ミスター不着』




それが大島さんのアダ名だった。




不着というのは新聞の配達忘れのことで、どんなに長年新聞配達をしていても必ずやってしまう失敗であった。




しかし大島さんは、その不着をまったくしないということで店の人達から一目を置かれていた。




一度、新聞が届いていないという苦情の電話が掛かってきたことがあるのだが、本人はガンとしてそれを認めず、結局お客さんの勘違いとして処理してしまったことまである程だ。




幸か不幸か、そんな人に僕は配達の基礎を教わることとなったのだった。




「いいか、配達順路はこうなってるけど、俺はこっちから配ってるからな。」




『えぇぇっ!』




いきなり配達順路の変更である。




新聞を配る時には必需品があるのだが、それは配達順路を示した『順路帳』という物だ。




それには配達をする家の名前、種類(新聞、スポーツ新聞、経済新聞、その他販売部数の少ない専門新聞等)が書いてあり、次の家までどのように行ったら良いか(隣りや向かい、2軒先など)などが書いてある。




つまり、それを見れば配達が出来るようになっているのだが、いきなりそれを無視して新聞を配り出したのだ。




僕はどこを配っているのか必死で覚えた。




夕刊からは僕が配達しなければならないからだ。




「いいか、ここまでで78部だ。そんで次のここからここまでが62部だからな、しっかり覚えとけよ。」




む、無理だ…。




どうやら大島さんは自分が知ってることは全てスタンダードで、他の人が分からない訳がないと思っているみたいだった。




僕は途方に暮れながら、朝の配達を終えるのであった。




洗足 その10

次の日、僕は初めて大島さんと一緒の配達になった。




「じゃあ、とりあえず新聞に広告入れて。」




「は?」




僕はそのいきなりの言葉にびっくりした。




「あの…、ど、どうやったらいいんですか?」




「昨日見てただろ?同じようにやればいいんだよ。」




「わ、わかりました。」




僕は訳がわからず、見よう見真似で新聞に広告を入れていった。




「おい!まだ終わんないのか。他の奴らは準備終わらして出てっちゃったぞ。」




「す、すいません。」




「もういい!俺がやるからおまえは見てろ。」




なぜいきなりこんな言われ方をしなきゃわからないまま、僕は大島さんの作業を眺めていた。




「おい、そこの新聞を自分のバイクに積んどけ。」




「は、はい!」




広告を入れる作業をしながらでも指示はどんどん飛んでくる。




「よし、じゃあまず朝は俺が配るから夕刊はおまえが配ってみろ。」




「えぇぇっ!」




「そ、そんないきなりは無理ですよ。」




「大丈夫。俺が後ろから見てるから。よし、行くぞ。」




なんて無茶苦茶な…




僕の心は配達2日目にして、挫折寸前になったのだった。




洗足 その9

『ピピピッ』




めざましの音で僕は目を覚ました。




『う…う~ん。』




明るい時間に寝る事に慣れていないので、あまり良く寝れなかった。




着替えをし、事務所へ顔を出すともうすでにたくさんの人達がきていた。




夕刊の配達は朝刊と違い、量も少なくあっという間に終わってしまった。




しかし朝とは違い人々が生活している時間帯なので、駅前の配達は人の波をかき分ける感じで配達をしなければならず、ちょっとめんどくさかった。




その日の夕飯はカレーだった。




どうやらカレーはおばちゃんの得意料理らしく、ほぼ週に一回の割合で食卓に並んだ。




初日の仕事を終えちょっと感じたのは、仕事は慣れればたぶん大丈夫そうなのだが、同僚の人達は心配だった。




とても『歓迎』しているという感じではなかった。




『壁』ではないが、それに近いなにかを僕は感じていた。