遠い昔、社会人になったばかりのワタシは、独身寮に入った。
狭い部屋には、畳1枚のベッドと木製の机がひとつあるだけ。あ、小さなクローゼットがあったか。
新入社員54名は、独房のような部屋にぶち込まれて、導入教育で鍛えられていたのである。
隣の部屋には、フォークギター1本を抱えて寮に入ったという噂のあるアオキくんが居た。
アオキくんは、ギターの達人であった。猛烈なスピードでベースラインを入れながら3フィンガーでギターを弾き、かつ歌うのである。
アオキくんは早起きであった。
毎朝7時になると、大音量で「春だったね」のレコードを鳴らすのである。
陽気な前奏を聴きながら、ワタシは、目を覚ますのであった。
ワタシは、部屋に小さな冷蔵庫を持ち込み、家からビールを持って来て、冷やしていた。
すると、アオキくん達が、何の断りもなく、勝手にビールを持って行くのである。部屋の鍵なんて、掛けて無かったもんなあ。
週末の夜など、不夜城と化した寮で、我らは、ビールを呑みながらギターを弾き、歌を歌い・・・
翌朝、寝不足のワタシは、「春だったね」で目を覚ますのであった。